おっさんは少女の着物に酔いしれる。
翌日も、クトーとレヴィはムラクの工房を訪れていた。
だが理由はフライングワームの装備に関する事ではなく、レヴィの訓練のためだった。
今、彼女の前には3つの木箱があり、ルギーの作った投げナイフが山のように放り込まれている。
1つにつき200個近く入っているだろう。
レヴィはそれを一つずつ確認しては、右に置いた空の木箱に良品を、左の方には粗悪品を入れていく。
トゥスは暇だったのか、ふらりとどこかへ出かけた。
「おわっっっったぁ!」
レヴィが最後の一つを分け終えて、両手を突き上げる。
当然ながら、良品に分類したものの方が数が少ないが、それでも150本以上ある。
クトーは良品に分けられた一本を手に取って状態を確認すると、粗悪品の木箱に放り込んでレヴィに告げた。
「やり直しだ」
「はぁ!? 何でよ!?」
ずっと中腰で作業していたからだろう、腰をさすりながら抗議の声を上げるレヴィにクトーは淡々と告げた。
「バランスが悪いものが混じっている。消耗品だから細かい傷に関してはさほど気にしないが」
次の一本を取り上げて、厚手の手袋をした手で刃先と柄尻を指で支えてレヴィの前にかざす。
ルギーの投げナイフは一枚板から作ってあり、刃先から柄まで全て金属製だ。
「投げナイフは本来回転させて投げるものだ。つまり中心に重心があるほうが望ましい。例えばこのナイフは軸はズレていないが、刃に重心が寄っている。さっきの分もだ」
「そっちの方が投げやすいじゃない。刃が重い方が前に飛ぶんだから!」
「単にお前のクセに合っているだけだ。俺は投げナイフとして良質なものを選べと言ったんだ」
レヴィの投げ方は、ブレードバッグを持つ投げ方ではなく柄を3本指で持って宙に放つ、我流の横投げだった。
そんな投げ方で空中で動いていたブレイクウィンドの眉間を射抜いた腕前は驚異的だが、使う道具の目利きがおざなりになるのはいただけない。
しかしレヴィは、もう一度やりたくないのがありありと分かる顔で反論して来た。
「投げれればなんでもいいじゃない」
「ダメだ」
クトーは、ナイフを粗悪品の方に放り込んで木箱に手を掛けた。
「他人の使う道具を目利きする時に、自分のクセに合わせたものを使わせるつもりなのか?」
「……人の道具?」
首をかしげるレヴィに、クトーはため息を吐いた。
やはり、何故これを自分でやらせたのかを考えなかったらしい。
「物事は、指示した時に『何故それをやるのか』という根本的な部分を考えろと言っているだろう」
「私が使いやすいだけじゃダメだったって事?」
「当然だ」
レヴィは、最初に出会った時よりはかなり素直に話を聞く癖がついている。
クトーが人の道具という話をしたから、それ以上噛み付いてこなかったのだろう。
「道具の目利きが正確に出来るという事は、それだけ損をする事が減るんだ。良質なものの方が長持ちするだけでなく、今後お前がどこかのパーティーに入った時に信頼を勝ち得る要素になる」
自分に合った道具だけでなく、人に合った道具まで見るという事は、必然的に他人を見る目を養う事に繋がる。
どういう相手かと性格を見極める事も出来るようになるし、パーティーとし連携を取る時に相手のクセに合わせて動く事も可能になる。
レヴィが今持っているのは、物理的な部分のみを見極める目だ。
人の事を見抜けるようになってようやく、情報を扱うスカウトとして一人前の目になる。
「自分を主体に考えるのではなく、軸として考えろ。全ての物事には根底に理屈があり、何故そうしなければならないのかという理由がある」
当然、理屈の方が間違っている事もあるが、そもそも分からなければ指摘する事すら出来ないのだ。
「分かったか?」
「うん……」
それでも気が進まなそうに上目遣いにこちらを見るレヴィを、クトーは真剣に見据えた。
「俺も早く終わらせたいんだ。急げ」
