少女は、とりあえず分身の理屈を考えるようです。
「やはり、かなりの手練れだな」
クトーははたから戦闘を眺めつつ、シャザーラの戦力を分析していた。
彼女は、ぬかるみの中にいる彼女に分身をけしかけて、自分は周りの景色に溶け込むように肉体を水化しながら的確な攻撃を仕掛けている。
むーちゃんとの連携でどうにか避けたり反撃したり、と動いているが、レヴィ自身は本体の姿を捉えきれていいない。
シャザーラが遊んでいなければ、おそらくとっくに命を取られているだろう。
「トゥス翁。どう見る?」
『嬢ちゃんには何か考えがありそうだけどねぇ。問題は勝敗よりも、あの芸を嬢ちゃんが取れるかどうかさね』
レヴィにどんな考えがあるのか、は分からないが、とりあえず彼女はスクロールから自分の気配を含む水を撒き散らしただけで止まっている。
徐々に二つの大岩の方に戦場が移っていった。
「ーーー岩を背にして、背後からの攻撃を封じるつもりか?」
『ヒヒヒ。そんな小賢しいマネでどうにかなる相手かね、あの鬼の嬢ちゃんは』
無理だろうな、とクトーも思った。
レヴィは最初に出会った頃に比べればはるかに強く、機転も利くようになっているが、相手は帝国七星……この国でもっとも強い七人の一人なのだ。
経験や練度において勝ち目があるとは思えなかった。
「が、ムキになってるな」
『そこもまた、嬢ちゃんの利点であり欠点だねぇ。目的を見失ってなきゃいいけどねぇ』
トゥスは、キセルを吹かしながら完全に観戦状態になっていた。
「……シャザーラの方も、事故であれば殺していいくらいの姿勢に見えるが」
『望んだのは嬢ちゃんさね。危ういと思うなら兄ちゃんが止めりゃいい』
「もしその状況に陥ればな」
保険のために杖に魔力を込めつつクトーが答えると、動きがあった。
レヴィの正面に、シャザーラの本体が姿を見せる。
「その程度の小細工で……背後を気にしなくていい、とでも思っているのか?」
「何ですって?」
背にした岩にレヴィが意識を向けた瞬間、シャザーラがクナイを投げ放つ。
「むーちゃん!」
『ぷにぃ!』
それを子竜のブレスで吹き散らした瞬間、ずるり、と岩からシャザーラの分身の腕が突き出てきた。
※※※
ーーー!?
クナイを握った腕の出現に、レヴィは宙に跳ねた。
前転宙返りの途中、上下逆さになった状態の視界で現れた分身を捉える。
分身は、岩をすり抜けて姿を見せた、ように見えるが。
ーーー違うわね。
レヴィは、岩の側面が濡れているさまを視界に捉えていた。
あれは岩をすり抜けたのではなく、液状になった分身が岩を張って、自分の背後で形を元に戻しただけなのだ。
戦いながらもレヴィは、頭の中でそれぞれの動きを考えていた。
液化して姿を消しているシャザーラは、出現の時にほとんど位置が変わっていない。
それはつまり、液化したまま本体は移動できない、ということだ。
でも、分身はできる。
その理由を考えていたレヴィは、ふとジク……ゴーレム使いの変態のことを思い出した。
ーーーゴーレムには、二種類ある、んだっけ。
ジクが操るものと、自立するものだ。
レヴィはシャザーラの分身が自立型だと思っていたが、実は違うのかもしれない。
つまり〝弱点看破〟のスキルで確認した核は、シャザーラ自身の意識を受け取る類いの何か、だ。
そこで着地したレヴィは、即座に身を翻して岩の脇を蹴って上に登った。
ヒュン、とクナイで風を切った分身達が追いかけてくる。
シャザーラの本体は腕組みをして余裕を見せている……ように見えたが。
ーーー近づいてこないのは、こっちの動きをはっきり見るためね。
分身を彼女自身が操っているのなら、離れたところから見ている方が動きの精度が高くなるだろう。
同様に、もし本体を狙われれば分身の動きが止まる。
形を作っているのも、多分ゴーレム作りと似たようなものだ。
レヴィは自分が持っている能力での代用を考えた。
もし可能だとすれば、それは自分が身に纏う装備の姿を変えるのと同じ力を使うこと、だ。
分身を十分に引き付けたレヴィは、ちらりと追従するむーちゃんに目配せした。
子竜はその目線に気づき、加速する。
岩の上にたどり着いたレヴィは、そのままさらに跳ねてむーちゃんの足を掴むと、岩の頂上に分身を置き去りにした。
「ぬかるみに降りて!」
『ぷに!』
むーちゃんが力を抜き、滑落感を覚えながらシャザーラの頭上も飛び越えて、先ほど作り出したぬかるみに向かう途中で、レヴィは脳裏に土をイメージした。
雨が降った大地と、それによってできたぬかるみ。
そこで泥人形を作って遊ぶ自分。
パチリ、と腕に茶色い輝きが走り、レヴィはいける、と思った。
ーーー分身よ。
泥人形が、自分と同じ姿をかたどる様に、イメージを膨らませる。
自分の前に立つ、自分そっくりの泥人形。
そこで、嘲る様なシャザーラの声が聞こえた。
「ははは。逃げているだけで目的が達成できるのか?」
「逃げてるだけかどうか……見てなさいよ!」
ぬかるみにバシャン! と着地したレヴィは、そのまま地面に手をついて、イメージを腕から地面に流し込む様に意識を集中する。
すると。
ずるり、と自分の気配が残っている泥が手のひらを中心に渦を巻き、その下に集まり始めた。
引き抜くように指を曲げ、腕を上げると、ズルリと自分の姿を象った土人形が出現する。
「……出来たわね」
「ほう、やるな」
感心したような表情のシャザーラが、その後に否定的な言葉をつむぐ。
「だが、それだけでは分身とは言えんな」
「言われなくても分かってるわよ!」
何せ、色はついていないしどう見ても泥で出来た人形なのである。
ーーーここから、自分で操れるようにしないといけないのよね……。
この際外見はとりあえず置いておく。
使えるようになること、が第一で、精度は後で上げればいいのである。
レヴィは、それに関しても少しだけ考えていることがあった。




