おっさんは、自分の状況を把握するようです。
アジトに戻って準備を進めていたシャザーラは、反応を見せた固定連絡用の【風の宝珠】を手にした。
「終わったか?」
それはクトーに渡したものの片割れだったので、特に名乗ることもなく問いかける。
『いや。罠にかかった』
「……その割には随分と落ち着いているな」
相手の状況を聞いて、シャザーラはため息を吐いた。
「第二星パラカ……つい最近入れ替わったことは知っていたが」
『何か知っていることはないか?』
「すまないが、ない」
そもそも会ったこともない相手であることに加え、シャザーラには帝都辺りにツテがないのである。
「だが、そいつが現れて状況が変わった、というのなら警戒してしかるべきか」
『間違いなく向こう側だろうな。俺のことも知っていた』
「厄介だな。ウチのことはバレてないのか?」
『話していないからな。ア・ナヴァとの繋がりは知られたので、放っておく訳にもいかない』
シャザーラは少しだけ考えた。
正直、ナンダ兄弟とア・ナヴァが喰い合ってくれるのであれば彼女としては大歓迎だった。
しかしそれを狙うには、クトーたちを見捨てる必要がある。
ーーーどちらの方が得だろうな。
そんな風に思いつつ、シャザーラはさらに訊ねてみた。
「飛ばされた、という場所は分かっているのか?」
『いや。だが、閉ざされた異空間というわけではないだろうな』
「根拠のある話か?」
『【風の宝珠】が繋がっている。以前、魔族によって異空間に閉じ込められた時は通じなかった』
さらりととんでもなく物騒なことを言われたような気がしたが、勇者パーティーの一員であればそうしたこともあるだろう、と聞き流す。
『俺の予測では、街の地下だとは思うが。何か知らないか?』
「あまり詳しいことは知らないが、この街は帝都より歴史が古いという話は聞いたことがある。地下に遺跡があり、魔物も多いが遺物も豊富だと」
『古代文明の遺産か』
クトーは納得したように言葉を漏らした。
『出口の情報に関しても知りたいが、そこまでは望み過ぎか』
「今初めて聞いた話だからな」
『だろうな。……夜中に城に忍び込もうとして戻ってこなかった連中、とも関係があるかもしれん』
「こちらとしては、もう与えられる情報がないな。どう動く?」
『脱出に関しては最悪どうにかなるとは思う。準備だけはしておいてくれ』
どういう方法で、と尋ねるのを、シャザーラは堪えた。
あまり詮索すると、こちらから提供しなければならない情報も増えるだろう。
「分かった」
ーーーもしこいつが失敗した場合に備えて、ギリギリまで動くのは控えたいがな……。
そんな風に考えていると、クトーがもう一度口を開いた。
『合図は分かる形で行うか、もう一度連絡を入れる。信用していないのは分かるが、好機を逃す真似はするな。一族を苦境から救うのがお前の目的だろう?』
内心を見透かされたような言葉に、シャザーラは思わず息を呑んだ。
ーーーこの男は、一体なんなんだ?
シャザーラは、深い話など何もしていない。
なのにクトーは全て分かっているかのように、当然のことのように続けた。
『街の中に侵入する手段は確保してあるだろう。難民街を見張っている連中に気取られない程度に戦力を集めてくれればいい』
失敗すればそのまま知らぬふりをして別れ、事が起これば、街には手を出さずナンダ兄弟を始末するために領主城を制圧するのに協力しろ、と。
クトーの話は、シャザーラが思い描いていた理想の筋、そのままのものだった。
「……ウチらに都合が良過ぎる気がするがな」
彼がナンダ兄弟と何らかの取り引きを行っており、この会話そのものが、実は自分をはめようとしている罠なのではないか。
そう警戒してしまうほどに。
しかしクトーの答えは明快だった。
『偶然会ったお前を、都合よく利用しようとしているのはこちらだ。俺たちはお互いの目的のために一時的に共闘しているに過ぎない。だからお互いにリスクは最小限に、利益が最大限になるように振る舞う』
それに、ともう一つだけ推測を告げて、宝珠の光は消えた。
『おそらくバッツはこの迷宮で始末できるだろう。宝を渡さなかったから、奪い返しにくるとしたら、奴だ』
宝珠を胸元に戻したシャザーラは、窓から難民街とジェミニの間にそびえる壁に目を向ける。
「……あんな奴がこの世にいるとはな」
愚かと感じられるほどに率直な物言いをするかと思えば、深慮遠謀の中に他人の動きまで全て含んでいるかのように幾重にも先回りをしてくる。
状況としては、嵌められて確実に危険であるはずなのにも関わらず、なぜか失敗するイメージは湧かなかった。
「……賭けに乗ったのは、当たりだったかもしれんな」
小さく笑みを浮かべたシャザーラは、仲間たちと相談するために居室を出た。
※※※
難民街で待つ鬼のくノ一に連絡を取った後、クトーはミズチに通信を入れた。
『瘴気が濃くて見えづらいですが……そうですね。地下にいるようです』
「やはりな。転移は可能か?」
『少し難しいかもしれませんが、その迷宮そのものは話に聞いている魔抗石で出来ているわけではないようですし、問題ないかと。……やりますか?』
「いや、今すぐに、というわけではない。それにリュウともタイミングを合わせなければならんからな」
もし出口が本当にない場合に備えて、クトーはミズチに奴との連絡を取っておいてもらう算段を取り付けた。
地上への通路を何らかの方法で塞がれているだけならば構わないのだが、古代遺跡には転移魔法陣がないと中に入れないものも存在する。
その魔法陣自体が潰れている可能性もあるのだ。
「そちらの航海は順調か?」
『ええ……ラコフが、商会連合を更迭されたそうです。代わりに議長代理の椅子にはファフニールが座ったと』
その報告を聞いて、クトーは軽く息を吐いた。
「この段になって裏切る選択肢は愚策だと、理解出来なかったか」
『逆らう相手を想定していなかったのでしょう。人は権力に驕ると視野が狭くなるものです』
念のために、と打っておいた策が功を奏したことそのものは喜ぶべきだろうが、できれば外れて欲しかった予測だ。
「ラコフは力があった。この件が終わったら少し荒れるかもしれんな」
『ファフニールなら上手くやるでしょう。……私の乗っている船団は、間もなく帝国領西海岸に着きます。一応見つからない位置につける予定ですが。安全確保のために港を制圧しますか?』
「バレないようにやれるか?」
クトーの問いかけに、ミズチは含み笑いを漏らした。
『金で動く男が仕切っている港を知っている、とファフニールが言っていましたので』
「立て替えるのは構わんが、ホアンにきちんと請求しろ」
国を預かる彼にしてみれば国難どころの騒ぎではないので、拒否はしないだろう。
『抜かりなく。それでは』
「ああ」
宝珠の繋がりを切ったクトーは、待ちくたびれて座り込んでいるレヴィを見た。
「終わったぞ」
「やっと?」
よ! と立ち上がって伸びをしたレヴィは、ニンジャ刀を引き抜き、眼下の迷宮に笑みを向ける。
「見てたら、ちょっと挑みがいがありそうな迷宮よね、ここ」
「遊びに来ているわけではないぞ。金の足しになるものがあればいいがな」
「私が見つけたら、私のでいいわよね?」
ちゃっかりしたことを言うレヴィに、クトーはうなずいてピラミッドを降り始めた。




