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おっさんと少女は賭け事に興じる。


 賭博場に入ったクトーは、最初に全体を見渡した。


 入り口から視線をさえぎるものは少なく、部屋の全てが確認できるように計算されているようだ。

 ブラックジャック、ポーカー等のこの国で違法賭博によく使われるカード系のテーブルの他に、ルーレット台が部屋の左側にあった。


 建物の奥には一段高く作られた土台の上にタタミを敷いた空間があり、こちらではサイコロを使った博打と、見慣れない形の細長い札を使ったいくつかの賭け事が行われている。


 中はそれなりに盛況だった。


 そして一目で全体が見えるという事は、部屋の中からもクトーらが入ってきたのが見える。

 何人かがちらりとこちらを伺ってすぐに目を逸らすのを感じて、主催者側の人間が客に化けて紛れている事を把握した。


 おそらく、負け越した者が逃げようとした時の為に配された人間だろう。

 それなりに腕がある連中のようだ。


「なるほどな」

「何が?」


 クトーがアゴに手を添えると、横のレヴィが小声で聞き返してくる。


「公認ではないのに大規模な賭博場だ。おそらくこの場を立てた人間は、役人も抱き込んでいるな」

「そうなの?」

「ああ」


 思った以上に相手の手が広い。

 ギルドに人を入り込ませ、その上に役人までとなれば、相手はよほど力のある商人か貴族だろう。


 この国の貴族には5つの爵位があり、男、子、伯、侯、公の順に位が上がる。


 男爵程度では、根回しにかける時間も金も余裕はないはずだ。

 設備を整え過ぎると採算が大きい代わりにバレる危険も高くなり、周到な根回しも必要になる。


 しかも採算が取れる前に手入れなどがあれば全て台無し。


 ホアンが国王になってから、違法賭博への法の徹底は厳しいものになっている。

 全財産没収の上で首謀者は死刑、幹部や協力者も捕まればしばらくの間、牢屋入りの上で禁固や苦役を課せられるのだ。


「これだけ大規模な場にも関わらず、誘い方の杜撰な手口、入口を張る者の危機感のなさ。最低でも地域の担当者は鼻薬を()がされているだろうな」


 国を食い潰す膿はそれなりに叩いたが、こうした連中を完全に排除するのは不可能だ。

 深刻な事態になる前にその存在を知れたのは、むしろ運が良い。


 クトーがそのまま少し待っていると、奥からフラリと男が現れた。

 礼服に身を包んだ眠たげなギョロ目の男で、隙のない仕草で近づいてくる。


 入口で、手持ちの金を確認された時に少しばかり多目に見せておいた効果があったようだ。


「お待ちしておりました。差配人のブネと申します」


 クトーは、その顔と名前を頭に刻み込んだ。


 態度こそ丁寧だが、ブネと名乗った男の目にはまるで感情が浮かんでいない。

 カモ待遇か、VIP待遇か、と思案しながら、クトーは小さく首をかしげた。


「ただ道ばたで誘われただけだが」

「ええ、存じております。ですが入口で示された金額を見るに、丁寧にご対応するべきお方かと思い、こうして足を運ばせていただきました」

「金を落としていけ、という事か」

「いえ、お楽しみの最中に失礼があってはいけないと思いまして」


 チラリと、ブネがクトーの腰の獲物に目を落とし、次いでレヴィを見る。

 カモとして見られていない、と判断するにはまだ早い。


