おっさんは、城塞都市に潜入するようです。
数日後。
クトーたちは城塞都市ジェミニにたどり着いていた。
以前シャザーラに説明されていた通り、城壁の外に難民街があり、遠目に見れば城壁の奥に煌びやかな城が聳えている。
そしてきちんと整備された広い街道には、無数の人影が行き交っていた。
特に門の辺りには人が長蛇の列を為しており、ゆっくりと中に入っていく。
「凄いわねぇ……王都よりも人が多いんじゃない?」
レヴィがあまりの人の多さに呆れたように髪を掻き上げる。
「帝都の交易の要だというのなら、それも当然だろうな」
国土の広さも国力も、クトーたちが住む王国とは桁違いである。
「それよりも、城の趣味の悪さが気になるが」
明らかに金箔をムダなほど使った城の外観は、高級というよりも下品である。
「ナンダ兄弟の趣味だ」
クトーの言葉に、忌々しそうにシャザーラが答える。
「富だけは腐る程集めているからな」
「どうせ装飾を施すのなら、金などを貼るより塔の頭を翁の姿にした方がよほど可愛らしい」
「あなた以外、誰もそんな城を求めないわよ……」
『ヒヒヒ。違ぇねーね』
うんざりした調子でレヴィが言うのにトゥスが同意し、シャザーラは無言でうなずいた。
おかしな話だ。
「クシナダなら同意してくれると思うが」
「そっちがおかしいのよ!!」
「待て。この男と話が合う妙な感性の持ち主が他にもいるのか?」
『それがいるんだよねぇ……』
しみじみとトゥスがうなずくのに、シャザーラの顔が引きつった。
「……世の中は広いな」
『そうだねぇ。で、こっからどうすんだい? 兄ちゃん』
するっと鬼忍者の言葉を流した仙人の問いかけに、クトーは書状を取り出した。
黄色人種領辺境伯ア・ナヴァから預かったものである。
「まずは堂々と会いに行く。敵情視察だ」
「で?」
「制圧出来そうならば、そのままやってもいいが」
帝国七星に名を連ねている以上、確実に強い。
なんの策も練らずに制圧が可能とは思えなかった。
それに七星に名を連ねる者はクセが強い。
シャザーラはまだ普通な方だが、ア・ナヴァやマナスヴィンクラスの変人だと、何が起こるか分からない危険があった。
それも、向こうは兄弟……二人いるのである。
クトーは、彼らをよく知るシャザーラに話しかけた。
「ナンダ兄弟というのは、どういう連中だ?」
「この地の領主は兄のカンキ・ナンダだ。弟のバッツ・ナンダは副官を務めている。バッツの方は、水の魔法を得意とする魔導師だ」
聞くところによるとバッツは特に召喚術を得意としており、彼が戦場に出ると大規模な被害が出る、という話だった。
「兄のカンキの方は?」
「……分からん」
シャザーラは、それを口にするのが嫌なのか、苦渋の顔で答えた。
「帝国七星の序列を決める時に、見たことがあるのではないのか?」
「七星序列を決めるのはタクシャ様だが、そのやり方は総当たりやトーナメントではない。あの方が見込んだ相手や、自薦他薦によって戦うのだが」
基本的には、第七星との戦いとなり、自薦の場合に限り望みの相手と戦えるらしい。
その戦い自体もタクシャ立ち会いの元でお互いだけの死合となり、表には出ないのだと。
「例外的な措置として、帝国七星を殺した者が、タクシャ様を含む過半数の承認を得た場合に七星に加えられる」
「ふむ」
クトーはアゴを指で挟んだ。
「それはつまり、俺がカンキを倒した場合は七星になれる可能性があるということか?」
「対象は帝国民だけに決まっているだろう」
そこまで都合がいいものではないらしい。
そのやり取りに、レヴィが口を挟んできた。
「なりたかったの?」
「いや。なれたら便利だとは思うが」
帝国内で権力を得られるとなれば、レイドの立場がもっと強固なものになる。
もし本気でなれるのであれば、今このタイミングリュウを呼び出して殺させてもいいと思うくらいには。
「話を戻していいか? なので、ウチはカンキの力を知らん。噂にも聞いたことがない」
「不思議な話だな」
武勇を轟かせるということは、それまでの活躍があるはずである。
そうした言説すらない、ということは、本当は戦闘能力がないか……あるいは。
「隠蔽や幻惑、といった術に特化している可能性もあるな」
とりあえず兄弟に関して、この場で知れることはその程度だろう。
「ジェミニの街中はどうなっている?」
「基本的な構造は普通の交易街と変わらん。港はないが竜の降着場があり、街の中には城壁四門を突っ切る縦横の大通りがある。他と違うことがあるとすれば、城を覆う結界の種類くらいだ」
「どんな類いのものだ?」
「もし正式な許可なく入ろうとした場合、永遠に入れん」
シャザーラの言葉に、クトーはますます自分の予測に確信を持った。
「迷い道の結界か」
「ああ。昼間はいつの間にか元の道に戻るだけ、らしいが、噂によると夜に侵入を試みた者は、次の日姿を見せないらしい」
ア・ナヴァに許可証をもらっておいて正解だったようだ。
シャザーラは、忌々しげにさらに言葉を重ねた。
「ジェミニの中は腐りきっている……権力を背景に、吹き飛ばされたくなければ居住料を支払え、と脅迫してくる憲兵が、難民街を我が物顔で練り歩いているからな」
「答えているのか?」
シャザーラはそこで初めて、苦しそうな顔を見せてうなずいた。
「ウチがいる場所ではやらせないが、逆らうな、と皆には言ってあるからな……」
殺されないための苦渋の決断なのだろう。
レヴィは、その言葉に不快そうに吐き捨てた。
「ロクでもないわね、ナンダ兄弟とかいうの」
「綺麗なだけの人間が、帝国最大の交易都市を任されはしないだろう」
むしろ今までの、ア・ナヴァやシャザーラ、マナスヴィンと言った連中がが稀有なのである。
彼ら自体が帝国内での被差別層だから、というのもあるだろうが、帝国そのものが権威主義的であり、誇りの意味を取り違えている連中も多いことは予想していたのだ。
「では、我々は兄弟への面会許可をもらいに行くが、お前はどうする?」
「一度、難民街に戻る。……決起の準備をしなければならないからな」
「では、面会が出来たらその後にお前の元に向かうことにしよう。どう連絡を取ればいい?」
シャザーラは少し考えた後、ごそりと取り出した風の宝珠を渡してきた。
「そいつを使って連絡をよこせ。その後、合言葉を知る最初の一人を教える」
「アジトの場所を秘匿しているのか」
「当然だろう? ナンダ兄弟は、我らの敵だ」
言いながら、シャザーラは歩き出した。
クトーはレヴィと目を見交わした後、彼女についていく。
―――どう転ぶだろうな。
ここが本当の正念場である。
ジェミニの街を混乱に陥れること、が、作戦の成否を左右する最初の重要なキーとなるからだ。




