おっさんは、帝国七星と魔物の秘密を暴いたようです。
「ヒャハハ!」
嗤い声を上げながら斬りかかってくるバッツの剣を半身になって避けながら、クトーは相手に声をかけてみた。
「最初に会った時とずいぶん性格が違うな」
「人前で本性出すと、兄貴が下品だの何だのとウルセェからなァ!」
カウンターで跳ね上げた斬撃は、相手がピタ、と剣の勢いを止めて返した刃によって受けられる。
剣は確実に魔剣だろう。
並の剣であれば、偃月刀と斬り合った瞬間に折れる。
無気味な赤い光を纏った剣で偃月刀の刃を弾いたバッツは、べろりとその刀身を舐めてから刺突を連続で繰り出してきた。
「俺は雑魚の血を見るのが好きでよぉ……お前も斬り刻んでやるから無様に命乞いしなァ!」
「残念だが、そういう趣味はない」
根っから相手を痛ぶるのが好きだと公言するバッツの刃をどうにか見切りながら、クトーは片手でピアシング・ニードルを引き抜いた。
「〝我が意のままに、凍りつけ〟」
敵の足元に向けてニードルを放つが、バッツは無理に突っ込んでこようとはせずに大きく後ろに飛び退る。
バキィン! と音を立てて現れた氷塊は、通常のものよりも大きかった。
霧を吹き飛ばされはしたが、水の魔法に空気中に含まれる湿度が増していることに加え、水は闇に近い属性を持つからである。
ベヒーモスから漂う瘴気を少量取り込んで少し黒く染まった氷塊を駆け上がったクトーは、その間に偃月刀を双銃に変えた。
同じように相手が反対側から駆け上がって行くのが見える、が。
これは通常の中位攻撃魔法ではなく、クトー独自のアレンジを加えたものだ。
「〝砕けろ〟」
クトーが中腹辺りで飛び降りながら命じると、氷塊は一瞬で細かいカケラになって崩れ落ちた。
「何!?」
弱者を痛ぶることに慣れすぎていたのだろう、バッツが不意に足場を失って声を上げる。
ーーーこちらが同格以上である可能性を失念しているから、そうなる。
クトーは双銃で姿勢を崩したバッツに狙いを定めると、引き金を絞った。
連続で六発、様々な魔法の弾丸全てが命中して相手の体を引き裂き、燃やし、凍らせていく。
驚愕の表情のまま、グラリと体を傾げてバッツは地面に叩きつけられた。
ーーーしかし。
「こちらの攻撃を防ぎもせずに喰らったのは減点だな。その程度の猿芝居で不意打ちを喰らうほど、甘いつもりはない」
クトーが声をかけると、ヒャハ、と声を上げてバッツが跳ね起きた。
「猿芝居たぁ、言ってくれるじゃねーか。引っかからねぇなんてつまらねぇなァ!?」
狂気を滲ませた笑みを浮かべた全身致命傷まみれのバッツに、剣からじわり、と血が滲んだ。
赤錆のような斑点を浮かばせながら剣の吐き出した血がバッツの全身を這い回り、みるみるうちに傷を癒していく。
「趣味の悪い魔剣だ」
ベヒーモスのアンデッド化といい、敵は可愛らしさや清潔さが感じられない振る舞いをする。
「ヒャハハ、吸った血の分だけ宿主を生かし続け、強化し続ける魔剣だァ……!」
ーーーカラクリはそれだけではなさそうだがな。
バッツは、今のように汚い手でも平気で使う相手だ。
バカのように見せかけて、無茶をするわけでもない狡賢さを持っている。
彼が隠している奥の手が何なのか。
それを、クトーが、こちらを警戒しながらバッツが再び剣に血を吸わせる間に考えていると。
『ヒヒヒ、兄ちゃん!』
答えは、意外な方向から飛んできた。
『そいつ、この魔物と繋がってるさね。ーーーその肉体の中にゃ、魂がねぇ」
レヴィの中からそう口にしたトゥスの言葉に、クトーは合点した。
「なるほどな……クレイジー・ベヒーモスを魂の器として使っているのか」
禁呪に手を出す連中というのは、想像もつかないようなことを考え出すものだ。
本来リッチといいう魔物は、魂を別の器に移して、死したる肉体を操ることで不死化している。
おそらくは副作用的な影響で、器たるベヒーモス自身も瘴気に侵されて狂っているのと同時に、不死性を獲得しているのだ。
クトーは、そう推測したが。
『いいや兄ちゃん。こいつらの主従の主は、魔物のほうさね」
その答えに、クトーは眉をひそめた。
ベヒーモスのほうが主だというのなら、操られているのは目の前のバッツのほうだということになるが……。
ーーーどう考えても、ベヒーモスは狂っている。
目の前のバッツを演じるためにあえて狂った演技をしているようには見えない。
「ヒャハハ! 気づいたところでどうしようもねーだろォ!?」
血の補給を終えたバッツは、再び挑みかかってきた。
不死の肉体を持ちながら、なぜ魔剣に血を吸わせるのかは分からないが……。
「いや、出来ることが見つかった」
双銃の片方で牽制しつつ、クトーはファーコートのポケットにあるカバン玉に指を伸ばす。
だが触れたのは、いつもの武器用のものではなく、ア・ナヴァから預かったもののほうだ。
ーーーあの少女は、ここまで読んでいたのか、知っていたのか、あるいは偶然か。
そんなことを思いつつ、取り出したのは【真理の聖石】だった。
「むーちゃん。俺を掴んで飛べ」
「ぷにぃ!」
要求に応えた子竜が、バッツを寄せ付けないように牽制を続けていたクトーの首元のファーを掴んで宙に連れて行く。
双銃を杖の形に戻したクトーは、聖石を摘んだほうの手を掲げて呪文を口にした。
「ーーー〝明かせ〟」
その瞬間。
全ての欺瞞を暴く聖石が強烈な青い光を放ち、広場の中を照らし出した。




