おっさんは、黒人辺境伯に翻弄されるようです。
「む。新手が来たようだ」
ワイバーンの進路を銃の牽制で逸らしたクトーは、眼下から迫ってくる小柄な影を見てリュウに告げた。
高速で一人迫って来るのは、極彩色の派手な衣装を身につけ、両手にダガーを構えたドレッドヘアの黒人だ。
ーーー飛翔魔法、か?
遣い手がほとんどいない、というよりも、古代文明の頃に理論が失われた魔法の一つである。
現在では、天性の才覚を持つ者がごく稀に行使する程度なのだ。
もっとも、今、クトーが背中に乗っているリュウも、生まれと才能を併せ持ち、他の誰にも使えない竜化の魔法を今正に使っている最中なのだが。
一応銃を構えて迫り来る黒人を狙撃するが、案の定簡単に避けられた。
騎竜兵に比べて的も狙いづらく、その上小回りが利くようだ。
さらにその人物は、全力飛翔するワイバーンに劣らない速さを持っていた。
「厄介だな」
クトーのそのつぶやきに、リュウが楽しげに吼える。
『ハッハァ! ご機嫌だなァ!』
「……お前な」
首を巡らせながら炎を吐いて、狭まっていた敵の包囲網を広げた相方の言葉に、クトーは眉をひそめる。
「が、彼は飛んでいるわけではないようだ」
『あん?』
軽く動きを観察した後にそうつぶやくと、リュウが問い返してくる。
『どう見ても飛んでるじゃねーか。……あれ? 飛翔の魔法は古代魔法じゃねーのか?』
「魔導師には見えん。それにあれは飛んでいるのではなく、空を駆けているように見える」
こちらにぐんぐん迫ってくる相手は、走るように足を動かし続けており、同時に体が一定のリズムを刻んでいる。
また、彼の周りで風の精霊がはしゃいでいるのが感じられた。
「接触するぞ。集中しろ」
『ハッハァ! もうとっくにぶっ飛んでるよ!』
会話にならない会話の後、クトーはさらにもう一度引き金を絞った。
周りでは相変わらず、騎竜兵がこちらの隙をうかがっている。
銃弾を避けた黒人は、次いで振るわれたリュウの尾も避けて、ついにこちらの元へ到達した。
するりとリュウの攻撃が届かない位置に潜り込んだ相手は、そのままおちょくるようにリュウの周りをくるりと回ってから、クトーに襲いかかってくる。
『テメェふざけんな!』
「Wao! 喋る竜だって? ずいぶんと珍しいモノを飼っているようだな! 感動的なお嬢さん!」
「なんだそれは」
妙な呼びかけに一瞬気を取られた瞬間、相手はダガーで鋭い斬撃を放ってきた。
狙撃銃で受けたクトーは、続く逆の手の刺突を左足を軽く引いて、半身になってかわす。
だが、そこから黒人の怒濤の連撃が始まった。
凄まじい速度と、無駄のない動き。
クトー自身も稀に『踊るような』と表現されるが、それは才能のない自分が、極限まで基本に忠実に無駄を削ぎ落とした動きをするからである。
それとは対照的に、敵の動きは〝天衣無縫〟と呼べるような奔放さだった。
通常あり得ない角度からの攻撃は、全方位に足場があるような立体機動と、生来の体の柔軟さによるものだ。
上下逆さになったかと思うと、死角から迫る斬り上げ。
体を右に捻ったかと思うと、右手の横薙ぎの後に、背中側に回した逆手のダガーによる突きが迫る。
変則的で、しかし無駄のない……本当に踊っているかのような動きなのである。
クトーの動きをクラシックダンスとするのなら、それはさながらフリースタイル。
「HaHa、今は仮面舞踏会じゃなく決闘の時間だ!」
「……!」
さばき切るのに精一杯のクトーに比べ、相手は会話する余裕すら見せる。
足場になっているリュウは黒人を引き離そうと動き回るが、周りの騎竜兵たちも手を緩めているわけではない。
連携するような動きに阻まれて、上手く動けずにいる。
その内に。
「素顔を晒さないのはいただけないな! 主催者として、神秘の仮面を剥いであげよう!」
壁を走るように宙を横向きに駆け抜ける、という見慣れない動きに、クトーの行動が遅れ。
とっさに首を曲げたがダンシングダガーの一閃避けきれず、頭布が裂けて上空の激しい風に吹き飛ぶ。
「ッ……貴様が、マナスヴィンか?」
「ヒュゥ! 魔族にまで名前を知られているとは光栄だね!」
ホスト、という言葉に相手の正体を悟って口にすると、マナスヴィンはトントン、と宙を軽く跳ねながら口笛を吹いた。
クルクル、と両手それぞれでペン回しのようにダガーを回しながら、白い歯を見せる笑みを浮かべる。
