辺境伯は、暗殺者とおっさんを口説くようです。
「いつから気づいてたの?」
アーノに問いかけられて。
クトーはいつでもシャザーラの動きにいつでも対応出来るように【死竜の杖】に魔力を込めながら答えた。
「屋敷だ。クダツが重要な情報を出す時に常に辺境伯の方を伺っていたからな」
「アーノのままでいいよ。元々それが本名だし」
「分かった」
クトーが軽い調子でそう言う彼女にうなずきかけると、まだ混乱した様子のレヴィが、シャザーラとアーノを見比べながら訊いてくる。
「一体どういうことなの?」
「事件の全容は、知ってみればさほど入り組んだものではない」
するとゆらり、と姿を見せたトゥスが、おかしげにアゴを撫でながら茶化すように口を開いた。
『ヒヒヒ。辺境伯の嬢ちゃんを、そっちのニンジャの嬢ちゃんが暗殺しようとしてた、ってぇだけの話さね』
「だけ、というには少々、どちらも影響力のありすぎる人物だがな」
だがそれを抜きにすれば、間に誰も挟んでいない実にシンプルな話だ。
そこでシャザーラが、冷たい目で周りを見回した。
彼女の背後にはいつの間にかクダツの姿があり、目の前にはアーノ。
レヴィも警戒は解いておらず、クトーも当然ながら妙な動きを見せれば即座に魔法を発動するつもりだった。
「アーノが辺境伯であれば、状況以前の条件がおかしい。それだけの地位がある人物が護衛もつけずに外を出歩いているのだからな」
「……全然特殊な状況に思えないんだけど。お爺ちゃんとかと同じでしょ?」
「む?」
指先で頭を掻くレヴィに、クトーは首を傾げた。
言われてみれば、元・辺境伯ケインや巨人の王ムーガーンなど、彼女が知り合った大御所は腰の軽い者ばかりだ。
〝帝国七星〟という武の最高峰であるアーノやシャザーラがそうであることもあり得はするが。
「しかし世間的にはやはりおかしな状況だ」
「まぁ、それはそれでいいけど」
『ヒヒヒ。嬢ちゃんも色んな意味でだいぶ毒されてるねぇ』
そんな言い合いをしていても話が終わらない。
クトーは強引に話を戻した。
「そうした状態から推測するに、アーノは何か目的があってわざとシャザーラが狙いやすい状況を作ったのではないか、と思った」
だが、誤算だったのはクトーらがそこに居合わせたことだろう。
しかしシャザーラを取り逃してしまったアーノは、逆にその状況を利用しようとしたのだ。
『運び屋』にクトーらを会わせたくないような様子を見せたのは、演技だろう。
でなければ、今夜泊まる宿を案内はしない。
こちらが『運び屋』から情報を得ようとすることまで織り込み済みのはずだ。
そしてそこまで頭が切れるのならば、あのバーテンダーが持っていた情報……『シャザーラが黄色人種領に入っている』という事実を把握していないはずもない。
「違うか?」
「誤算が一つだけあるよ」
アーノは軽く肩をすくめる。
「想像以上にあなたの行動が早かった、っていうね。正直、こんな人がいるのか、って舌を巻いたよ」
「それはこちらのセリフだが。予想以上だった状況にそれでも対応しているのだからな」
ミズチ並か、下手をすれば東の大帝や商会連合のラコフに迫る頭脳である。
シャザーラにしてみたところで、分身を破られたと見せかけて奥の手を隠し持っていた。
これでアーノは第七星……七番目だというのだから、七星の連中は思った以上に厄介な連中の集まりなのかもしれない。
「……普段とクトーがなんか違ったのは、そのせいだったのね」
「む?」
「せっかく捕まえたのに、あんなすぐに相手を殺そうとするのはあなたらしくないと思ったのよ」
先ほどシャザーラと交渉した時の話だ。
レヴィの言葉に、トゥスがキセルの煙を吐きながら同意する。
『確かに、普段より態度が冷徹だったねぇ』
「芝居は苦手だからな」
「どこがよ!? その無表情のせいで本気かどーかが分かりにくいのよ、あなた!」
「それはよく言われるが」
演技の上手い下手と表情が変わらないことはあまり関係がない。
「ま、何にせよ助かったよ、クトーさん。おかげで、ゆっくり交渉が出来そうだからね」
「……貴様と話すことなど何もない」
「そう言わずに聞いてよ。さっき、彼が言ってたことを聞いてたでしょ? あれが本当なら、ボクたちは今頃攻撃されていてもおかしくない」
でもそうじゃない、とアーノは言い、ダガーを引いた。
意図が読めないのか、警戒した顔のまま動かないシャザーラに、彼女は話を続けた。
「クトーさんがジェミニを潰そうとしているのは本当だよ。……そして、ボクはそれに協力しようと思ってる」
アーノはあっさりと告げるが、今度はクトーがそれに疑問を呈した。
「そんなことを口にしていいのか?」
「あなたたちの協力を得るためには、真実を明かした方がいいと思うからね。ボクはシャザーラと繋ぎが欲しかったんだ」
アーノはシャザーラに目を向けて、にっこりと笑う。
「別に信用しなくてもいいんだけど、ボクもジェミニ……っていうかナンダ兄弟を潰したいんだよね。君もそうだろう?」
「……」
「あの辺りには、もともと獣人領に逃げ切れなかった獣人たちが多い。君は未だに獣人が道具みたいに扱われてる状況を変えたいんだろう? シャザーラ」
鬼のニンジャは、口元を歪ませて軽く牙を見せる。
「調子に乗るなよ、小娘。貴様は迫害している側だろうが」
射殺すような視線とともに、シャザーラの瞳孔がギュ、と細く締まる。
「貴様の領地で獣人たちが姿を消していることに、気づかないとでも思っているのか?」
先ほどの分身との戦闘とは比較にならないほどの憎悪を込めた殺気に、空気が張り詰める。
「迫害か……ま、表向きはね」
クトーとレヴィは警戒したが、アーノは涼しい顔で髪をかき上げた。
「でも、黄色人種領では獣人を奴隷から救済する制度も作っているし、同様に獣人領への交通手形も発行しているよ? 公布はしてないけどね」
「何だと……?」
アーノはこともなげに肩をすくめた。
「別におかしいことじゃないよ。ここは獣人領が近い上に、獣人たちは力があるし敵対するより協力した方がいい。ジェミニを今まで利用させてもらってたのは事実だけど」
そこで、黄色人種領辺境伯は笑みを引っ込めた。
為政者の顔に冷徹な色を浮かべて……おそらく彼女は本音を語り始める。
「帝国はもう、体制が腐敗してる。正直古いんだけど、大きすぎてなかなか転がらない。風穴を開ける機会をずっと探ってたんだよね。そこに、君と彼らが来た」
大きく手を広げたアーノは、今までとは種類の違う野心に満ちた笑みを浮かべた。
「ボクは帝国を変えたい。君は獣人たちの権利が欲しい。クトーさんたちの狙いはわからないけど、ジェミニに仕掛けてくれるらしい」
「言っておくが、領地に興味はない。俺たちの最終目的は帝都にある」
「らしいよ。ってことは、『ジェミニを潰す』っていう三人の目的は一致してる。あそこは交通の要衝だし、中枢の既得権益が幅を利かせてる場所だ」
「……だから、手を組め、ということか?」
アーノはうなずき、シャザーラに手を差し伸べた。
「ーーーこれは、またとない好機だよ、シャザーラ」




