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おっさんは少女にお誘いをかける。


「今回の旅館の窮状に関しては、女将の経営手腕ではなく陰謀によるものだ」


 旅館に帰ったクトーは、まだ賭博場で負けたことに意気消沈しているレヴィに告げた。


「陰謀?」

「そう。外側から真綿で首を絞めるように、この旅館を追い詰めている奴がいる」


 クトーは、旅杖を手の届く場所に立て掛けて腰に剣を吊るしたままだった。

 食事を終えたが、レヴィにも同じように装備を解かせていない。


 女将に悪いとは思ったが、ブーツは履いたままだ。

 土を拭き取って布袋をかぶせてはいるが。


 そして今日は入浴しない旨を、すでに伝えていた。


「陰謀が大詰めに差し掛かった時に、俺たちがこの旅館に泊まりに来たんだろう」


 そもそもの話をするなら、泊まりに来た事自体がミズチの作為によるものだったが、今はあまり関係がない。


「ふーん。旅館を潰して何か良いことがあるの?」


 レヴィの質問に、どう説明したものか、と思いながらクトーはオチョコで茶を口にした。

 経済的な事や、敵の目的をそのまま伝えても彼女には理解が追いつかない面があるだろう。


 クトーは例え話をする事にした。


「少し話は逸れるが、お前が村で過ごしていた時に状態の良い畑と悪い畑があっただろう?」

「そうね」

「どういう理由で差が生まれる?」


 クトーが尋ねると、レヴィは即座に答えた。


「畑に手を入れるのをサボる家と、そうじゃない家。後は、土地が痩せてるか肥えてるかもあるわね」


 元開拓地の農民だからだろう、ごく当たり前のことを言うようにレヴィは質問に答えた。

 知識のなさからか事務処理に自信がない彼女だが、今は戦闘時同様に自信がある態度だ。


「では、肥えている土地にする為にはどうする?」

「肥料をきちんと入れて、土地を馴染ませる。開墾したばっかりの畑は、やっぱり育ちが悪い」

「では、収穫量を多くするのに一番手っ取り早い方法は?」


 その質問で、レヴィは詰まった。

 唇に指を当てて、いつもの頭ゆらゆらを始める。


 ついつい見つめてしまうが、別にこれが見たくて悩ませているわけではない。


「んー……手っ取り早いとか無理じゃないの? 丁寧に手入れするのが一番早いと思うけど」

「普通はそれで正解だな」

『ズルをすりゃ早ぇんじゃねーかい?』

「ひゃう!?」


 ゆらりと部屋の明かりにいきなり浮かび上がったトゥスに、レヴィがビクッと竦み上がって可愛い悲鳴を上げる。


「トゥス! 驚かさないでよ!」

『ヒヒヒ。嬢ちゃんはビビリだねぇ』

「戻ったか」

『この街を巡るのはなかなか楽しくて、ついついねぇ。その格好は?』

「少しな。外から客が来る」

『ほー、どれどれ』


 キセルの先を提灯のように光らせながら外へとすり抜けていくトゥスをにらんでいたレヴィを、クトーは話に引き戻した。


「トゥス翁の、ズル、という表現は正しいな」

「どんなズルをすれば、早く畑が肥えるの?」


 クトーはオチョコの中身を飲み干して、コトリとテーブルに置いた。


「ズルはズルだ。悪事と言い換えても良いが。大体、人のズル賢さに種類などない。基本的に同じような事を考えるものだ」


 ジッとレヴィを見つめると、彼女は何かに気づいたように居心地悪そうに身じろぎした。


「ああ……人から盗るのが一番早い、って話?」

「そういう事だな」


 基本的に悪事とは『他人から何かを奪う』行為なのだ。


 それが金であれ命であれ自由であれ、他人に対して害を為す行為を悪事、あるいは犯罪と呼ぶ。

 犯罪を許容すれば多くが平和に暮らせる社会が成立しなくなるので、刑罰を規定する。


 『罰が規定されるような行為である』という共通認識を作り、境界線上にいる人間の犯罪そのものを抑制するのが、刑罰の本質だ。

