おっさんは、魔族たちと策を仕掛けあったようです。
『気付くのが、少し遅かったようだな』
低く冷徹な声が響くと同時に、ゴォン……と重い音を立てて帝都の門が開いた。
同時に、壁の上空がゆらり、と揺らめいて、天を突くような巨大な人物が数名現れる。
「な……巨人!?」
「いや、幻影だな」
身構えるレヴィを手で制して、クトーは天に映し出された人々を見上げた。
見覚えのある顔が……クトーらが標的とする魔王軍残党とおそらくは帝都の将らしき人物が並んでいる。
ハイドラ、ラードーン、そしてカンキのところで見かけた美貌の男に、正騎士の鎧を身につけた男。
声を発したのは、おそらくは中心に立つハイドラだ。
クトーは彼に対して言い返した。
「道中、魔力や瘴気の気配は感じなかったが。どうやって我々を異空間に誘い出した?」
その問いかけに答えたのは、一歩前に出た美貌の男だった。
『こんにちは、レイドの皆様。私はパラカと申します。……クトー・オロチ。ただでさえ警戒している上に力を増している貴方がたを騙すには、並大抵の手段では足りないと思いましてね』
パラカは微笑み、体を退けた。
すると背後に玉座が見え……その上に、吊るされている二人の人物が見える。
薄汚れた浮浪者のような男性と、対照的に美しく幻想的な女性。
「カードゥー!?」
「ケウス……!」
レヴィとリュウが声を上げると、パラカは優雅な仕草でうなずく。
『《微睡みの道》……正式に夢見の洞窟へと至るのと同様の方法を、この帝都の周りにある街道に敷かせていただきました。ケウスを落とすのは容易いことでした』
含みのある視線をちらりとクトーに向けたパラカは、悪意のある言葉を吐き出す。
『ーーーカードゥーの命を盾に取ったら、あっさりと協力してくれましたからね』
その言葉に。
ズォ、と音を立てそうな圧を伴って、レイドの面々の空気が変わる。
「人質かよ……」
「毎度毎度、芸がねぇ上にクソダリィな、おい」
「これだから、魔族のやることは嫌いなんスよ」
三バカが吐き捨てるのに心の中で同意しながら、クトーはメガネのブリッジを押し上げる。
「お前たちは本当に、ゲスな方法でこちらの気分を逆なでしてくれる」
『おや、種明かしを望んだのは貴方では? 私はそれを叶えただけだというのに、心外な言い方ですね』
全て分かった上でとぼけているのだろう。
クトーは相手にせず、今後の対策を考えた。
この様子では、帝都の中は魔物の巣だろう。
クトーらの動きに対して不気味なほど静かだったのは、準備を整えていたかららしい。
「こちらの動きを読んでいた、割にはあっさりと帝都までたどり着かせたな」
いくらでも途中で邪魔を出来ただろうに、作戦通りに事を運ばせた理由が分からなかった。
それに対してあっさりと答えたのは、ハイドラだった。
『貴様ら以外の連中に興味はない。魔王様のご命令は『クトー・オロチを苦しめる事』だからな』
『それに貴方がたさえいなければ、他の連中を叩き潰すことも容易ですしね。道中、お愉しみいただけたでしょう?』
ラードーンが、ニコニコと丸顔に笑みを浮かべたままハイドラの言葉を引き継ぐ。
『特にジェミニの街では、貴方がたにしてみれば反吐が出るような事が行われていたかと思いますしね』
「……カンキを魔に堕したのは、やはりお前らか」
『当然でございますよ』
恭しくラードーンが頭を下げると、再びパラカが口を開く。
『さぁ、これからは最後のショーステージを、一緒に作り上げていただきましょう!』
両手を大きく広げた美貌の男は、眼下の門に視線を下ろす。
するとそこから、ゾロゾロと魔物たちが姿を見せ始めた。
多くは、ミミック・デビルと呼ばれる翼のない悪魔……人が瘴気に侵されると変化することの多い、魔族である。
『お相手は、帝都の守護に当たっていた帝都正騎士団の強兵数万と、鍛え抜かれた正騎士数十名!』
