黒人辺境伯は、ファンキーな野郎のようです。
―――黒色人種領、グレードロック城内。
「マナスヴィン様!」
平時は民衆にも解放している城のエントランス・ホールに、小柄な副官が血相を変えて駆け込んできた。
それを見て、上半身裸のマナスヴィンはドレッドヘアを振って汗を飛ばし、ニッと大きく笑みを浮かべる。
「Hey、どうしたんだい? ソウルブラザー・ネアル。こんな爽やかな朝に」
ビシッ、と待機の姿勢を取ったスキンヘッドで無表情な副官に向かって、その巨大な体を誇示するように大きく両腕を広げて親愛の情を示した。
今は、朝のダンスタイムだ。
黒色人種にとって神聖かつ実用的な伝統芸『舞闘』。
その基本であるリズムに楽器の音色に合わせて身を委ね、仲間と過ごす憩いのひと時である。
皆が楽しげにしている中に、ネアルの様子はまったく似つかわしくない。
「君はいつだって少し堅苦しすぎるんだ。どうだ、たまにはその顔つきをほぐして君も一緒に踊らないか?」
「そんな場合ではありません! ―――敵襲です!」
思いがけないことを言われて、マナスヴィンは大きく数回、まばたきをした。
そして首を曲げて外を見る。
エントランスと外の広場の間に立つ柱から見える景色は、平和そのものだ。
鳥がさえずり、青い空もこの上なく晴れ渡っている。
「HaHaHa、ついに君も冗談が言えるようになったのかい? ソウルブラ……」
彼の言葉を笑い飛ばそうとしたところで、いきなり北に巨大な炎の壁がそびえ立った。
グレートロックの上部を包む対大規模魔法防御結界が発動し、その威力を弱めてなお、轟音を伴う熱風がエントランスホールを吹き荒れる。
突然風に煽られた市民たちが悲鳴を上げて転がり、対魔法結界がミシミシと音を立てる中。
その突風を軽く踏ん張って耐えたマナスヴィンは、チリチリと肌を刺す熱気を受けながらポカン、と口を開けた。
吹き荒れた暴威が止み、沈黙が場を支配する。
ギギギ、と首を曲げてネアルを見ると、副官も全く微動だにしないまま、冷たい視線をこちらに向けていた。
「……」
「……」
「Ah〜……ソウルブラザ・・ネアル? 少しお願いがあるんだがね」
「何でしょうか」
マナスヴィンはこめかみを掻きながら、怖い気配を放っている媚びるようにヘラヘラと笑みを浮かべる。
「実は、執務室に【ダンシング・ダガー】を置いてきてしまっていてね。よければ取ってきてくれないか?」
「了承致しました。その間、どうなさるおつもりで?」
驚きから覚めたマナスヴィンは肩をすくめ、炎の壁が消えた後に黒炭と化して煙を上げている北を指差す。
「すぐに向かうさ。あんな魔法を放つような連中が攻めてきているとなれば、部下だけに任せるわけにはいかないだろう?」
一体、いつの間にこの場所に魔導師の一団を導き、対魔法結界を発動させるような魔法陣を描いたのかは見当もつかないが……そうそう撃てるような規模の魔法ではない。
しかしネアルは、軽く息を吐いてマナスヴィンに告げる。
「あれだけではありません。上空に赤い翼竜、グレート・ロックの下からゴーレムの群れが攻めてきているそうです」
淡々と答えたネアルは、さらに言葉を重ねた。
「しかも、あの大規模魔法を放つような魔術師の一団も、魔法陣の気配も全くありませんでした。一人の魔導師が力を行使した可能性があります」
「…………Why?」
マナスヴィンは思わずそう呟いた後、腕を組んで下唇を突き出す。
「Ah〜、もしかして、だが、ソウルブラザー・ネアル」
「何でしょう?」
「今、非常にまずい状況なのでは?」
「最初にそう伝えさせていただきましたが」
無表情なまま、気配だけ怒りの圧を増したネアルは、カツン! と靴の踵を合わせると、踵を返した。
「では、私はマナスヴィン様の武器を取りに行かせていただきますので、迅速に兵たちに指示をお願いいたします。それと」
「何だい?」
「せめて服を、出来れば戦闘衣を着てくださるように進言いたしますよ。その格好で戦場に出るおつもりですか?」
言われて自分の体を見下ろすと、当然ながら上半身裸のままだった。
「Oh、そうするよ、ソウルブラザー・ネアル」
「当然のことをいちいち口になさらなくて結構です。それよりも迅速に動いていただきたい」
「そう怒るなよ。人間、余裕をなくすとロクなことにならないからな!」
そしてマナスヴィンはそれ以上小言を食らう前に、さっさと自分の服を脱ぎ散らかした場所に向かった。




