おっさんは、迷宮に落とされたようです。
「見事な手並みですね」
パチパチ、とパラカはカンキに拍手を送った。
「この場で使えるなんて、一体どういう魔法なのです?」
謁見の間に施された仕掛けを知っている彼が問いかけると、カンキではなくバッツが言い返した。
「知る必要のない話だ」
「おや、それは残念ですね」
軽く肩をすくめたパラカは、整然と並ぶ兵士たちに目を向ける。
彼らはまるで目の前で起こったことを意に介した様子もなく、相変わらず直立不動のままだった。
ーーーまるで、人形であるかのように。
「ならせめて、クトーたちがどこに行ったのか、くらいは教えていただきたいところですが」
バシュン、という音とともに消えた二人がいたところに目を向けたパラカに、カンキは可笑しそうに言い返した。
「永遠の牢獄ですよ。出口はないので、抜け出す方法はありません」
「ほう、それは頼もしい。……ですがそれは、まだ生きている、ということですかね?」
できれば始末して欲しかったのですが、と伝えると、バッツが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「食料もない場所で、いつまでも生きてはいない」
「左様ですか」
どうやらバッツはこちらのことが気に入らないらしい、と思いながら、パラカは肩をすくめる。
「では、安心ですね」
「ええ。さほど面白くもない余興でしたが、望みのものは手にしたので良しとしましょう」
カンキが軽く手を振ると、兵士の一人が動き出してクトーの持っていたカバン玉を拾い上げた。
そうして中身を出そうとしたが……現れたのは、一つの宝石だった。
カンキはそこで、少しだけ表情を曇らせる。
「風の宝珠……ですか?」
「そのようですね」
パラカが近づいていくと、バッツが声を上げた。
「勝手にそちらに行くな」
「ま、いいではないですか。何か仕掛けがあったとしても、どうせ魔力で作動するものですよ」
この場では何も起こらない、と宝珠を拾い上げると、パラカは目を細める。
それは紛れもなく風の宝珠だった。
ーーー予想では、もっと別のものであるはずだったのだが。
そう思いながら見守っているナンダ兄弟に目を向けて、微笑みながら宝珠を掲げてみせる。
「特にタネも仕掛けもなさそうです」
「毛皮はどこに行ったのです?」
「それは私に聞かれても困りますね。最初から入っていなかったのでは?」
カンキに宝珠を手渡すと、彼は軽く指を鳴らしてから使えないはずの宝珠を起動した。
すると、それはどこかに繋がり……聞こえてきたのは、先ほどまでこの場にいた男の落ち着いた声音だった。
『ーーー残念だったな。お前の欲しがっているお宝は、飛ばされる直前にすり替えさせてもらった』
「へぇ、さすが」
「やってくれますね……」
パラカとカンキがそれぞれに口にすると、クトーは淡々と告げる。
『返して欲しければ、ここから俺たちを出すか、自分で取りにくることだ。他の交渉には応じない』
一方的にそう告げ、宝珠の繋がりがブツン、と切れた。
「兄貴。どうするんだ?」
「ふむ……」
肘掛けで頬杖をついたカンキは、トントン、と指先で頬を叩く。
「毛皮一つ、大して惜しくもない……と言いたいところですが」
トン、と最後に一つ頬を叩いた彼は、冷笑を浮かべる。
「私を舐めたのは、いただけませんね」
「じゃ、殺るのか?」
兄の言葉に、顔を見てから初めてバッツが浮かべた笑みは、狂気に染まっていた。
獲物を見つけた獣のようにギラついた目をする彼に、カンキはうなずきかける。
「君が行きますか? バッツ」
「ああ……少し離れたところに落としてくれ。狩りは簡単だと面白くねぇからな……」
「いいでしょう。一日経ったら呼び戻します。それまでに始末をつけなさい」
カンキが腕を掲げると、再び瘴気の気配がした後にバッツの姿も消える。