 素性を不審がられるほどの金額は見せていないはずだが、身元を調べられれば【ドラゴンズ・レイド】の一員であるとバレて警戒される可能性があった。

 契約した時に大々的に喧伝させた為、パーティーが国と繋がっている事は多くの者が知っている。


「どちらの台に行かれますか?」

「そうだな……」


 クトーは考えた。

 見慣れない賭け事を勉強するには、少々場が剣呑だ。


 そして調査費用といえど、なるべく散財は控えたい。


「ポーカーを」

「では、ご案内いたします」


 無難にルールを知っている賭け事を提示し、案内を受けながらポーカーテーブルに向かう。

 そこにいた数人の男のうち、青いユカタを着た客の一人になぜか目を引かれた。


 頭に手ぬぐいを巻いた、体格が良く剽軽な雰囲気の男だ。

 ストゥールの上で器用に片あぐらを組むその男の顔を改めて見て、クトーは思わず眉根を寄せた。


 チラリとレヴィに目を向けると、彼女はどうやらタタミの方が気になっているらしい。

 賭け事は嫌いだと言っていたが、見慣れないものへの好奇心はあるのだろう。


「少し一人で遊んでくるか」

「え、いいの?」

「ああ。だが、負けたら終わりだ。熱くならずに戻ってこい」


 クトーは幾らか彼女に金を渡し、頭の中の借金額を増やしておく。


「儲けた分はお前のものだ。が、元本は返せ」


 まぁ無理だと思うが。

 しかしレヴィは、謎の自信と共に鼻息を荒くした。


「ふふん、任せなさい!」

「そして興味があるようだが、タタミの方へ行くのはやめておけ」

「なんで?」

「誰も懇切丁寧にルールを教えてくれはしないからだ」


 違法な賭博場で初心者など、カモがネギどころか鍋と食器に薪まで持っているレベルだ。

 レヴィは一瞬不満そうな顔をしたが、すぐにうなずいてルーレットの方へ向かった。


 表情では判断できない類の博打を選んだのは、レヴィにしては珍しく賢明だ。

 ルーレットのルールを知っている事も驚きだが。


 そう思いながらクトーがポーカーテーブルのストゥールに体を滑り込ませると、ブネはディーラーの後ろに向かって静かに控えた。

 手ぬぐいの男が膝の上に手をついた前のめりの姿勢で、ディーラーの掛け声に合わせて他の客と共にカードをさらす。


 ワンペア。

 

 ディーラーがめくったカードはスリーカードで置いた金が没収されるが、男は気にした様子もなく懐から次の掛け金を出してテーブルに置いた。

 クトーも同じように金を出しながら、目も向けないまま男に声を掛けた。


「……何でここにいる」

「お前と同じ理由だよ。多分な」


 男は事もなげに答えた。

 勝気な目をした日焼け顔に、ヘラヘラと呑気な笑いを浮かべている事が容易に想像できる声。


 そこに座っていたのは、リュウ。

 まぎれもなく【ドラゴンズ・レイド】のリーダーにしてクトーの幼馴染である男だった。


※※※


 カードが配られる間に、クトーは隠語で話し始めた。

 レヴィをリュウから遠ざけたのは口を挟ませない為だ。


 悠長に二人にお互いを紹介して素性がバレるのは、今この場では避けたい事だった。


「『お楽しみ(依頼関係)』か?」

「おう。(オーツ)小遣い(前金)を貰ってな」

「良い女だな」

「いいや、ただのカモ(困ってた奴)だよ。荷物を盗まれるのを見て犯人をとっ捕まえたんだが、どっちも大した金を持ってなくてな。小遣いを増やす為にこっちに足を伸ばした」