ーーーそれら全てを、魔族化したのか。
満面の笑みで告げられた彼の言葉に、クトーはゾワリと体の奥底から込み上げる怒りを押さえつける。
『さぁ、彼ら全てを打ち倒して、我々の元にたどり着いてみせて下さい! それでは、イッツ・ショウ・タイム!』
パチン、とパラカが指を鳴らすと同時に、幻影が消えた。
クトーは深く息を吸ってから、低く唸る。
「我々を潰せば、他も簡単に潰せる、だと?」
魔族どもの慢心は、何度滅されても変わることはないらしい。
「ーーーナメ切ったその態度が、いつも貴様らに敗北をもたらすのだ」
「そういうこったな」
リュウは溢れ出してくる魔物たちを見据えながら、真竜の大剣を肩に担いで凶悪な笑みを浮かべる。
「あのクズどもに、余裕ぶっこいて俺らにゲームを仕掛けた事を後悔させてやるぞ」
「ああ」
確かに、知らない内に異空間に導かれていたのは予想外だったが。
ーーーこうした状況を想定していなかったわけではない。
クトーは、トゥスとミズチに目を向ける。
「手筈通りに行けるか?」
「大丈夫です。彼がいますからね」
言いながら、ミズチは脇にいるバラウールの肩に手を添えた。
『何だい、べっぴんさん』
「貴方に鍵になっていただきます、バラウールさん。現世にいる本体との繋がりが断絶していないのなら、貴方を介して現世側に働きかけることが出来ますから」
『ヒヒヒ。つまりわっちは、巫女のねーちゃんに協力してこの場に道を通せばいいのかねぇ?』
「そうだ。帝都の民や無関係な者を巻き込まずに済むなら、むしろ状況的には好都合とも言える」
兵たちは救えないだろうが、犠牲になる人数はこれ以上増えない方が望ましいに決まっている。
その言葉に、キセルから煙を吐きながらトゥスがニヤリと笑った。
『兄ちゃん。お前さん、どんな仕掛けを打ったんだい?』
「今から分かる。……リュウ」
「おう。全員聞け!」
彼とミズチ、そして自分以外に知らせていなかった事実を、リュウが他のメンバーに伝える。
「ミズチが道を開くまでの間、全員で敵を潰して行くぞ。現世と繋がりゃ、援軍が来る!」
レイドの他のメンバーは疑問を挟まなかったが、レヴィだけは訝しげにこちらの顔を見上げて問いかけてきた。
「……援軍って?」
「来れば分かるが、現状考えうる限り最大の助っ人たちだ」
不穏分子だったラコフと海洋王国は、陰謀を画策する前にファフニールが潰した。
ディナが勝手に動き始めたことも、ムーガーンと共に一度領地に戻らせた霜の巨人フヴェルからの連絡で知っている。
彼女の帝国に対する感情から、動くことそのものは予想がついていた。
だから下手に足並みを揃えるよりも、彼女の動きに合わせて動くようにホアンや東の大帝とは話を詰めておいたのだ。
東の軍勢は大森林の東側を、小国連の軍勢は大森林の西側を抜けて帝国に侵入しているはずである。
「リュウ。小国連の連合軍は無事に大森林を抜けたんだろう?」
「おう。迎えに行ってから一緒に辺境伯領に行ったからな。あそこの辺境伯は帝国白人だが話の分かるヤツだ」
「……顔見知りだったのか?」
リュウはニヤリと笑う。
「ビッグマウス大侵攻の時にな。反対側はどうなってるのかと思って一人で出かけたんだよ……んで、一緒に戦って仲良くなった」
「そういうことは先に言っておけ」
「テメェも一つくらい驚け。普段鉄面皮なんだからよ」
別に作戦に害はなかっただろ、と悪びれもしないリュウにクトーはため息を吐く。
結局カンキ以外の辺境伯は、全員こちらの味方だったらしい。
「それと、別の部隊が一つ合流してた。今、連合軍の指揮を取ってるのは……」
リュウはニヤリと笑い、今回の参戦には間に合わないだろうと思っていた人物の名を挙げた。
「ーーー北の覇王、ミズガルズ・オルムだよ」




