おっさんは、尾行者と静かにやり合うようです。
ギルドの入り口を、物陰からジッと見つめている者がいた。
三人の男女が連れ立って出てくると、気配をさらに押し殺して彼らを観察する。
一人はショートカットの、先ほど暗殺に失敗した軽装の女。
もう一人は、ポニーテールで褐色肌の少女。
正騎士に似た白装備と、マント代わりにファーのついたケープをつけた彼女は、自分の分身を正確な投げナイフの腕前で貫いてくれた油断できない相手だ。
最後の一人は、銀髪にチェーンのついたメガネをつけた優男である。
褐色の少女よりもさらに冒険者っぽくない細身の体に、白の礼服とファーコートに黒の杖。
戦闘に割り込んできた、目立つが強そうに見えない二人組……しかしより危険なのはこの礼服の男の方だと感じていた。
こちらの不意打ちに完璧に対応した挙句、先に発動した結界魔法を維持したままもう一つ結界魔法を発動したのだ。
―――魔法の複数展開が出来る人物など、知る限り片手で足りる程度しか知らない。
男が何者かは全くわからないが、それでも最大限慎重にやるべき相手だと認識していた。
油断せずに歩き始めた彼らを見張っていたが……銀髪の男が、軽く向けた目線に息を呑む。
「……!」
青く感情の浮かばない瞳に、射抜くような鋭さがあった。
この距離で感づかれたのか、と内心で驚くが、男の目線はすぐに外れて横の少女に向けられる。
それからの男の様子に、変化はなかった。
目が合ったのはわずかな時間だ。
見られた、と感じたのが気のせいなのかどうかすら判断のつかなかった。
確実性は下がるが、さらに慎重に尾行することを決め、小さく呪文を呟いて一体の分身を生み出すと、男たちより前に回らせる。
距離を取る代わりに、目を増やした、のだが。
「……?」
しばらく後を追ったところで、ふと違和感に気づいた。
頭の中の地図を追うと、なぜか彼らはどこにも向かわず、ゆっくりと同じ範囲を回り続けていたのだ。
道こそ違うが、円を描いている……それに気づいた途端、彼らの気配がフッと消えた。
「―――ッ」
思わず唇を噛む。
しばらく分身に辺りを探らせたが、どこにも姿は見当たらなかった。
―――ハメられたのだ。
おそらくは男が幻影系の魔法を行使したのだろう。
やはり気づかれていた。
これで、相手は今まで以上に警戒するはずだ。
この場で逆に待ち伏せされなかったのは不可解だが……それ以上に、相手にかなり腕の立つ協力者ができたことが問題だった。
「……ア・ナヴァめ」
思わず口にした呻きは、宿敵に対する怨嗟だった。
※※※
「……上手くいったな」
クトーが声を漏らすと、それを聞きつけたアーノが質問してきた。
「何が?」
「こちらの話だ」
やはりあの相手は尾行者だったのだろう。
こちらが歩きながら仕掛けた《囮》の幻影魔法に上手く引っかかってくれたお陰で、無事に捲くことが出来たようだ。
最初から相手はほぼ完全に気配を殺しており、逆にそれが気づくきっかけになった。
ギルドを出た後。
クトーは、雑踏の中でぽっかりと気配のない人物を目にしたのだ。
歩き出して一度だけ目を向けると、やはり奇妙に何も感じない場所に人がいた。
しかしそれで尾行者かどうかの判断をつけるには相手が非常に鋭く、一瞬目を向けただけでこちらが意識したことを感づかれた。
レヴィも気付いていなかったようで、首を傾げている。
耳やカンは彼女のほうが鋭いが、おそらく見たものを記憶する能力は自分のほうが上なのだろう。
相手は魔術師ではなく、おそらく先ほどのニンジャだろう。
歩法と魔力による結界のため、相手が魔法を操る者である場合には引っかける前にバレてしまう。
「ここがそうか?」
「うん」
着いたのは貴族の住む区画にある屋敷の一つ。
その閉ざされた勝手口を、アーノは独特のリズムで叩いた。
クトーは、ニンジャを捕らえるよりも彼女の雇い主に会うことを優先させたのだ。
あれだけの相手の腕前だと、逃げに徹されれば追えないと判断したのだ。
それならば、表面上は安全に話が出来る確率が高い雇い主のほうが事情を聞き出しやすいだろう。
内側からかちゃりと開かれた勝手口を抜けて、メイド服を着た女性に無言のまま屋敷に案内される。
これもやはり使用人が使うのだろう裏口から主人の部屋らしく場所に向かうと、侍従は頭を一つ下げて退いた。
「入ります」
やはり、先ほどとは違う独特のノックをしてから、アーノは返事を待たずに中に入った。
すると、そこにも一人の長身女性がいた。
先ほどの侍従と違う、執事服を身につけた妙齢の美女である。
しかし体に合った執事服がメリハリの利いた柔らかい体つきを強調しており、少したれ目気味の美貌と相まって堅苦しさは感じない。
「お待ち申し上げておりました」
そうして完璧な角度で頭を下げた彼女は、少しして頭を上げると微笑みながら言葉を続ける。
「わたくしはクダツ、と申します。あいにくと主人は不在でございますが、アーノ様と客人をもてなすように、と指示を受けております」
その言葉に、クトーはメガネのブリッジを押し上げる。
「……彼女と出会ったのは、つい先ほどだが」
「我が主人は、多くの目を持っております。ギルドや帝国中央の〝影〟ほどではありませんが」
指摘に対してまるで動じた様子もなくそう答えた彼女は、茶色の瞳を持つ目をさらに笑ませた。
「ーーークトー・オロチ様。あなた様のご高名も存じ上げておりますよ」
その言葉にレヴィが警戒するような気配を見せ、クトーはそれを手で制した。
「……帝国内で顔が割れていたとは思わなかったな」
「多分、わたくしどもだけ、でございますよ。お隣様の中には、懇意にさせていただいている方もおりますし」
獣人領、巨人の住処、自国の誰か、あるいは商会連合やギルド。
知り合いの顔が次々に浮かぶが、特定は出来なかった。
しかし彼女たちの雇い主は、もしかすると帝国の中でこちら側の勢力と争う以外の姿勢を持っているのかも知れない。
「一方的に知られているのは気分のいいものではないが。その口ぶりからすると、こちらに害をなすつもりはないようだな」
「主人の内心は存じません。もてなせ、とそう言葉を賜りましたので、わたくしはそれに従うだけにございます」
クダツはそう告げて一歩引くと、奥のティーテーブルを示した。
「おかけください」
ちらりとレヴィが目配せしてくるのに小さくうなずくと、クトーは椅子に腰を下ろした。
そして、少し緊張した様子のアーノと茶の準備を始めたクダツ、どちらにともなく問いかける。
「お前たちの雇い主は、誰だ?」
そちらに関しては大体の目星がついていたが、レヴィに伝える目的もあり、同時にどこまで話す気があるかを試す問いかけだった。
アーノはクダツを見て、質問には茶器から目を上げないまま彼女が答える。
「現・黄色人種領辺境伯ーーーア・ナヴァ様でございます」