 リュウは目の前で引ったくりを捕まえたような調子で言っているが、実際は当然違う。


 おそらく、商売品を強奪された商人の依頼を受けたのだろう。

 しかし探し出した荷物の大半が既に横流しされていて、流れた先がこの街だった、という話だ。


 荷物を受けたのがこの賭博場の運営者か、とクトーは当たりを付けた。


「で、儲けた(突きとめた)のか?」

トントン(まだ)だよ。もうちょっと小さい(子飼い組織の)とこで儲けたら、お誘いがあってな」


 荷物を受けたのは、賭博場の経営者直通ではなかったらしい。

 のれん分けした先か、大元の組織の幹部や部下が運営している下部組織が噛んでいたのだろう。


 クトーが話をしながら配られた手札を見ると、数はバラバラだがハートが4枚。

 一枚捨てて、置かれた山札を取る。


 リュウも手札を交換して、今度はこちらに尋ねて来た。


「お前の方は?」

「休暇中だ。誰かさんのせいでな」

「で、女とデートか。色気はねぇがツラは良いみたいだな」

「可愛らしい格好がよく似合う。客引き(スカウト)に最適だ。技術はないがこれから仕込む」


 レヴィとリュウは顔見知りのはずだが、覚えていないのも無理はなかった。

 彼女は当時からずいぶん成長しているだろうし、顔立ちを見て取ったとしても、リュウも不審に思われない為にすぐに目を離しただろう。


 どうせ後一月もしない内に、リュウとレヴィはもう一度顔を合わせるのだから、その時に改めて紹介すればいい。


「へぇ。お前が目にかけるなら育ちそう(素質アリ)か」

「上手く行けばうちの店(パーティー)に入れる」


 ヒュウ、とリュウが口笛を吹いた。


「相当だな。お買い得なら先に言えよ」

「お前も、買う(・・)時に俺に言わないだろうが」


 大体、レヴィに会ってからリュウと連絡は取っていない。


 レイズ・サレンダーを尋ねられた後に、オープン、と言われて手札を晒すと、リュウはまたワンペアで、クトーはフラッシュ。

 ディーラーはブタだった。


「賭けも店も、幸先良いな。最近の稼ぎ(お前の依頼)はどうだ?」

「今だけかも知れんがな。今のヤサ(泊まり先)の雲行きが怪しい。家主が替わるようだ」


 旅館の乗っ取りと賭博場を結びつければ、答えはほとんど一つしかない。

 老舗旅館の建物を抱き込めば、脅すか騙すかして遠ざけている顧客を呼び戻し、表向き堅実に運営をしつつ裏の稼ぎを始めようとしているに違いない。


「その言い方だと、次の大家はあんま好きじゃなさそうだな」

「元の家主に建物を売る気がなくて揉めている」


 ミズチから受け取った資料を読み込んだ結果を加味して、クトーはリュウの依頼人の荷物を奪った連中が、賭博場だけでなく旅館の卸先とも繋がっている疑いを濃くしていた。

 資料では、原価や関税の値上がりがないにも関わらず、外からの問屋伝いで旅館に入っている物の仕入れ値が倍近くなっていたのだ。


 女将のクシナダは若い。

 継いだばかりという事もあり、おそらく経営に関して旅館の外の状況にまで意識を向ける余裕がないため、自分が異様な立ち位置にいる事に気付いていないのだ。


「後で呑もうぜ」

「ああ。この遊びを終えればしばらくは忙しいが、暇になったら言伝を頼もう」


 ミズチを通せば、黒幕にバレずにやり取りが出来る。

 そのまま下らない話をしながらゲームが何度か進むと、ディーラーの手の動きに違和感を覚えた。


 案の定、次の手役はストレートと強かったが、ディーラーの手役がフォーカード。


「はっは、運が落ちてるんじゃねーか?」


 わざと、気分を害したような表情を作ってリュウを見ると、彼は目でうなずいた。


 イカサマを確認したのだ。

 軽くうなずき返して、クトーは目をディーラーに戻した。


「そのようだ。この辺りでやめておこう」

「引き際が早いな。粘らねーのか?」

「元々の休暇の目的じゃないからな」


 わざと目線を差配人に投げるが、表情は変わっていない。

 立ち上がると、彼は音もなく近づいて来た。


「お帰りですか?」

「今日は運で勝てそうにない」


 皮肉を利かせたつもりではなかったが、差配人がディーラーに目を向ける。

 ディーラーの表情は微笑んでいるが、どこか青白い気がした。


「では、出口まで」

「ああ。だが、先に連れを迎えに行く」


 ルーレットテーブルに向かうと、案の定レヴィは熱くなっていた。


「黒、16番」

「ぐぅ〜!」


 レヴィは、赤の上に乗せていたチップを奪われて、悔しそうに歯ぎしりしている。


 手元には銀貨が一枚だけ。

 いいようにカモられたらしい。


「帰るぞ」

「まだ一枚残ってるし!」

「ビッグマウスの挑発魔法にあっさり乗せられる程度の短気さでは、いくらやっても無駄だ」


 冷静さを身につけるにはどうしたら良いか、などという訓練を、今この場で行うつもりはない。

 まだ未練がましいレヴィの頭を撫でてから立ち上がらせ、クトーは賭博場を後にした。

 

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[良い点] 隠語が会話が成立している場面を小説ではじめてみた。 それでいてタグつきでストレスなく見やすく表示してあって親切。すばらしい技術だ。 [気になる点] リュウがいてビックリ。書籍版の一巻とち…
2021/02/16 08:15 退会済み
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