「何で? 珍しい」
「今日の休暇計画はこの訓練を午前中に終わらせて、次に移るために早く終わりそうなものにしたんだ」
レヴィの目なら、この程度はすぐに終わると踏んでの事だった。
「まだなんかあるの?」
「非常に大切な事がある」
「ど、どんな……?」
恐る恐る聞いてくるレヴィに、クトーは即座に応じた。
「お前に、キモノを着せて名産巡りをする為だ」
「……は?」
「昨日の夜、ミズチに連絡を入れてな」
直通の風の水晶を使い『この街で着付けとキモノの貸し出しをしている場所を教えてほしい』と言ったら、彼女はなぜか呆れたような声で教えてくれた。
レヴィが、突然大きな声を上げる。
「そんな理由!? 私、今、そんな理由で急かされてるの!?」
「非常に重要な事だろう。お前の可愛らしいキモノ姿を見るというのは、今回の休暇計画の中でも上位に入る優先事項だ」
クトーはメガネのブリッジを押し上げながら、レヴィを諭した。
山での訓練と装備品の事は優先したが、街で出来る訓練に関しては遊興しながら。
もともとそういう計画で、今まで我慢していたのだ。
「なんなら、街での訓練中はずっとキモノで良い。金は出そう」
「もうあなたの頭の中が、全然意味がわかんないんだけど! キモノ借りるのもそこそこお金がいるんじゃないの!?」
「安心しろ。今後の訓練中にいくらか魔物を狩って、その金を全てつぎ込む」
予定金額に達しなければ、訓練予定を変更して半日の間、山のダンジョンにもぐる事も辞さないつもりだ。
「それなら、ユカタで良くない!? 布が増える分キモノの方が動きづらそうだし! 私的には割とどうでも良いんだけど!?」
「着ないのか? 借金に利子を付けてもいいのなら、その要望を呑もう。トイチだ」
「トイチって何?」
「十日で一割だ」
「高ぁ!? だから何で、こういう時だけそういう卑怯な……はぁ、もう良いわ」
なぜか赤くなって諦めた顔をしたレヴィが、うつむいてぶつぶつと『なんでこいつは、真顔で可愛らしいとか……』とつぶやきながら、大人しく選定作業に戻った。
クトーが顔を上げると、工場の入り口からなぜかルギーがこちらをジーッと見ている。
「こっちは女日照りなのに、店先でイチャつくのやめてもらえないですかねぇ……」
「クトーはヒゲも肉もねぇモヤシ野郎だが、なぜか強ぇ上にモテやがる。知ってんだろが」
ひょいとルギーの後ろから顔を覗かせたムラクが、面白くなさそうに舌打ちした。
二人とも随分と機嫌が悪そうだ。
「ああ、この街に連れてきてくれた時も行く先々でタラしてましたもんねぇ……リーダーさんと一緒に」
「分かってんならムダな嫉妬してねーで、さっさと奴等を追い払う為にモノを作るんだよ」
「そうですねぇ、なるべくたんまり金を置いていって貰えるようにねぇ……」
フライングワームの加工装備でそんな高い代金を取るなど聞いた事がないが、いったいどんな高品質に仕上げるつもりなのだろうか。
負の気配が工房の方から漂って来ている気がするが、クトーは気にせず、心なしか選定速度の上がっているレヴィに目を戻した。
※※※
無事にレヴィに着付けをさせたクトーは、二人で温泉街を散策した。
しかし誤算だったのは、レヴィが自分がキモノを着る代わりにクトーにもキモノを着せようとした事だ。
流石に二人分を出す気はない。
男のキモノに可愛げはないから、金を出す価値も感じなかった。
ユカタなら安価だというので、そちらを貸し出してもらって今に至る。
昼食に平べったい形のうどんを食し、オーセンの滝と呼ばれる赤い岩肌を流れる滝を見に行く。
その後、足湯という足を浸からせるだけの温泉に入ってから、『湯もみ』という板で温泉湯を冷ますために何人かでかき混ぜる動きに合わせた歌を聞きに行った。
温泉まんじゅうという小豆あんを皮で包んだ甘い食べ物をおやつに食べていると、一人のキモノを着た男が近づいて来た。
