おっさんは、少女とともに魔獣を見つけるようです。
『歩いていくのかい?』
「時間潰しついでだからな。それに幸い高い位置に落とされたので、迷宮の経路はおおむね把握できた」
後、警戒しなければならないのはトラップくらいだ。
ふよふよとついてきたトゥスにそう返事をすると、先にピラミッドを降り始めていたレヴィがこちらを振り向く。
「クトーの頭って本当どうなってるの?」
「なんの話だ?」
彼女の呆れ顔に目を向けて首をかしげると、レヴィは大きく手を広げて迷宮を示した。
「上から見ただけで、こんな迷宮の中身なんて覚えられないわよ」
「普通に覚えられると思うが」
暗記は得意なほうだが、自分ではずば抜けているとまで思っていない。
「それに、迷宮に落とされた後の対応も意味わからないくらい早いし」
「慣れているからな。そんなことは別にどうでもいいだろう」
重要なのは、歩く道が分かることと、現状やるべきことが分かっていること、それだけだ。
その役割を担うのがクトーでもレヴィでも構わないし、最悪迷ったところでむーちゃんもトゥスも浮けるので道案内をして貰えばいい。
「そういうことじゃないのよね……」
「では、どういうことだ?」
『嬢ちゃんは単に、ちっとも兄ちゃんに追いつける気がしねーのが悔しいだけだと思うけどねぇ』
「余計なこと言わなくていいのよ!」
そんな言い合いをしながらピラミッドの下についてみると、迷宮の壁はかなり高かった。
クトーの身長の三倍はあるだろう。
上に比べて狭くなったからか空気も湿っており、手をかざすと少し冷えている。
それ自体は、ここが地下であることを裏付ける状況だったが。
「……魔物の気配がないようだな」
「どういうこと?」
「独特の獣臭さや瘴気の気配が薄い。翁はどう思う?」
『ヒヒヒ。兄ちゃんの読みが当たってそうな気がするねぇ』
キセルの煙を吐いたトゥスは、ぐるりと首を回した。
『わっちにはここの気配がちっとばかし窮屈だねぇ。どっちかってーと神気を感じる場所さね』
「ふむ」
言われてみれば、ここの雰囲気は静謐である。
非実体の魔物……ゴーストの類いもいないのなら、むーちゃんの卵があった王国の地下遺跡よりも強固な遺跡である可能性があった。
「下手をすると、ゴーレム系のガーディアンが前に相手をした時よりも強い可能性があるな……」
バラウールの元になったミスリルゴーレムを思い出しながら、クトーはつぶやく。
今は馬鹿力の腐れ縁勇者もいないので、ああした魔法の通じない系統を相手にはしたくないのだが……嫌でも考慮には入れて置かなければならないだろう。
『ゾッとする話だねぇ』
「思ってもいないだろう。面白くない冗談だな」
「で、クトー。これからどこに向かうの?」
「迷宮の中心部だ」
レヴィに問われて、クトーはそれなりに遠い位置にある光源を指差した。
「迷宮はあそこが起点になっている。塔の周りに空間が見えたので、それなりに広いだろう」
狭い場所で、追っ手に槍などの長物で襲われるとやりづらい。
クトー自身の魔法も、狭い空間で炸裂させると下位魔法でも味方を巻き込む可能性があり、取れる動きが制限される。
それに追っ手と対峙する際に、レヴィの機動力を活かせるようにしておくのも重要なことだった。
半分程度迷宮の中を進むと、さらに違和感が増した。
トラップの類いは一切気配もないし、迷宮は本当にただ曲りくねり、複雑なだけの道だったからだ。
「っくしゅん!」
不意に、レヴィがくしゃみをした。
「風邪か?」
「少し冷えたかしら?」
ぷにおのファーコートは、レヴィがニンジャ形態の時は薄手になっており、袖などもない。
少し考えたクトーは、彼女に提案してみた。
「黒耳型の着ぐるみ毛布ならあるが」
「こんなところで着てて魔物に襲われたらどうする気よ!?」
レヴィが腕をさすりながら睨みつけて来たので、クトーはメガネのブリッジを押し上げながら淡々と事実を言い返した。
「そうした心配がなさそうだから言っているんだが。中央についた時に脱げばいいだろう」
「着ないって言ってるでしょうが! どーせ可愛いから着せたいとか思ってるんでしょ!?」
「その通りだ」
「認めるんじゃないわよ! 変態!」
拒否されたのでそれ以上推すつもりはなかったが、可愛らしく着飾る機会が最近とんとないのは非常に惜しい。
「せめてトゥス顔カバンでも背負わないか?」
「寒いって話から頭の中が可愛くすることにシフトしてるのに気付きなさいよ!」
「むぅ……」
仕方がないので諦めたクトーは、彼女に対して手をかざした。
「〝五行輪廻の器に乞う〟ーーー〝和らげ〟」
五行竜の腕輪で小さな器を作り出したクトーは、保温の魔法を行使した。
寒さや暑さを緩和する初等の補助魔法だが、少しは効果があるだろう。
「あ、なんかいいわね、これ」
「そうか?」
「ありがと……でも、そんな良い装備をこんなことに使うの、ちょっと無駄な使い方な気がするわよね……」
「道具は使うから価値があるんだろう」
持っているだけでは宝の持ち腐れである。
やがて中心部が近づいてくると、先ほどまでは感じなかった生臭さが鼻をつく。
「……なに、この臭い」
「死骸の臭いだな」
どこかホコリ臭さに似た風化した死体のものと、肉が腐りかけた時に感じる臭い。
そのどちらもが、微かな風に乗って流れてきていた。
「警戒しろ。多分、何かいる」
中心部はもうすぐだ。
慎重に先に進むと、光源が近づいてきたからか明るさが増す。
通路からそっと中を覗き込むと、レヴィが軽く息を呑んだ。
「ーーーこれ、全部人の死体……?」
光源の下には、クトーの予想通りに広い空間が広がっていた。
だが、そこかしこに食い荒らしたような死体が転がっており……それらは一つ二つではなかった。
おびただしい数の死体や骨が、幾つもの小山を形成している。
その奥、光源のピラミッドの下に床に打ち込まれた楔と長く伸びたチェーンがあり……その先に、巨大な魔獣が繋がれていた。




