おっさんと少女は、仲間とともに帝都に到着したようです。
「あれが帝都だ」
肥沃で温暖な大地を統べる、世界最大の都市。
街道から少し外れた場所で、クトーはその周りを覆う長大な城壁を遠くに見据えながらそう口にした。
横に立つレヴィが指先で頭を掻く。
「今まで見たどんな街より大きいわね……」
途中の街を、ジェミニから発行された通行証でほとんどただの冒険者としてパスしたレイドは、ほんの数日で帝都に到達していた。
だが、厄介なのはここからだ。
「目標である帝城は、帝都第七壁の内側にある」
それを聞いたレヴィは、目を見張った。
「な、七!? 七つも壁があるの!?」
「そうだ。帝城そのものは、何の障害もなくまっすぐ突っ切るだけで、優に数時間はかかる距離にある」
自国の王都でも第三壁が最外壁なので、その大きさに驚いたのだろう。
最外壁は人口が増えるたびに何重にも増えていき、その分都は強固になっていくのだ。
帝国は、魔王侵攻以前より〝人類最大の守護者〟と呼ばれ続けた国である。
当然保有する戦力も群を抜いている。
「ここから先は何も衝突せずに突入する……というわけにはいかない」
「なんで?」
「帝王への謁見は、そうそう簡単に叶うものではないからだ」
各国王の連名で魔王討伐協力の要請をする時ですら、謁見出来たのはリュウとミズチのみで、他の者たちは帝王の姿を間近に目にすることすら出来なかった。
その二人も、玉座との間に薄いカーテンを張られた状態での面会だったようだが。
「あの野郎に、いけ好かねー対応されたことは覚えてるぜ。『好きにしろ』みたいな感じだったしな。それが今や、人類最大の敵だ」
ケッ、と吐き捨てるようにリュウが言い、城壁を見て目を細める。
「皮肉なもんだぜ」
「帝王は、領地内の交易都市ジェミニより向こうに行くことはなかったようだからな。魔物や魔王の脅威を実感として持っていなかったんだろう」
「そんなんだから魔族に喰われたんだろ」
「死者を冒涜はするな」
人は実感がなければ、どんなに悲惨な話を聞いたところで他人事である。
冒険者として常日頃から魔物の脅威に晒され、命の危機や弱肉強食の掟を身に刻んでいる者と同じ価値観を持てと言われても無理があるだろう。
だがリュウは黙らなかった。
「すでに死んだ扱いしてるお前も大概じゃねーか」
「生きていると思うか?」
帝王自身には、すでに王都で会っているのだ。
魔王軍四将の一人ハイドラに乗っ取られ、あれだけの瘴気にさらされ続けた魂の末路など、バッツ並みに悲惨だろうことは想像に難くない。
「そもそも、あそこに生きてる人間が一人でも残ってりゃいいがな」
リュウの言葉に、レヴィが眉をひそめた。
「どういう意味ですか?」
『ヒヒヒ。あのデカい街にスゲェ瘴気が渦巻いてるのは、嬢ちゃんも感じてるんじゃねーのかい?』
最後の街を後にしてから姿を隠していないトゥスは、煙を燻らせながら呑気な調子で言葉を発する。
「それが、帝城までの行程が困難なものだと予想される理由だな。……帝都の門が閉じている。予想よりも状況が悪そうだ」
普段であれば、正面に見える港からの西門や、ジェミニのある方角の北門からは多くの商人や冒険者、旅人が行き交っていておかしくない。
なのに今は、不気味なほど静かなのである。
周りに締め出された者たちが溢れている気配もなく、それどころか人一人見当たらなかった。
「……ジェミニで目にした資料の中では、商人と冒険者がかなりの数向かっていた形跡があったが」
「私の目でも中を〝視〟ることが出来ません」
どうやら様子を探っていたらしいミズチが、目を閉じたままそう言った。
「まるで黒いカーテンに覆われているようなこの感じは……瘴気による結界が、帝都の周りに形成されている可能性もあります」
「中が見えないなら、周りの様子から探ろう」
