おっさんは、仙人に謎をかけられるようです。
ーーー要塞都市ジェミニ。
ここは帝国中央部北西に位置する、帝国の宝物庫である。
辺境伯領を旅立って数日、その手前にある街の宿でクトーは食事を取りながらシャザーラに質問した。
「ジェミニの辺りの帝国兵力や情勢はどうなっている?」
今いるのは、少し値の張る宿の個室である。
流石に多くの人が出入りするところで、帝国の都市を襲撃する算段を交わすわけにはいかないからだ。
「当然ながら、警備体制は厚い」
シャザーラは黒いフードを脱ぎ、綺麗な所作でフォークとナイフを使ってステーキ肉を口に運んだ。
「街の最外壁には常に魔導兵が常駐しており、強固な結界を管理・維持している」
「ふむ」
クトーは、高級調味料であるセサミを惜しげなく使ったドレッシングと共にサラダを頬張った。
その滑らかで甘みのある舌触りを楽しみつつ、話を続ける。
「兵力的には?」
「……外側を獣人兵とゴーレムの混成部隊が、内側を人族の部隊が警護しているな」
歯切れが悪い、というよりは嫌悪に近い顔で、シャザーラが答えた。
「クトーはジェミニに行ったことないの?」
「ない。食べ方が行儀が悪い上に、好きなものばかり食べるな」
どうやら気に入ったのか、先ほどから何枚も、あーん、と生ハムを食べていたレヴィに目を向ける。
「滅多に食べれないんだからいいじゃない」
「そういう問題ではない」
肉は活力の源だが、野菜というのは、食さなければ海で長く航海する者が壊血病にかかるというほど重要な食材なのだ。
「ただでさえ敵地にいる。体を損なうようなことは極力するな」
「分かったわよ」
プク、と不満そうに頬を膨らませたが、レヴィはおとなしく野菜も食べ始めた。
そもそも彼女は好き嫌いもない様子なので、本当に生ハムが食べたかっただけなのだろう。
無事に帰ったら作ってやろう、と思いながら、クトーは呆れた顔をしているシャザーラに目を戻した。
「どうした?」
「いや。旅の間も思ったが、緊張感のない連中だと思ってな」
「む、失礼ね。別にヤバい状況でもないのに、クトーやあなたみたいにムッツリしてても楽しくないじゃない」
「どういう意味だ」
そもそも楽しむための旅ではないのだが。
同じことをシャザーラも思ったのか、少し気分を害したような顔でレヴィに噛み返す。
「ウチはこれでも、自らの一族だけでなく多くの同胞に対して責任ある立場だ。気楽な冒険者如きと一緒にするな」
「何ですって!?」
「レヴィ」
ーーーすぐに熱くなるところは中々変わらないな。
そんな風に思いながらクギを刺すと、レヴィは鼻を鳴らしてシャザーラから目を逸らした。
「……アーノに良いようにされてたクセに」
「何か言ったか?」
化粧っ気のない美貌に険しさを浮かべて本気の殺意を放ち始めたシャザーラに、クトーは小さく息を吐いてフォークを置いた。
「責任がある立場だというのなら、安い挑発に乗らない程度には冷静になれ」
「逆に言わせてもらおう。なぜ貴様のような者がその程度の女を連れている? 愛人か?」
「んにゃ!?」
「仲間だ」
だが予想外の方向からの反撃に素っ頓狂な声を上げたレヴィに、糸口を見つけたのかシャザーラがニヤリと笑う。
「ほう、それは失礼した。てっきり子どものような体型の女が好きだから連れているのかと思ってしまってな」
「誰が子どもよ!? あなたに比べれば全然私の方が強いわよ!!!」
「キュイ!?」
ダン、とテーブルを叩いて額に青筋を浮かべる少女に、足元で食事していたむーちゃんが驚いて飛び上がる。
「ふん、ならば試してみるか?」
シャザーラは、ステーキを一切れ刺したナイフの先をレヴィに向けた。
一度の静止では収まらないらしい。
ここ数日で薄々悟っていたが、彼女はレヴィと同じくらい短気な性格をしているようだ。
「翁。何かこの場を収めるいい案はないか?」
本気で殴り合いは始めないだろうが、話が先に進まない。
『ヒヒヒ。着ぐるみ毛布で簀巻きにしといたらどうかねぇ?』
「絵面が非常に可愛らしくていい案だと思うがーーーいや、いい案だな」
達磨のような状態で着ぐるみ毛布に包まれている二人を想像して、一瞬本気でやろうか、と考えたクトーだったが。
「……シャザーラ、一時休戦よ。やるなら日を改めましょう」
その前に、レヴィが凄まじい目でこちらを睨みながら歯軋りするような言葉を吐き出した。
「ふん、怖気付いたか?」
腕を組んでイスにふんぞり返るシャザーラに、レヴィはカバン玉から黒ウサ型着ぐるみ毛布を取り出して突きつける。
「あの日みたいに拘束された後に、これ着せられたいって言うなら止めないけど?」
目が据わった少女の言葉と手にしたアイテム、そしてクトーの顔をそれぞれに見比べて、鬼の美女は頬を引きつらせる。
「……………そんな趣味があるのか、この男は」
「久しぶりにマトモな反応を見た気がするわね」
「む。まるで着ぐるみ毛布を着るのがイヤだとでも言いたげな流れだが」
クトーがメガネのブリッジを押し上げると、レヴィがこちらの額に人差し指の先を押し付けてくる。
「何をする」
「その賢いけどちょっとおかしい頭に叩き込んどきなさいよ、クトー。これを、人前で着るのを、喜ぶのは、変人だけなのよ!!」
「人前でなければいいのか?」
「っ、そういう問題じゃないでしょ!?」
「なぜ言葉に詰まる」
クトーは首をかしげたが、返事はなかった。
ただ、トゥスがボソリとつぶやいた一言が耳に届く。
『変人の色恋と掛けて、この話し合いと解く……』
「その心は?」
思わず定型句を口にすると、仙人はヒヒヒ、と笑いながら言葉とキセルの煙を吐いた。
『ーーーちっとも前に進みゃしねぇ、さね』




