おっさんの示した輝きは、魔獣を変異させたようです。
ーーーベヒーモスは、当然ながら強かった。
盾で叩きつけを防ぎ、クトーに対して怒鳴った後。
「んぐぐぐぐ……ッ!」
盾の表面を走る聖気に腕を焼かれながらもそのまま押し付けてくる力に、どうにか拮抗していた。
「ん……しょぉ!!」
ベヒーモスが、もう一度叩きつけようと軽く腕を上げた瞬間にレヴィは横に転がって逃げ、盾に体のひねりを加えてフリスビーの要領で放り投げる。
「喰らいなさい!」
狙ったのは、目である。
格上の魔物を相手にする時の、レヴィの常套手段だ。
手元とつながっているチェーンで弧を描いた本体に力を加えて方向を調整するが、ガァン! と盾は顔の脇にあるツノに弾かれた。
「邪魔なツノね!」
『そりゃそのためにあるもんだろうからねぇ。……嬢ちゃん、わっちは兄ちゃんに伝えなきゃなんねーことがあるさね。タイミングを見計らって、ニンジャに戻れるかい?』
「パワーが足りないから、ベヒーモスがクトーに向かっていっても防げないけど。それでもいいの?」
レヴィが弾かれた盾を手元に引き寄せ、ベヒーモスの突進を受けないように走り回りながら答えると。
仙人は、相変わらず緊張感のない様子でヒヒヒ、と笑った。
『なぁに、すぐに終わるさね。ーーー兄ちゃんなら、情報さえありゃ気づくはずだからねぇ』
そうしてタイミングを合わせてレヴィがニンジャに戻り、トゥスが声を上げるとクトーが空に舞い……輝きが、広場の中を包み込んだ。
※※※
ーーージェミニ城、謁見の間。
夜もふけた時間に、未だその椅子に腰かけているカンキは地下迷宮を覗き込んでいた。
「あれは……まさか」
聖石を目にしてピクリ、と眉をひそめた直後に輝きが見え、ギリ、と思わず歯を噛み締める。
「まずい……なぜあれを持っている……!」
帝国七星第三星、カンキ・ナンダは生まれた時から権力の座にあった。
ジェミニの街を支配する貴族の嫡子として生を受けた彼は、その生来の賢さから周りの称賛を受けて生きてきたのだ。
だが、そんなカンキにも一つだけ無いものが存在した。
ーーー力だ。
弟のバッツは、さほど賢くはないが恵まれた剣の才を持っていた。
人をなぶるのが好きという残虐な気質から人望がなく、権力の座を侵される心配こそなかったが。
カンキは強欲だった。
何よりも自分が優れていないことがあるのが我慢ならなかった。
バッツはカンキに懐いていたが、カンキは彼に嫉妬していた。
ゆえに力を欲したのだ。
だが、鍛えるだけの素質がなかった彼は、魔法にそれを求めた。
幸い魔力は人並み以上で、文献を読み解けるだけの能力を持っていたカンキは、ジェミニの地下に眠るものに気づいた。
古代文明の遺跡。
あると記されてはいたものの、入口も出口もないそこに至る方法をカンキは見つけ……そして研究の末に、遺跡を手中に収めることに成功した。
そこはかつて、戦時に古代人が隠れるためのシェルターだったのだ。
マスター、と呼ばれる存在になったカンキは、自由に迷宮の中のことを知り、中に人を送り、また出す方法を頭の中に刻み込まれた。
その力を使って、カンキは帝国七星に成り上がったのだ。
……だが、まだ足りなかった。
カンキ自身は相変わらず弱いまま、転送が間に合わず不意を打たれれば死ぬ人間でしかなかったのだ。
弟のバッツを護衛につけていたが彼自身もいつ気が変わって自分を襲うかは分からない。
だから、カンキは禁呪に手を染めた。
買い漁った禁断の魔導書の一つに、カンキが求めるものがあった。
不老不死の秘術だ。
方法は完全なそれではなかったが、間違いなくカンキが求めた結果をもたらすものだった。
嬉々としてそれを実行したが、魔導書には一つだけ懸念が存在していた。
それが【真理の聖石】だ。
ーーー秘密が暴かれてしまえば、私は……。
滝のような汗を流しながら拳を握りしめ、地下迷宮の動向を見つめていたカンキは気づかなかった。
「おや、どこにいるのかと思えば、ずいぶんと顔色が悪いようですね。どうかされましたか?」
ハッと顔を上げると、そこに立っていたのは青い目の美貌の男、パラカだった。
ニコニコと笑みを浮かべる彼に、カンキは苛立ちながらも平静を装って首を横に振る。
「なんでもありません」
「そうですか」
カンキの言葉に、パラカはそれ以上追求してこなかった。
「何かご用ですか?」
「いえ、そろそろおいとまさせていただこうかと思いまして」
ーーーこんな夜中に?
不審を覚えたカンキだったが、今は好都合だった。
ーーー消えてくれるのなら、一つ懸念が減る。
いかに帝国の重鎮といえど、禁呪に手を出していることがバレれば無事には済まない。
「そうですか……短いご滞在でしたが、不便などありませんでしたか?」
「全く。ああ、もし無事にクトーたちが始末出来たらご報告だけお願いしますね」
「ええ」
パラカが姿を消すと、カンキはすぐに地下迷宮に目を戻した。
ーーー問題ない……問題はないはずだ。
もし仮に秘密が暴かれたとしても、連中は地下迷宮を出られない。
バッツが倒したいというから赴かせたが、バッツを殺したとて脱出できるわけではないのだ。
目を戻した迷宮の広場は、光が収まっていた。
立っているのはバッツと、空に浮かんでいるクトー。
そして彼の連れである少女。
彼らの姿は変わっていない。
違うのは、ベヒーモス。
そこにいたのはーーー魔獣化を解かれ、人の姿に戻った『もう一人のバッツ』だった。




