おっさんは、二人の少女の正体を知るようです。
「なぜ俺たちを襲ってきた?」
クトーはそう問いかけたが、女はこちらを睨んだまま沈黙していた。
鋭い目つきの、化粧っけのない美貌。
腕前に対してかなり若いが、もしかしたら見た目通りの年齢ではないかもしれない。
牛種の魔物に似たツノの形をしているので、おそらくは『鬼』と呼ばれる一族だろう。
「答える気がないのならそれでも構わないが」
少し待っても口を開かない女に対して、クトーは鋭く尖った杖先を喉元に突きつける。
「命を惜しむのであれば、会話くらいはしたほうが利口だと思うがな」
その行動に訝しげに眉をしかめるレヴィを目で制する。
杖先に少し力を込めると、女はそれを察したのか唸るように言葉を吐き出した。
「黙れ、もやし男。ゲスに手を貸す者となど、口を利くのも汚らわしい」
クトーはその言葉に、ふむ、と小さく声を漏らす。
「……いつも不思議なのだが、もやしは非常に栄養があり、健康にいい。なぜ皆が貶す意味で使うのかが理解できん」
「気にするところ、そこじゃないでしょ」
即座にレヴィが反応して呆れたように髪をかき上げる。
「で、この人どうするの?」
「彼女の出方次第だな」
クトーは、拘束されているのに特に動じた様子もない相手にアゴをしゃくった。
「とりあえず、彼女がア・ナヴァ辺境伯やナンダ兄弟と敵対している、シャザーラの配下だということは分かったが」
「……!」
手札を一つ明かしてカマをかけると、女は表情こそ変えなかったが軽く奥歯を噛み締めた。
その反応が演技なのかどうかは読めない。
もし本当の反応だとすれば、雇い主か主人、あるいは仲間に迷惑をかけることを恐れているのだろう、とは思うが。
「図星か?」
「……」
「また沈黙を通すのであれば、これ以上尋問する気はない」
軽く殺意を覗かせると、レヴィが少し焦った顔で口を挟んでくる。
「殺すの?」
「別に彼女の正体に興味があるわけではなく、脅威を排除できればそれでいい」
「でもここの領主が……まだいい奴かどうか、分かってないんでしょ?」
この帝国を取り巻く状況を知ったからなのか、レヴィは自分の命を狙ってきた相手にも関わらず、亜人である彼女に同情しているようだった。
「領主側に渡せば、どちらにせよ始末されるだろう。早いか遅いかの違いしかない」
「それはそうかも知れないけど、事情くらい聞いても……」
「話さないのは彼女の方だ。それに、誘き出すのに囮としてお前も協力しただろう」
その言葉に、レヴィは押し黙る。
捕らえるというのがそういうことだ、と理解していなかったわけではないだろう。
どこか納得できない表情である理由も、クトーは察していた。
しかしそれに関しては何も言わずに話を続ける。
「彼女を渡せば、確実に領主からの交通手形は受け取れるだろう。俺たちの目的はあくまでもジェミニを潰すことであって、辺境伯がどんな人物だろうと関係ない」
そこでふと、女の表情が変わった。
「ジェミニを潰す……?」
「ちょ、クトー!? 言っちゃっていいの!?」
「どうせもう、この状況で邪魔は出来んだろう」
クトーはメガネのブリッジを押し上げて目を細める。
「正直、帝国内で権力者同士の仲違いが発生しているのなら好都合だ」
「貴様らは、ア・ナヴァの協力者ではないのか……?」
「口を利くつもりはないんじゃなかったのか?」
「……」
「お前が何も話さないのに、こちらが話をしてやる理由はないだろう」
女が、軽く唇を噛む。
おそらくは苦慮している。
彼女がこちらを信用するには、情報が足りないからだ。
しかし帝国中枢が魔族に乗っ取られている、という情報はこちらから開示するべきものではない。
クトーはさらに揺さぶるために、本当に重要な情報は隠して当たり障りのない部分から明かした。
「俺たちはただの冒険者だ。ーーー出身地は、小国連だがな」
「……帝国に、戦争を仕掛けるつもりか」
「いいや」
口を開いた。
ここまで来れば、話は簡単だった。
自分たちの素性などはすでにア・ナヴァには割れている。
彼女がどう出るかを図るために、クトーは彼女を見下ろしながら自分の名を口にした。
「俺はクトー・オロチという。【ドラゴンズ・レイド】と呼ばれるパーティーで雑用係を務めている」
「【ドラゴンズ・レイド】だと……!?」
クトーはうなずき、畳み掛けるように嘘の情報を交えた。
「噂くらいは、帝国でも聞いたことがあるだろう。我々は〝帝国七星〟を全員始末する依頼を受けている」
するとレヴィが口を開きかけたが、姿を消したトゥスが何かを囁いたのか、顔を横に向けて口を閉じる。
女は、一度目を伏せた。
「ふ、ふふ……」
そして次に視線を上げた時は、こちらの顔を見つめて笑みを浮かべる。
「なるほどな。で、あればウチも名乗らせてもらおう」
「別にもう、興味はないが」
「まぁ、聞くがいい」
女はおかしげに首をかしげる。
雰囲気が変わったな、と少し違和感を感じたが、続いた言葉にその理由を悟った。
「ーーーウチは、シャザーラと申す者」
「……?」
「配下では、ない。貴様が狙う帝国七星……本人だ!」
次の瞬間。
バシャリ、と拘束した女が水と化して崩れ落ちる。
同時にレヴィが声を上げた。
「分身……!」
そして、背後に殺気が生まれる。
「クトー!!」
「心配はいらん」
レヴィが声を上げるが、クトーは軽く彼女に向けて左手を上げる。
今までの分身など比にならない速度でこちらに迫ってきた気配が、キィン、と背後で金属同士がぶつかる音と共に阻まれて止まる。
ーーーようやく正体を明かしたな。
クトーがゆっくり振り向くと、シャザーラと自分の間に一人の少女が割り込んでいた。
軽装鎧に、ショートカットの髪。
ダガーでシャザーラのニンジャ刀を受け止めて、こちらに背を向けている。
先ほど別れたばかりの少女に、クトーは声をかけた。
「猿芝居はこんなものでい良かったか? アーノ。いや……黄色人種辺境伯ア・ナヴァ」
「へ!?」
その問いかけにレヴィがポカン、と口をあけ、アーノがこちらを振り向いてイタズラっぽく片目を閉じた。
「あ、やっぱりバレてたんだ?」