「お兄さん、羽振りが良さそうだね」
その男がどこから自分たちを見ていたのか、クトーは気づいていた。
キモノ屋を出てすぐに、だ。
最初は自分たちがキモノを持ち逃げしないための監視役かと思っていた。
だがよくよく気をつけてみると、キモノやユカタの袖の袋のような布地の裏に探知用の宝玉が縫い込まれていたのだ。
つまりこの男はキモノ屋とは別口であり、クトーはいつ声を掛けてくるかと思っていたので特に驚きはしなかった。
レヴィも気づいていたのか、あるいはただの客引きと思っているのか、平然としている。
「何か用か?」
「いいや、今から少し楽しい事があってね。お誘いをしてるのさ」
「ほう」
クトーは興味を引かれたフリをした。
話の内容だけでも聞き出そうと思ったのだ。
「場が立つんだよ。出入り料はいらない。ちょっとばかし合言葉を口にしてくれりゃあ、入るのはタダだ」
場が立つ。
それは、賭博を行う、という事を指す隠語だ。
「どこだ?」
こちらが言葉の意味を理解したのを察したのか、男は笑みを深くした。
「好きかい?」
「嫌いじゃない」
嘘だった。
クトーは、金に関しては運という要素を極力排すように努めている。
しかし生来の無表情のおかげで、むしろ賭博を嫌っている事を相手に気づかれはしなかったようだ。
場所と日時、そして合言葉を教えられたクトーはうなずいて、男と別れた。
黙って成り行きを見ていたレヴィが、不思議そうにクトーに尋ねる。
「なんの話?」
クトーが内容を説明すると、レヴィは眉をしかめた。
「ああ……クトー、賭け事好きなの?」
「いいや。お前は?」
レヴィに問い返すと、苦い顔をする。
どうやら彼女もあまり好きではないようだ。
「昔、村でよく小遣いを巻き上げられたから……」
納得できる話だった。
レヴィは素直な性質なので、表情に出てしまうのだろう。
強い手の時に得意そうな顔を、弱い手の時にしかめっ面をしていれば、それはさぞかしカモりやすかっただろうな、とクトーは考えた。
「まぁいい。キモノを返して賭博場へ向かうぞ」
「え、何でよ。嫌いなんでしょ?」
もちろん、賭け事をしに行くのではない。
しかし、こんな場所で大きな声で言うわけにもいかない話だった。
キモノ屋へ向かって歩いている雑踏の中だ。
誰が聞き耳を立てているか分からないので、クトーはさりげなく『はぐれないようにそうした』と見せかけた動きで、レヴィの肩を抱き寄せると、耳元でささやいた。
「……女将を襲ったテイマーの気配が、違法な博打場に向かっていたらしい」
レヴィは一瞬硬直してから、バッとクトーを振りほどいて耳を押さえた。
「ちちち、近づくなら最初に言いなさいよ! 耳に息がかかったでしょ!」
「ああ、嫌だったか?」
それは済まない事をしたと思いながら謝罪すると、レヴィはバシン、とクトーの腕を叩いた。
「そういう事言ってるんじゃないのよ!」
「では、どういう事を言ってるんだ?」
嫌ではなかったのなら、なぜ叩かれるのか。
レヴィの行動はたまに理解しがたい。
「こ、心の準備ってものが……」
と、もにょもにょと声を小さくしたレヴィは、結局明確な答えを口にしなかった。
納得がいかないが、とりあえず情報は伝えたことだし、さっさと動こうとクトーは道を急いだ。
店を出る時に、胸当てなどは付けていないものの、クトーは外套を着て、レヴィはいつもの格好でそれぞれに獲物を腰に下げていた。
「場所は分かるの?」
「ああ。地理は頭に叩き込んである」
先ほどの客引きの男が言った場所は、トゥスから聞いた博打場の場所と全く同じだった。
思う存分レヴィのキモノ姿も堪能したクトーは、目を閉じてもう一度その姿を思い浮かべる。
「……何してるの?」
「何でもない」
今日も素晴らしく可愛いものを見た、と脳裏に浮かんだ姿に満足したクトーは、頭を切り替えて賭博場へ向かった。




