おっさんは、領主の代理人と交渉するようです。
「つまり、こちらに何らかの脅しをかけるつもりはない、ということか?」
「おそらくは」
クダツは、テーブルの横に直立不動の姿勢のまま答える。
「ふむ」
クトーは足を組み、アゴを指で挟んだ。
領主と、その協力者の立ち位置は今のところ不明だが。
「主人はあなた様がたと争うつもりはございません。そもそも、自分の実力では敵わないだろう、と仰っておられました」
〝帝国七星〟の一人にしては謙虚な態度だ。
しかし逆に、非常に慎重な人物であることは伺えた。
「目の前に姿を見せないのは保身のため、ってことかしら?」
レヴィも同じことを思ったのか、目の前に置かれた茶には手をつけずに軽く肩をすくめる。
「そう取っていただいても支障はございません」
言葉通りならば本来危険な状況を任されているはずのクダツは、あくまでも微笑みを絶やさずにうなずいた。
こちらの目的を知っているのかどうか、は彼女の表情からは読めなかった。
しかし知らない場合、現状はあくまでも【ドラゴンズ・レイド】に所属するクトーという冒険者が帝国領内に入ったにすぎない。
「我々は先を急いでいる」
クトーは、自分からは目的を明かさない方向で話を進めることにした。
国と契約を結んだ冒険者ではあるものの国に属しているわけではないため、別に帝国領内に入ることそのものは制限されていない。
「事情だけ聞かせてもらいたい。彼女が狙われた理由は何だ?」
問いかけると、クダツはクトーらと同じようにテーブルに座ったアーノに目を向けた。
「アーノ様、ご説明を」
「は、はい! えーと……関所に荷物を受け取りに行っただけ、なんだけど」
「それが襲われた理由か?」
「そこまで、ボクには分からないよ。多分そうだと思うけど……」
キレの悪い口調で言いながら、アーノはチラチラとクダツの顔を伺う。
力関係として、どちらが上なのか……そう考えながら、クトーは質問を続けた。
「後ろ暗い荷物か?」
しかしアーノは、首をブンブンと横に振る。
「とんでもない! ボクが悪いことしたわけじゃないよ!」
「荷物の中身を知っているんだな?」
「う……」
失敗した、とでも言いたそうに顔を歪めるアーノに、クダツは苦笑を漏らした。
しかし二人の様子から、本当に禁制品などではないのだろう。
もし相手が『運び屋』ならば、彼らの秘密や仕事上で何らかの敵対関係にあると予測できるが……口ぶりからすると、先に予測した地図などではないようだ。
「中身が『運び屋』と関係がないのなら、襲われた理由も不明なままでニンジャの正体にも説明がつかないが。理由そのものに心当たりがない、ということか?」
「領主様はこの領地を変えようとしてるから、それで逆恨みされてる可能性はあるけど……」
その問いかけに、アーノはもじもじと居心地悪そうに、足の間に両手を挟んで肩をすくめる。
仕草そのものは非常に可愛らしいが、だからと言って追求の手を緩めるつもりはなかった。
「では、逆恨みしそうな相手は誰だ?」
アーノは、ちらりとクダツに目を向ける。
彼女は軽く息を吐いてから、話を引き取った。
「おそらくは、シャザーラ様からの刺客ではないか、と予測はしております」
「……? それは、領主と同じ〝帝国七星〟の一人じゃないのか?」
クトーがアゴに指を添えたまま疑問を口にすると、クダツのタレ目気味の目が軽く見開かれた。
「その通りでございます。博識でいらっしゃいますね」
「世辞はいいが」
そもそも世界最大国家の正騎士団長と、それと同列に語られる六人の名を知らないほうが問題があるだろう。
クトーはそう考えたが……。
「誰それ?」
この場で、その名を知らない者が一人いたようだ。
軽く首をかしげたまま、レヴィがこちらに目を向ける。
「なんか凄そうな名前だけど」
「……なぜ知らん」
「よその国のことなんか知ってるわけないじゃない」
クトーはため息を吐くと、眼鏡のブリッジを押し上げる。
「〝帝国七星〟は、武において帝国最強と呼ばれる七人のことだ」
この国は白人至上主義だが、武の序列に関しては厳格に実力によって決定される。
その第一星から第七星までは、序列や人数が入れ替わるたびに名前と席次が公布されるのだ。
「第一星は正騎士団長タクシャ。他は白色人種だが、三人だけ違う人種が存在する」
クトーは、三本指を立てた。
「一人は彼らの主人である第七星・黄色人種領辺境伯ア・ナヴァ。次に、第四星・黒色人種領辺境伯マナスヴィン。そしてもう一人が、現在は七星に名を連ねている」
「じゃ、この人たちの雇い主って強いのね。で、そのもう一人は?」
実際に実力を見ていないからか、クトーが【ドラゴンズ・レイド】と知った時に比べて随分と淡白な反応だ。
しかし、特に気にはせずに質問に答えた。
「最後の一人が、先ほど名前が出たシャザーラ……第六星の、亜人だ」
「亜人……」
帝国の話を少し聞いていたらか意外そうにつぶやくレヴィに、クダツが話を引き取る。
「帝国中央部にある要塞都市ジェミニは、第三星カンキと第五星バッツ……ナンダ兄弟が任されています」
「さっき聞いた名前ね。交通の要衝、だったっけ?」
「はい。ですがかの地域ではまだ亜人差別が根強く、それを助長しているのが二人の領主です。……この二人と主人は、一応協力関係にあります」
シャザーラ様はあまりそれを快く思っておりません、とクダツは結んだ。
だいぶオブラートに包んであるが、おそらくは険悪な関係なのだろう。
「それでアーノが狙われたのか。関所から運んだという荷物と何か関係があるのか?」
「……受け取ったのは、カンキ様から依頼のあった、ナンダへ運ぶための獣人領からの物です」
その言葉に、レヴィが声を上げる。
「それって……生きた獣人を、奴隷として使うために運ぶのを手助けしてるかも、ってこと?」
「いや、違うだろう」
クトーはレヴィの言葉を否定した。
「アーノが荷物を運ぶ途中だったなら、それが生きた獣人、ということはありえない」
「なんで?」
「カバン玉に、生物は入らないからだ」
「あ、そっか」
アーノは見た目に大きな荷物を持っていなかった。
であれば、運んだのは小さなものか、あるいはカバン玉に収納してあるはずだ。
クトーは、目を細めてクダツに射抜くように視線を向ける。
「もっとも―――獣人の毛皮を愛好する変態、という連中もいるがな」
アーノとレヴィが顔を強張らせ、部屋の空気が一気に冷える。
しかしクトーのカマかけに、クダツは表情を変えないまま淡々と答える。
「……中身に関しては、本当に存じ上げないのです。そして同時に、カンキ様たちがそうしたものを愛好しているという話も聞き及びません」
「いいだろう。では、ここからは交渉だ」
空気が引き締まったところで、クトーはさらに言葉を畳み掛ける。
「その荷運びを、俺たちに任せて欲しい。我々は大陸中央部に用があり、同時にジェミニも通る手はずだ。代金は必要ないが、交通手段として手形が欲しい」
「ああ、そのことですか」
クダツは、少しホッとした様子で首を傾げる。
その態度を不審に思ったが、直後にその疑問は氷解した。
「それなら、既にクトー様にお引き受けいただいておりますよ」




