おっさんは、少女の発想に感心するようです。
『へぇ、嬢ちゃんいきなり土人形を作り出したぜ?』
「レヴィのセンスは最近群を抜いているな」
トゥスの感心したような言葉に、クトーはアゴを指で挟みながら同意した。
「一発で似姿を作るとは思わなかった」
おそらくはジクのゴーレム作成術にヒントを得て泥を使ったのだろうが、一発で明確なイメージを持ち対象の形を具現化する、などというのは魔導師であっても難しい。
彼女の意思力が、魔族の呪縛を破り、ぷにおとの戦いの最中に双刀形態を発現するほどに強いことは知っていたが……。
「魔力の持ち主であれば、優れた魔導師になっただろうな」
『ヒヒヒ。確かに嬢ちゃんの才覚はすげーけどねぇ』
トントン、と爪先で膝を叩きながら、トゥスがニヤリと笑う。
『あの子の力が発揮されるのは常に火事場さね。それに、宝珠が変化したあの装備が嬢ちゃんを補助してる。……意識的に使いこなしてる、とは思えねーけどねぇ?』
「それも含めてのセンスだろう」
宝珠の補助もそこで胆力を発揮できるのも、レヴィが自身で勝ち得たアイテムと気性あってのものだ。
手加減をしつつ危機感を持たせる、のが、ニンジャのやり方なのかシャザーラの気分だったのかは分からないが、功を奏している。
「才覚の持ち主……天が味方する者、は、それに頼り切らず、同時にたゆまず努力もしているものだ」
『違いねぇね』
トゥスはあっさり同意を返してきた。
どうせこの仙人も本気で揶揄していたわけではなく、暇つぶしの会話のつもりだろう。
するとそこで、レヴィがこちらに目を向けてきた。
「クトー!」
「なんだ?」
戻ってきていたことには気付いていたらしいレヴィは、トントン、と跳ねるように地面を蹴って横に降り立った。
「あれ、ちょっと貸して欲しいんだけど。前に王都で強盗退治した時の葉巻」
言われて、クトーは少し考えた。
おそらく知覚共鳴を行う魔導具のことだろうが。
「何に使うつもりだ?」
「思いついたことに、よ。いいから貸しなさい!」
「高いぞ」
「……いいわよ。あの女に絶対吠え面掻かせてやるんだから!」
気が立っているのだろう。
負けん気を全面に押し出してガルル、と八重歯を剥いている。
ーーーやる気があるのは良いことだがな。
この少女は、実力をつけても少しも落ち着かない。
いや、自身が実力をつけていることにも、もしかしたら気づいていないのかもしれない。
ーーーそれはそれで、困ったものだが。
自己評価は正しく行うべきだ。
クトーはそんなことを考えながら、カバン玉から葉巻を取り出して渡し、ついでに火をつけてやった。
レヴィは煙を深く吸い、トゥスに目を向ける。
「ねぇ、トゥス」
『なんだかイヤな予感がするねぇ』
「一つ聞きたいんだけど。あなたって、バラウールにも憑依できるの?」
バラウールは、王都の守護結界の核であると同時に、むーちゃんのお世話係も務めているゴーレムの名前である。
『あの思考の宝珠を持つ妙ちくりんなゴーレムかい?』
「そうよ」
「妙ちくりんとは失礼だな。可愛いだろう?」
「今それは関係ないのよ! ちょっと黙ってなさいよ、クトー!」
「む」
なぜか怒られたが、そこはかとなく納得できないので、シャラリとメガネのチェーンを鳴らしながら首をかしげる。
その間に、二人は話を先に進めていた。
『まぁ、意志のある存在なら何でも憑依出来らぁね』
「意思がないと、出来ないのね?」
『そうさねぇ。だが、そいつがどうかしたのかい?』
レヴィはそれに答えずに、手に持った葉巻の煙を今度はトゥスにふりかける。
『……何をしてんのかねぇ?』
「意志があったら操れるんでしょ? あなたちょっと、あの私の姿に似せた人形に入りなさいよ」
キョトンとするトゥスに、レヴィはそう告げた。
「あの、シャザーラの分身の中にある『核』をどうやって作るか、いまいちまだ分かってないのよね」
その言葉に、クトーは内心でうなずいた。
分身がどうやって作られているのか、を理解したからだ。
要は、分身を操るには魔力に対する媒体、のような、天地の気を練り込んだ核が必要なのだろう。
共鳴し慣れている上に実体のないトゥスをその代わりにする、というのは、聞いてみればアリだった。
レヴィは3バカたちと違い、まだ遠距離系の波動スキルを習得していない。
そのため、手元を離れた気の塊を維持する方法を知らないのだ。
ーーー次に教えるのは、それか。
投擲に適性があったため、後回しにしていた訓練だ。
武具に風気を込めるところから始めれば、さほど時間をかけずに習得できるだろう。
『つまり、わっちにその核とやらの代わりをしろってぇ話かねぇ?』
「そうよ。操る方はいけそうだから」
その言葉に、トゥスはクトーに目を向けてくる。
面倒臭い、とありありとその表情が語っていたので、少し助け舟を出してやった。
「少し手伝ってやってくれないか?」
『やれやれ……仙人遣いの荒い師弟だよねぇ』
フヨフヨとトゥスが漂っていくのを確認してから、クトーはレヴィを見下ろした。
「何よ?」
「いや。頭が柔らかいと思ってな。葉巻のことも、トゥスのことも。俺にはそうした類いの発想はできん」
普段はトゥスが主体だが、自分主体にするための葉巻だったのだろう。
レヴィはこちらの言葉にきょとんとした顔をした。
「何よいきなり。褒めても何も出ないわよ?」
「今までも、見返りを期待して褒めたことはないが」
『問題は、わっちがめんどくせぇってことくらいだねぇ』
「いつも通りに中にいるだけでいいのよ! そのくらいやりなさいよ!」
八重歯をむき出しにして怒鳴るレヴィに、人形の近くにたどり着いたトゥスはヒヒヒ、とキセルを吹かしてみせる。
するとそこで、分身を両脇に控えさせて、律儀に話が終わるのを待っていたシャザーラが呆れたように声をかけてきた。
「話し合いはその辺でいいか? やる気がないならやめるぞ」
「やる気はあるわよ!」
レヴィが言い返し、トゥスが肩をすくめて土人形に潜り込んだ。
「離れている分身に意思を伝える方法は本当にわかるのか?」
「多分。……前にむーちゃんがおっきくなった時に感じたのと、似たような感覚だと思うのよね……」
少し自信なさげに言いながら、レヴィは葉巻の火を消してクトーに手渡してくる。
「ありがと」
「ああ」
礼を述べたレヴィは、また前に向かって飛び出していった。