「なるほど、変わった男だ」
『さすがにテメェに言われたくねーと思うがな!』
リュウは軽く尾を丸め、先端で背後からマナスヴィンを貫こうとするが、するりと逃げられる。
ーーー帝国七星、第四星マナスヴィン。
「正直、想像以上の強さだな。ア・ナヴァやシャザーラより格上、というのも納得できる」
『感心してる場合かボケ!』
そこでいきなり羽ばたくのをやめたリュウが落下し始めると、クトーの体が軽く浮いた。
たてがみを掴んで一緒に落下していく時に、敵の騎竜が放ったブレスの十字砲火が眼前をよぎる。
炎が先ほどまでいた場所を焼き、同時に、マナスヴィンも離れたか……と思ったが。
「Hey! その竜は、そんなトリッキーな判断が出来るのかい! 少し、その子が欲しくなってきたよ!」
「あいにくだが、コイツに売値はついていない」
まるで階段を駆け下りるようにピタリとくっついてきたマナスヴィンに、直近で狙撃銃を放って牽制した。
一呼吸遅れて次々と追従する騎竜兵たちは、相変わらず自分たちの上司の存在にまったく頓着せずに攻撃を仕掛けてくる。
「信頼が厚いな、指揮官。よく鍛えられた良い兵士だ」
「お褒めに預かり光栄だね、驚異的な兄弟!」
「呼び方が変わったな」
クトーは狙撃銃をカマのように振るい、前の持ち手をマナスヴィンの体に引っ掛けようとしたが……太い笑みを浮かべた彼はそれをあっさりとダガーで受け流し。
一段低い声で、告げる。
「それは君の正体に気づいたからだよーーーなぁ、クトー・オロチ?」
その言葉に、クトーは珍しく目を見張った。
ーーーなぜバレた?
頭巾は失ったが、魔族に化けた変異の魔法は解けていない。
驚きながらも、攻撃を受け流された瞬間にリュウの背の上で足を一歩踏み込み、鋭く狙撃銃を返してトリガー側のグリップでマナスヴィンの額を狙う。
ダダン! と二回風を蹴ってとんぼ返りしたマナスヴィンは、笑みを消さないままに問いかけてきた。
「HaHaHa、図星かい!?」
『おい、まさか知り合いかよ!?』
「……失言だ、このバカが」
カマ掛けに肯定を返したも同然のリュウに、クトーは思わず悪態をついた。
だが。
「洞察に優れているのが自分だけだと思うな、黒色人種領辺境伯、マナスヴィン」
クトーはシャラシャラとチェーンの音を耳元で響かせる、顔から浮きかけたメガネに触れると、呪文を口にする。
「〝弾けろ〟」
四竜のメガネに込められた、定量魔力で発動する風の初等魔法。
このレベルの相手には、本来まったく無意味な攻撃だが……クトーが狙ったのは、動き続ける彼の足元だった。
蹴ろうとしていた風に、クトーの放った風球が当たり流れを乱すと、スカッ! と空中を踏み抜いたマナスヴィンがバランスを崩してそのままこちらよりも早く落下し始める。
「ーーー素晴らしい!」
空中に仰向けの状態でクトーを見上げたマナスヴィンの顔には、純粋な賞賛の表情が浮かんでいた。
ーーーだが、そんな余裕をいつまでも見せていられると思うな。
「追え」
『言われなくてもなァ!』
騎竜兵たちはこちらがマナスヴィンと戦っている間に、ほぼ完全に包囲網を完成させている。
このまま空中にとどまっていては、一方的に押し切られるだろうが……マナスヴィンから離れずにこのまま地上戦に持ち込んでしまえば、仕切り直せる。
騎竜兵は、街には攻撃しないだろう。
「奴の飛翔のカラクリは、風の精霊だ。風の気と踊りをエサに、自分と遊ばせていたんだ」
それが技の正体。
相手の足の足場になっている風は、マナスヴィンの与える『風気』と『踊りのリズム』で気を良くした風の精霊そのものだったのである。
「Woo……正解だよ! 我らに伝わる武術、『舞闘』の奥義さ!」
「これで、こちらの正体を見抜かれたことと引き分けだ」
クトーは、グレート・ロックに向かう落下型チキンレースを行うリュウの背で、狙撃銃を杖の形態に戻した。
「ーーー次は、なぜこちらの正体を見抜けたのか、を教えてもらおうか」
そう告げ、地面スレスレで体を捻り込んで水平飛行に入ったリュウの背から飛び降りる。
「〝跳ねろ〟」
着地直前に反発の風魔法を行使し、白いファーコートをふわりとなびかせて着地したクトーは、変異を解いた。
元の姿に戻り、メガネのブリッジを押し上げて風に乱れた髪を整えながら。
こちらと対照的に、轟音と砂埃を立ててグレート・ロックの上に着地したマナスヴィンに、目を向けた。




