少女は、負けん気に火がついたようです。
『分身の術を教えろだと?』
『そう。使えたら便利かなと思って』
レヴィは、クトーの帰りを待っている間にダメ元でそう訊いてみた。
すると彼女は不機嫌そうな顔になり、こう言い返して来たのだ。
『ナメられたものだな。そもそも水の忍術だぞ。貴様は聖騎士……なのではないのか?』
言われて自分の姿を見下ろしたレヴィは、彼女の前ではこの姿と炎のやつしか見せたことがないのに気づいた。
シャザーラが少し言い淀んだのは、炎も使っていたからなのだろう。
『元は斥候なんだけどね』
そう伝えて白ニンジャの姿になったレヴィに、シャザーラは衝撃を受けた顔をした。
『魔導師でもないのに、複数の気を操るだと……一体、何者だ?』
「私に言われても知らないわよ。元々は風の適性があるって言われてたし』
何かおかしくなったのはむーちゃんの卵を手に入れてからで、なんで使えるのかなんて自分でも知らない。
そんなやり取りの後、悩むような素振りを見せたシャザーラは、最終的に首を縦に振った。
『いいだろう、教えてやる。だが、なんとなく便利、などという理由で使えるようになるとは思わんことだ』
『教えてくれるなら何でもいいわよ。やってみて出来なかったらその時はその時だし』
やらないでいることが勿体ない、というのを散々クトーに教えられてきた。
出来て損はない、というスタンスを実行するには、出来たらいいなと思うことには積極的になることが大事なのだと、レヴィは学んだのだ。
ーーーどうせ時間があるなら、やるべきよね。
そうして、人に迷惑のかからない岩場の上でシャザーラと対峙すると、彼女は筒を手にしながら言葉を投げてきた。
「ウチは、懇切丁寧に手取り足取り何かを教えてやるつもりはない。我らが一族の『見盗りの掟』に従ってもらう」
「それは何?」
「分身の術を見せてやる。それでやり方を察し、真似をしろ。戦いながら、だ」
出来なければ、本来であれば死だ、と。
言いながら、彼女は筒を軽く宙に放って跳ね上がった。
「ーーー【水遁の霧】」
バシュゥ! と音を立てて筒が弾け、辺り一面に濃霧が広がる。
同時にレヴィは、トン、と岩の上で跳ねて眼下に飛び降りた。
濃霧に隠れたシャザーラが、さらに声を上げる。
「〝我が身と成れ〟!」
すると、二つの筒から生まれた濃霧がそれぞれに凝縮してシャザーラの姿を形取った。
本体の姿も岩の上から消えている。
おそらくは岩の後ろに降りたのだろう、と思われた。
「ふーん」
レヴィは唇を舌で舐める。
ーーー何かを使って、自分の姿を取るのね。
天地の気に注視しながらその正体を見破ったレヴィは、考え始めた。
魔導具に元々込められている魔力のほかに、シャザーラ自身から水の気が筒に流れ込んでいたのはハッキリと見えた。
その気を通わせた水を使って分身を作り出しているのだ。
「ーーー〝弱点看破〟!」
レヴィはさらに、自分と同様に地面に着地したシャザーラの分身たちが迫ってくるのに、スカウトのスキルを発動する。
見えた姿は人間とほぼ同一の気の流れ……だが目を凝らすと案の定、その体の中心に『核』となる塊が見えた。
分身を作るのに必要なのは、ただの気を通わせた水ではないのだ。
ーーーあれはどうやって作るのかしらね?
心の中で考えながら、近くに付き従う子竜に声をかける。
「むーちゃん!」
「ぷに!」
こちらの意図を汲み取って、むーちゃんは分身の一人に風のブレスを放つ。
レヴィ自身も、引き抜いたニンジャ刀を逆手に持って、もう一人の分身が放ってきたクナイを弾いた。
その間に逆の手で、太ももあたりにあるカバン玉に手をかざし、シャザーラと同じような筒、【水遁の序】を引き抜いた。
ーーーこういうのはやっぱり、まずは真似からよね!
「〝湧け〟!」
クナイを投げたほうの分身に向かって、レヴィは魔導具を発動する。
以前むーちゃんの様子を見に山に登った時同様に、装束の力を借りて威力を倍加した水流が、ドン! と音を立てて分身に迫った。
制御の効かない、洪水のような凄まじい奔流に対して分身は避けるような動きを見せたものの、範囲の広さゆえにそのまま巻き込まれる。
「ほう、やるな。初等の遁術で、上位の【水遁の竜】に劣らぬ威力を出すか」
「!」
全く気配を感じさせないまま背後に迫っていた本体のシャザーラが口を開き、レヴィはとっっさに頭を下げる。
ヒュン、と音を立てて彼女の振るったクナイの刃が頭上を行き過ぎ、ポニーテールを揺らした。
「ちょっと! 本気で殺す気!?」
「そのつもりがないから声をかけたのだ」
ニヤリ、と牙を見せていたぶる気満々の様子を見せたシャザーラに、レヴィの負けん気に火が付く。
ーーー上等じゃないの、このクソ女……吠え面かかせてやるわ!
引き抜いた投げナイフを最小限の動きで投擲するが、ばしゃり、とシャザーラが姿を消す。
これも前に見た、水に姿を変える遁術だ。
非常に厄介である。
「ぷにぃ!」
その間に、最初の分身を相手にしていたむーちゃんが蹴りつけられて距離を離された。
レヴィは迫ってくる分身から距離を取ろうと後ろに下がり、自分が水を放ったことで作り出されたぬかるみに足を踏み入れる。
水溜りと滑る足場、だが、そこにはまだ自分が水に込めた天地の気が残っていた。
ーーーここからなのよね。
シャザーラには吠え面をかかせるが、それはそれとして本題は分身の術の会得である。
体内で天地の気を練り上げながら、レヴィはその方法を考え続けていた。




