おっさんは、辺境伯の思惑を読み切るようです。
「どういう意味だ?」
クトーがかすかに眉根を寄せると、クダツは丁寧にこちらの胸元に向けて手を差し出した。
「ギルドであなた様が受けた依頼は、偶然ですが主人が出した依頼でございます。先ほどギルドの方から連絡がありました」
ある種の偶然、では確かにあるのだろう。
クトー自身が選び出した依頼であり、何らかの魔法の影響を受けた覚えもないからだ。
しかし。
「本当に完全な偶然か? 荷物の中身と行程に関わらず、領主同士のやり取りをDランク合同パーティーの輸送依頼にする、というのは少々おかしいと思うが」
おそらくギルド側に任せれば、Cランクに設定するはずの依頼内容だ。
依頼の相手が領主と知っていればAランク依頼でもおかしくはないし、逆にギルドに依頼していることにも作為を感じる。
はっきり言えば、その程度の冒険者に任せることが可能な依頼であれば、辺境伯自身が兵を出せば済む話だからだ。
「主人は常に有能な者を求めております」
それに対するクダツの返答は淀みなかった。
「指定の倉庫に赴けばどちらにせよこちらの屋敷にお招きいたしましたので、結果としては直接お引き受けいただいた形になっている、ということです」
「……輸送依頼はブラフか。影の依頼はギルドで禁則事項に指定されているはずだが」
「荷運びそのものはしていただきますよ。どのような方であっても」
そこで、会話の内容を理解できていないらしいレヴィが難しそうな顔で口を開く。
「……結局、どういうこと?」
「ギルドに出されていた依頼そのものは、最初から特定の荷物を輸送するものではなかったという意味だ」
元々『有能な冒険者を雇い入れる選別』を行うために出してある依頼を、クトーが受けた。
その相手が有能であれば依頼をこなした後に改めて雇い入れ、見込みがなければ適当な荷物を運ばせて依頼完了という形になるのだろう。
「だが、現在領主には別の街に運ばせる荷物がある。アーノが受け取った荷物がな」
「……元々別の話だけど、荷物の中身を変えて運ばせる、ってこと?」
「そういうことだ」
クトーはうなずき、話を続ける。
「では、荷物を」
「ちょっとクトー」
「何だ?」
交渉を先に進めようとすると、レヴィが口を挟んだ。
「悪事に加担するつもりなの?」
「……何の話だ?」
「さっきあなたが言ってたんじゃない。『獣人の毛皮を集める悪趣味な奴がいる』って」
「それがどうした」
レヴィは、キツい眼差しをこちらに向けながら強い口調で吐き捨てる。
「もしそういう類いの荷物なら、運びたくないって言ってるのよ。中身も確かめずに引き受けるの?」
クトーはその言葉で、ようやく彼女が何を懸念しているのかを察した。
どうやら、自分の言い方が悪かったようだ。
「おそらく、本当に荷物の中身は非合法な品ではない」
「え?」
「お前は話の流れを読んでいないのか?」
「なが……? 何の話よ?」
レヴィは実直すぎる性質がある。
ミズチよりもリュウに近いが、超常的なカンの良さから奴もこういうことに口を挟んできたことがないため、失念していた。
初めての体験なので、この系統の話については今後どう教えたものか、と思案しつつ、クトーは説明する。
「彼らの主人は我々をここに呼び、執事にここまであけっぴろげに内情を明かさせた。さらにナンダ兄弟に対する悪印象を与えようとしている。つまり」
クトーがティーテーブルをトントン、と叩くと、手をつけなかった茶器の中身が揺れた。
「―――ア・ナヴァ辺境伯は、俺たちをナンダ兄弟の元に送り込み、敵対させたいんだ」
こちらの話に、部屋の空気が張り詰める。
アーノが息を呑み、クダツは微笑みながらも視線の温度が下がった。
そしてレヴィは、ますます戸惑った顔をする。
「何をどう解釈したらそういう話になるのよ?」
「そういう話にしかならんが。ゆえに逆説的に、俺たちがここで害されることはない」
おそらく黄色人種領辺境伯ア・ナヴァは、現状の体制からの変化、もしくは国家転覆を目論んでいる。
獣人領側との繋がりというのも、その為の下準備として交流を持っているのだと考えられた。
そしておそらく、辺境伯はこちらの目的を知っている。
「遠回しに動いた理由は、あくまでも国家内に起こる騒乱と自分との繋がりを悟らせたくないからだろう。俺たちには直接関係のない話ゆえに、放っておいても害はない」
そう告げて、クトーは立ち上がった。
この屋敷もア・ナヴァの所有物ではあるのだろうが、名義的には関係ない形で登録されているはずである。
ギルドで別の依頼を受けていれば違う方法で支援を寄越した可能性すらあった。
下手をすれば、ギルドでのことはともかく、アーノとの出会いそのものは仕組まれていた線が濃厚だ。
「そうだろう? クダツ嬢」
「……申し訳ございません。主人の内心を代弁する権利は、わたくしには与えられておりません」
それは消極的な肯定と同じ言葉だが、クトーは深く突っ込まなかった。
「行くぞ、レヴィ」
「で、でもクトー、ここの領主はナンダ兄弟とかいうのと協力関係にあるんでしょ!?」
「本当に協力しているとしたら、この依頼は罠だな。していないのなら、本来内情をここまで深く明かす理由はない。シャザーラの刺客に関しても同様にだ」
すでに答えは出ており、今後の展開も読めている。
クトーは混乱している様子のレヴィに目を向け、淡々と続けた。
「罠であれば正面から叩き潰せばいい。罠ではないのなら、ア・ナヴァはナンダ兄弟と協力している訳ではない。協力しているフリをしているだけだ」
「まどろっこしいわね! つまり!?」
「どっちだったところで、要塞都市まで領主からの依頼を受けて動ける。俺たちに損はない、ということだ」
クトーはアーノとクダツに視線を移し、手を差し出す。
「―――お前たちの真意は読めた。荷物を受け取ろう」
アーノは上目遣いにクダツと目を見交わすが、女執事は恭しく頭を下げる。
「申し訳ありませんが、今、アーノと会ったばかりでまだ中身を改めておりません。宿は用意させていただきましたので、そちらにて明朝までお待ちいただきたく存じます」
「いいだろう」
クトーがうなずくとレヴィも立ち上がり、軽く裾を引いてくる。
「……後でもっと詳しく説明しなさいよ」
「ああ」
そのままクダツとアーノに送られて、二人で屋敷を後にした。




