おっさんは、少女が新たな力を得るのを目撃するようです。
クトーは光を放ち終えた聖石を掲げた腕を下ろした。
「え……二人!?」
レヴィが驚きの声を上げるのと同時に、クトーが相手をしていた方のバッツが舌打ちする。
「チッ……〝繋げ〟!」
腕を振ると同時に、ベヒーモスの姿から元に戻った方の『バッツ・ナンダ』の首輪と灯台の柱をつなぐ封印の鎖が再び現れ、ジャラジャラジャラ、と音を立てて引き寄せられていく。
「が、ぎゃ……!!」
首を絞められる勢いで引っ張られた『バッツ・ナンダ』は首輪に手をかけて、再び掻き毟り始めた。
グルリと白目剥いた眼球は血走っており、口の端から泡を吹いている。
瘴気をまとっているところも、特に変わりはないが……違うのは意味をなさない咆哮だった声が、聞き取れるようになったことだった。
「ゆるざねェ……あにぎッ……ごのおれを”、ごんなどごろォ……どじごめやがっでェエエエええええッ!!!」
そのまま、ブツブツと同じことを言いながら左右に首を振り始めた『バッツ・ナンダ』に、クトーは哀れみを覚えた。
やはり、すでに狂っている。
禁呪に侵され、魂を瘴気に染め上げられた彼を、それでもまだ仮に人としてこの世に繋ぎ止めているのは、おそらくはあの封印の鎖だろうと思われた。
「魔抗石は、このために必要だったんだな」
あの鎖の素材を知って、クトーは一つうなずいた。
そして狂態を見せる『バッツ・ナンダ』を守るように、忌々しそうな顔でこちらに向けて剣を正眼に構えるバッツに目を向ける。
「レヴィ。……本体を始末するぞ」
どうせもう、彼を救う方法はない。
魂を抜き出したとて、トゥスですら瘴気に染まりきった魂をどうにかしてやるのは無理だろう。
「一体、何がどうなってるの?」
むーちゃんが降下して地面に降りたクトーは、近づいてきてバッツと対峙するように立ったレヴィの疑問に、クトーはメガネのブリッジを押し上げながら答えた。
「奴は禁呪によって作り出された分身……というか、分体だな。ドッペルゲンガーだ」
「何それ」
「姿を見れば数日以内に死ぬ、と一般的には噂されている怪異の類いだな。実際は、禁呪によって作り出される、本物と同じ人格を持った魔導存在だ」
そしてドッペルゲンガーは、生み出した術者がどんな者であってもそれに従う。
つまり本物のバッツは、カンキへの怒りを口にするベヒーモス化していたほうである。
ドッペルゲンガーとは言うなれば呪いに類するものだ。
呪われた者は、魂を瘴気に喰われて狂う。
「本物を殺せばドッペルゲンガーは消える。だがそれ以外では消滅しない。ーーーそれが、奴の不死身の理由だ」
クトーに見抜かれて、バッツは顔色を青ざめさせながら鬼の形相になった。
「俺は消えん……!」
「一人で俺たちを同時に相手に出来ると思うのか?」
力関係はすでに逆転したのだ。
「ねぇ、クトー」
レヴィは、バッツではなく『バッツ・ナンダ』を見据えながらポツリと話しかけてくる。
「あの人、自分の兄にこんな仕打ちをされてるの?」
チラリと目を向けると、レヴィは滾るような怒りを瞳に燃やしていた。
「ほぼ間違いないだろうな。ここに俺たちを飛ばしたのがカンキである以上は」
「……許せないわね」
そんなレヴィの怒りに、クトーは違和感を覚えた。
ゆらり、と体から立ち昇る気配は、レヴィ本来のそれではなく土気のように見える。
ーーー?
それを不思議に思いながらも、クトーは自分が感じた違和感を彼女に向けて口にした。
「バッツのために怒っているのなら、やめておけ」
「え?」
『ヒヒヒ。義憤は目を曇らせるからねぇ』
トゥスが笑い声とともに口を挟むのに、クトーは同意する。
「そうだ。カンキとバッツの間にどんな感情や諍いがあったのかを、俺もお前も知らない。ゆえに、見たことだけでは何もわからないだろう」
一般的に兄弟同士といえば助け合うものと言われるし、争うことを良くない風潮だと思われることも多い。
ゆえに魂を喰われたバッツの側に、レヴィが同情する気持ちも分からないではないが……肉親であっても人同士なのである。
『嬢ちゃんよ。人ってのは、誰かのために怒るんじゃねぇ……その誰かを思う『自分のために』人は怒るんだよねぇ』
自分の怒りは自分のものであり、誰かのせいにしてはならない。
それは、些細だが決定的な違いだ。
レヴィは目をまたたかせた後、トゥスの言葉にどこか納得したようにうなずいた。
「そうね。その通りだわ」
すると、彼女から立ち昇る土気に変化が起こった。
気の密度を増していくのは変わらないが、どこか濁った気配であったものが徐々に澄んでゆき……レヴィの全身を包み込む。
茶色の光はニンジャ服を変化させていく。
トゥス耳カブトはそのままに色合いが茶色に染まり、ニンジャ服がレオタード形式の鎧へと移り変わる。
手にしたニンジャ刀が光になって弾け、手甲と脚甲となって四肢の上に顕現した。
巨大な虎の手のようなナックルガードと、鋭いかぎ爪を備えたブーツ。
「……また変わったな」
「なんか、使い方が分かるわね」
ブン、とレヴィが手を振ると、リィン、と鈴の音に似た響きが生まれた。
「ジョカさんの存在を、体の中に感じる気がする」
「……あいつから引き継いだ、土の力か」
他の属性に変化する過程と違い、土の力はジョカからレヴィが受け継いだものと融合したのだろう。
そういえば、聖属性を得た時も世界樹に触れた時だった。
本当に、この宝珠が変化したレヴィの装束は謎が多いと思う。
「なんか、ニンジャの時より速く動けそうな感じね。変わりに、遠距離には向かないみたいだけど」
彼女の言う通り、両腕は完全に武器であるナックルガードに包まれているので、投げナイフなどは使えなさそうだった。
「では、バッツを任せていいか。……俺は本体を始末する」
「当然よ。ボッコボコにしてやるわ」
相変わらずの根拠のない自信……とはもう言い切れない自信とともに、レヴィはバシッと拳を掌に打ち付けて、軽く膝を曲げて腰を落とした。
クトーも、偃月刀を構えて足を前後に開く。
「では、行くぞ」
掛け声とともに、クトーとレヴィはバッツへ仕掛けた。