「おう。フー」
「何?」
紫マフラーの猫獣人はコクリと首を傾げて、腕を組んでいるリュウを見上げた。
彼は、アゴをしゃくって南を示す。
「あっちにある南門の近くには、貧民街があるはずだ。見てこい」
「何を?」
「人がいるかどうか、だよ」
だろ? と首をかしげるリュウに、クトーはうなずいた。
「ああ。ギドラとレヴィを連れて行け。誰か残っていれば、接触せずに戻ってきて報告しろ」
「……妙な命令ね?」
レヴィがニンジャ刀を引き抜きながら問いかけてきたので、淡々と理由を説明する。
「こちらに向かっている者が多いはずなのに、誰の姿も見かけない、というのは何か仕掛けがあるはずだ。港町から帝都に向かってくる時の人の流通も徐々に減っていったが、人避けの結界などが張られている気配はーーー」
感じなかった、と告げる前に、クトーは口を閉ざした。
ーーーまさか。
「フー、レヴィ、ギドラ。少し待て」
「どうしたんっすか?」
「あの顔は、まだなんかダリィことになってそうな顔だぜ……」
「ヴルムの兄貴、ついにクトーさんの鉄仮面から表情読み取れるようになったんスか?」
三バカが口々に言い、横でバラウールが呆れたような声を上げる。
『ちょっと黙った方がいいぜ。そんなんだから三バカとか呼ばれんだよ』
それに関しては全く同感である。
「何に気づいた」
リュウが厳しい目を向けてくるのに、クトーは少し待て、と手で制してからミヅチとトゥスを見た。
「ミズチ」
「はい」
「ここから、小国連の様子が見えるかどうかを試してくれ。それと、翁」
『何だい、兄ちゃん』
「この周辺に生き物の気配があるか、できる限り広く探ってくれるか? 人だけではなく、虫や魔物まで含めてだ」
こちらの問いかけに、二人はその意味を悟ったようだった。
ミズチが軽く唇を引き締めて瞳の温度を下げ、トゥスがヒヒヒ、と笑った。
「まさか、とは思いますが」
『もし誰も気づかなかったんだとしたら、えらく巧妙だねぇ』
二人はそれぞれ自分にできることをし始め、待たせたリュウが不審そうな顔で問いかけてくる。
「どういうこった? 単に帝都が閉じてるだけ、って話じゃねーのか?」
「もしそうなら、もっと大きな騒ぎになっていてもおかしくないな」
少なくとも一つ手前の街までは、問題なく人の出入りがあったのだ。
同様に、帝都に向かう者も少なくはなかった。
クトーたちは旅人の往き交いに紛れ、最後に道を外れた場所で合流したのだが。
リュウに対して考えたことを口にする前に、レヴィが嫌そうな顔で口を挟んでくる。
「もしかして、こっちが消えたのかしら?」
その言葉に、少し驚いたクトーは彼女の顔を見つめた。
「何よ?」
「……よく気づいたな」
するとレヴィは、ピクリと眉を震わせる。
「なんか、バカにされてる気がするんだけど?」
「感心してるんだ」
「いやだから、なんの話だよ!?」
リュウを筆頭に、三バカ含む他のレイドメンバーもあまり分かっていない様子を見せている。
ジグだけは理解しているようだが、彼自身は帝都の中に興味があるようで、そちらに想いを馳せていた。
「ヌフ、あの中にいる魔物って強いかなぁ……殴られることを考えただけでゾクゾクするなぁ……」
『殴られたいのですカ? マスター』
「今は少し待ってほしいかなぁ……クトーちんに怒られそうだし……」
流石に状況をわきまえたらしいジグがそう言っている間に、トゥスとミズチがそれぞれに首を横に振る。
「視えませんね」
『なんの気配も感じねーねぇ。あの都だけが、存在を主張してきてるさね』
「ならば、もう確定だな。……消えたのは、旅人や商人の方ではない」
クトーはうなずき、カツン、と地面を杖先で叩いて、そろそろ痺れを切らしているらしいリュウに答えを返した。
「ーーー俺たちが魔族の作った異空間に、すでに取り込まれているんだ」




