おっさんは、黒人辺境伯と和解したようです。
「知っている……?」
クトーは、マナスヴィンの言葉に目を細めた。
先ほどから彼は、こちらを知っているかのような発言を繰り返しているが。
「なぜそう断言できる?」
「簡単なことさ。君自身が言うように、その気になっていれば、ここはもうとっくに崩壊していてもおかしくはないからさ」
マナスヴィンは、前にいる兵たちに向けて手を振った。
すると、ピッ、という笛の音が響いて兵士たちが左右に割れる。
「先ほどの魔法は、戦っている最中に連発出来る類いのものではないだろうね」
前に進み出て、死の雷が襲う少し手前で足を止めた彼は、楽しそうに右手の指で上空を指差す。
「だが、未だあそこで遊んでいる赤いワイバーンの上から、準備が整わない間に何発か撃ち込まれれば、結界は破られただろう」
続いてマナスヴィンは、上に向けた指をそのまま左右に振った。
「だが君はそうしていない。否定したが、しない理由は俺と話をするためかな。だがそれがなくとも君はしないだろうね」
「腹の探り合いは好きではない。端的に物を言え」
「そう急くなよ。口説く時には情熱的に、そして楽しく、が基本さ。……俺がそう感じた理由は、二つある」
少しだけ真面目な調子になって、彼はぐるりと首を回した。
「一つは、君は無益なことはしないのを俺が知っているからだ。かつて、帝国の中にあった奴隷闘技場で、君は言った」
ーーー『殺すのは、明確な悪意を持って人に害を成す者だけだ』、と。
その言葉は。
たしかにかつて、魔王を倒す旅の途中でクトー自身が告げた言葉だった。
魔王の島への侵攻に際して、帝王に対するツテを探っていた時。
商会連合の幹部である豪商、ファフニールが帝国内の仲間の一人を紹介してくれた。
その人物が『力試しとして、自分の経営している奴隷闘技場で戦え』と言ったことがあった。
5対5のチーム戦。
その時にクトーに負けた奴隷戦士が殺せと言い、返した言葉がそれだった。
「そういえば、お前は元奴隷だったな。あの場にいたのか」
「その通り。一つ目の理由はそれさ。もっとも、もう先代領主に腕を認められて拾われていたから、君と直接は戦っていないが……君が精霊と踊るのを、見たことがある」
マナスヴィンは、不意に表情を変えて、こちらに敬意を表するように胸元に手を当てた。
その仕草に、ざわり、と周りの兵士たちがざわめく。
攻めてきた敵へのその態度は、確かに不可解だろうし、クトー自身も不審を覚えた。
「なぜへりくだる?」
「かつても今も、君の周りに踊る精霊達は、君に最大限の敬意を表しているからだよ、ブラザー・クトー。それが二つ目の理由だ。我らは精霊とともに在り、『舞闘』は精霊の友と認められることが重要なのだ」
ゆえに、と。
マナスヴィンは、ついにクトーに対して首を垂れた。
「いくら膨大な魔力を溜める器があれど、精霊を押さえつけて行使する邪悪な者に、精霊達が喜んで従うはずがない。君が純粋なる魂の持ち主であればこそだ」
「……俺は精霊とそこまで深く心を交わす力を持っているわけではないが」
話が意外な方向に転がった。
精霊を視ることは出来ても、彼らがどう思っているかまで知ることができるのは才覚なのである。
「精霊が、俺を友と認めている、というのか?」
「今まで見たどんな者よりも、この俺よりも認められている。かつての奴隷闘技場で、俺は君の在りように感動したのさ」
頭を上げたマナスヴィンは、ダンシング・ダガーを仕舞って改めて笑みを浮かべた。
「先代領主の護衛として観覧していただけなので、直接話すことは叶わなかったが。ブラザー・クトー。君が君のままここに来た、ということは、何かしらの大義のためだろう?」
かつて、魔王を倒した時のように……そう確信を込めた瞳でこちらを見た彼は、また口調を楽しげなものに変えて問いかけてきた。
「俺に話してみないか、それを。君がここを攻めたのなら、そこには何かの理由があるはずだ。君のような高潔な英雄が……【ドラゴンズ。レイド】の策謀の鬼神がこの場に在る理由が」
「俺は、そんな大層な二つ名をもらうような存在ではない。ただの雑用係だ」
「Hey、謙遜は美徳だが、過ぎた謙遜は嫌味だぜ」
メガネのブリッジを押し上げて言葉を返したクトーに、おちゃらけた様子でマナスヴィンが言い返してくる。
「で、どうだい?」
「良いだろう」
思っていた流れとは違うが、彼は確かにこちらの意図通りに自分で答えにたどり着いた。
杖を振って結界を消したクトーは、空を見上げて魔法を行使する。
「〝貫け〟」
『うおぁ!?』
真下から放たれた光の貫通魔法攻撃に、超感覚で対応して避けたリュウが、こちらを見下ろして咆えてくる。
『何しやがる!』
「遊びは終わりだ。下の連中にも伝えてこい」
「HaHaHa。そうだな。ネアル! こちらの仲間達も引かせろ!」
マナスヴィンが領主城に向けて声を張ると、エントランスから進み出てきた無表情で小柄な黒人がクトーを一瞥した。
「よろしいのですか?」
「まだ、お互いに損害は出ていないだろう? 少し驚きはしたが、ま、ショーの一つだと思えばなかなか楽しかったな!」
「これだけの騒ぎをショーの一言で済ませないでください」
おそらくは副官なのだろう。
なんとなく自分とリュウの関係に似ているな、と感じたクトーは、ネアルに親近感を覚えた。
「では、少し話をしよう」
近づいてきたマナスヴィンが、目の前に来て握手を求めるように手を差し出した。
「改めて歓迎するよ。ーーーソウルブラザー・クトー」