それを見ながら、パラカはクトーに思いを馳せる。
ーーー初手は引き分け、といったところかな。
あっさりと跳ばされた時は拍子抜けしたが、やはり奴は抜け目のない男だ。
パラカはそれ以上口を出すのをやめて、成り行きを見守ることにした。
※※※
「一体、何がどうなったの?」
一言だけ告げて宝珠の繋がりを断ったクトーに、一緒に跳ばされたレヴィが、興奮するむーちゃんの背中を撫でながら問いかけてくる。
「これから調べてみないと何とも言えんな」
改めて周りに目を向けると、そこは巨大な迷宮だった。
今クトーたちがいるのは、ピラミッドのような階段状の台座の上である。
上を見上げれば遥か上に天井があり、眼下にはレンガのような材質で出来た巨大な迷宮が広がっていた。
迷宮は広大すぎて端も見えず、おそらくは中心と思われる場所に煌々と輝く光の玉が浮かんでいる。
そこから等間隔に八方へ向けて迷宮の中に透明な塔が立っており、中央の光を反射して迷宮全体を照らしていた。
「翁。いるか?」
『やっぱり兄ちゃんについてくると飽きねーねぇ。お次は迷路遊びかねぇ?』
ヒヒヒ、と笑いながら、レヴィの中から仙人が姿を見せる。
万が一に備えて、最初から彼女に憑依させていたのだが功を奏したようだ。
「ここがどこか、分かるか?」
『さてねぇ。少なくとも魔族や神が作る異空間とは違ぇみてーだけどね』
「周りの様子は探れるか?」
『〝視〟える限りじゃ、出口らしきもんはねーねぇ』
そうだろうな、と思いながら、クトーはうなずいた。
始末するためにこの場に送ったのなら当然の話だったからだ。
だが、異空間でないのなら、脱出の方法はあるかもしれない。
『しかし、ありゃ何だったのかねぇ?』
トゥスの疑問は、この場にクトーたちを跳ばした方法に関してのものだろう。
「おそらくは転移魔法の類い、だとは思うが」
「クトーも使えるわよね、それ。なんか防げなかったの?」
レヴィは少しうんざりした様子で迷宮を見回して、髪をかき上げた。
焦った様子は見えないので、それ自体は良いことだ。
クトーはそんな彼女の指摘に、軽く首を横に振ってみせる。
「防げた可能性はあるが、謁見の間では魔力が使えなかった」
「……どういうこと?」
『あの部屋は、魔抗石で出来てたっぽいからねぇ』
「だろうな」
部屋に入った時に感じた違和感の正体は、外界と遮断されたことと、魔力媒体の無力化によるものだったのだ。
「魔抗石ってなに?」
「端的に言えば、魔力の発動を阻止する結界石だ。原理はよく分かっていないが、周りを囲むと内部の空間で魔力を精製することも、媒体に魔力を流し込むことも出来なくなる」
当然その効果は全員に及ぶため、あの場ではカンキも本来魔法は使えなかったはずなのだが。
「だから疑問なのだ」
「なるほど……」
『ヒヒヒ、嬢ちゃん。その様子だと分かってねーね?』
「わ、分かってるわよ! 失礼な仙人ね!」
茶化すトゥスに、ムキになってレヴィが噛み付く。
別に大まかに理解していればそれで良いのに、そうした態度を取るからからかわれるのだと思うが。
『で、これからどうするんだ?』
「相手の出方を伺っても良いが、何か手がかりくらいは欲しいところだな」
少なくともこの迷宮がどこにあるのか、くらいは理解したい。
そう思いつつ、クトーは天井を見上げた。
「もし仮にここがジェミニの街の下にあったとしたら、最後の手段として天井を吹き飛ばしたら街ごと吹き飛んだ、など笑えない事態だ」
『そいつはそいつで面白そうではあるけどねぇ』
「面白くはないわよ! 人が死ぬでしょ!?」
『人はいつか死ぬさね』
「今すぐ殺すのとは全然意味が違うわよ!」
二人のやり取りを聞いているのは楽しいが、そろそろ話を先に進めなければならない。
「少し静かにしてくれ。……今から、シャザーラやミズチと連絡を取ってみる」