 実際に犯罪者をどう罰するかなど、その効果に比べれば些細な話とも言える。


「例えば仮にだが、他人の畑を奪おうとした時に取れる手段が三つある。なんだと思う?」

「三つ……」

「考えろ。奪うというのが言葉が悪いなら、自分がその畑に関わろうと思えば、という時でもいい」

「手伝いをする?」

「それでは畑が自分のものになっていないな」

「じゃ、結婚ね。畑の後継ぎと結婚すれば、ある意味自分のものよね」

「それが一つ。男の立場からすれば畑の持ち主の娘を嫁に(めと)って後を継げばいい。他には?」

「……畑の持ち主を殺して乗っ取る?」

「それが二つ目。もう一つは?」

「分かんない」


 まぁ、上出来だろう。

 クトーはそう判断して話を先に進めた。


「三つ目は、買い取る事だ」


 政略、強奪、買収、という中で、おそらく今、旅館を狙う者たちがやろうとしているのは表向きは買収だ。

 裏から見れば実際は強奪なのだが。


「この三つ目が、犯罪として一番バレにくい」

「何で?」

「被害者が得をしているように感じるからだ。自分に置き換えてみればいい」


 クトーは指を立てて、体を後ろに傾けて壁に背を預けた。


「村の税が重く、しかも行商人が来なくなり、作物を作っているにも関わらず困窮して、今すぐ金が欲しい、と思っているとしよう」

「うん」

「そんな時に『畑を買い取りますよ』と近づいてきた連中が居たとする。お前ならどう思う?」

「作物を買って欲しいと思うけど、まぁ、助けられた、と思うかしらね」

「だろう。だが実際は、畑の収益が将来的になくなる。さらに買い取ろうとした相手が領主と組んで税を重くし、行商人が村に来るのを邪魔していたとしたら?」


 その質問に、レヴィは顔を歪めた。


「最低ね」

「それが、今のこの旅館の状況だ」

「え?」

「畑は旅館そのもの。持ち主は女将。まだ接触はないだろうが、今後旅館を買い取ろうと申し出るのは、違法賭博場を主催している人間だ」

「なんでそこで賭博場?」

「こちらへの接触のタイミングだ」


 普通、見ず知らずの、それも賭博場へ出入りもしていなかった人間をいきなり誘うような真似はしないだろう。

 そもそも賭博に乗るかも分からない上に、国側に漏らされてもおかしくない。


「賭博場で言っただろう? 取り締まる側もグルになっている可能性があると」

「そういえば言ってたわね」

「俺たちを誘う理由を考えた時、この旅館に関わる事しか思いつかず、旅館の経営に不穏な気配があれば、疑わない方が難しい」


 レヴィは納得したようにうなずいて、もう一度説明された事を思い返したようだった。


「旅館が畑……」

「そう。老舗という看板を持つ、肥えた畑だ」


 クトーは、レヴィが説明を噛み砕くのを少しの間待ってから話を続けた。


「税に当たるのは、仕入れ値の吊り上げ。行商人に当たるのは、旅館に泊まる客。それでも畑ならば買われなければ作物が残るからどうにか食いつなげるが、旅館は客がいなければ経営を維持できない」


 経営が維持出来なければ、売り渡すか畳むしかない。

 借金までし始めれば、その時点で終わりだ。


「クトーってさ」


 突然テーブルにぐったりと頭を預けたレヴィは、片方の頬をむにっと天板に押し付けたままこちらに顔を向けた。

 とてつもなく可愛らしいが、テーブルと頬に跡がつくような気がする。


 目が真剣だったので口には出さない。


「なんでそんな事が分かるの?」

「知っているからだ」

「何を?」

「悪意が、人をどう害すのかを」


 クトーの答えに、レヴィがハッと目を見開く。


「困窮し、やむにやまれず犯罪に走る者ばかりではない。最初から悪意をもって他人に接する者たちを、今まで散々目にしてきた」


 同じくらい、人の善意も知っている。

 だが、この世から悪意が消えることはない。


 良い悪い、と簡単に区別されるが、その違いは自身の欲望とどう向き合うか、というスタンスの違いなのだ。

 

 欲望の矛先が、いい方向に向いていればいい。

 だが環境によって、欲望を抑える方法を、他人を害さずにそれを満たす方法を知らない者もいる。


 さらに知っていながらも、あえて他人を害す方法を選択する者もいるのが現実なのだ。


 だからこそクトーは、無知でありながら己の欲望と他人への害を秤にかけて踏みとどまったレヴィを評価している。

 それは心の強さだと、クトーは思うからだ。


「俺は人に害をなさないのなら、誰でも好き勝手にやればいいと思う。だがそれが害になるのなら、被害を受ける者を助けたいと思う。だからこそ、知識を蓄える」


 人の悪意を肯定はしない。

 だが、存在する事から目を背けようとは思わない。


「知識も力だ、レヴィ。自分だけでなく目に見える範囲の他人まで助けようと思うのなら、暴力だけでは足りない。どちらも備えて、初めて一人前と呼べる。……お前が本気で望むのなら」


 クトーは、レヴィに微笑みかけた。

 心根が強く、素直で可愛らしい少女には、見込むだけの素質がある。


「この休暇が終わったら、仲間にお前を紹介しようと思う。俺たちのパーティーに入らないか?」


 レヴィは、思いがけない事を言われたように、しばらくの間固まっていた。

 むくりと身を起こすと、軽く目を伏せる。


 だが、口もとが少し緩んでいた。


 レヴィは本当に嬉しい時に、相手の目を見ない。

 喜びを殺さず、晴れやかな笑顔を見せて欲しいと思うのだが。


「……考えとく」

「それでいい」


 クトーがうなずくと、トゥスがまた壁をすり抜けて顔を見せた。


『言った通り、妙なのが来たねぇ』


 その言葉に意識を切り替えたクトーは、壁から背中を離して立ち上がった。

 予定通りだ。

 

「敵だ。やはり動いたな」

「女将を襲いに?」

「いや。多分俺たちを襲う気だ」


 その為に、わざわざ賭博場でブネを挑発するような真似をした。

 クトーたちの素性を調べるには時間がかかるだろうが、その間大人しく潜伏されるのもそれはそれで困る。


 まだ、クトーは女将の窮地を知っているだけで、旅館経営に口を出す理由も、黒幕を叩き潰しに行く表向きの理由もない。

 金が得られるのならそれに越した事もなく、女将自身に経営観念を指導出来れば今後、彼女が付け入られる可能性も少なくなるのだ。


 肌を見てしまった詫びとして、という意味合いもある。


「あの賭博場に俺たちが呼ばれたのは身ぐるみを剥いで旅館から追い出す為だったんだろうが、イカサマを見抜いたから警戒したんだろう」


 相手としては本来ならクトーらが消えるまで待ちたいところではあっただろう。


 しかし最近、リュウを含めて相手が邪魔の入りそうな動きがある事に気づいていた場合。

 外部から女将に現状を知らされて、計画自体が潰れるのが一番具合が良くない。


 賭博場で事が済めば相手にとっては一番良かったのだろうが、失敗した。

 そして待ちよりも早急な排除の方が利益がある、と判断したのだ。


 クトーたちを排除出来れば、即座に旅館を乗っ取る為に動くだろうと思われる。

 そんな思惑に乗って死んでやる気はさらさらないが。


「行くぞ」


 レヴィとトゥスに声をかけて、クトーは外套を羽織りながら庭へと飛び降りた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 説明を面白い物語として読ませるのは非常に良いことだと思いました。 [気になる点] 次は戦闘かな?わくわく。 [一言] ここらへん、なんだか「水戸黄門」みたいで燃える。
2021/02/17 20:29 退会済み
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