おっさんはギルドで、少女の背後関係を推測するようです。
たどり着いたギルドは、白磁の柱に意匠が施されていた。
中に入ると、やはり基本的な作りは他のギルドと全く同じだ。
クサッツでもそうだが、外観だけが街の景観を壊さないようなものになっているのである。
するとそこで、ポニーテールの結び目を手で直しながらレヴィが話しかけてきた。
「ねぇクトー。ギルドってさ、意外と芸が細かいわよね」
「そもそも利用する連中自身が、街の治安を乱す可能性のある者たちだからな。居を構える以上、周りを刺激しないように配慮するのは当然だろう」
ギルド職員はこの街に住むのである。
冒険者上がりが多いとはいえ、窓口の職員はもともとこの辺りの土地に住んでいた者が大半だ。
冒険者が起こした問題のせいで敵視され、逆恨みで襲われても浮かばれない。
その辺りに細心の注意を払っているのだろう、とクトーは読んでいた。
もっとも意匠に関しては、見る限り派手ではないものの金をかけ過ぎな面もあるので、単にかつてギルドを巨大に育てた者の趣味という可能性も捨てきれないが。
クトーは、ギルドの中でまずは掲示板に足を運び、貼られている依頼を眺めた。
めぼしいものがなければテーブルに積み上げられた常時依頼の方に赴こうかと思ったが、ちょうど良さそうな依頼を発見する。
中央近い要衝……交通の要になっている街へのDランクの荷運び依頼だ。
「ふむ」
クトーはアゴを指で挟んだ。
ランクの割に報酬と危険度が高めに設定されている。
途中で強い魔物が出る地域を通るのか、あるいは荷物自体の量が膨大なのか。
距離も換算して、本来であれば同ランクの複数パーティーで組んで受けるか、あるいは一つランクを上げるべき依頼だが、クトー自身は当然ながら楽にこなせるものだ。
脳内の地図を思い出すと、好都合なことに帝都に続く道が先に続いている。
目的の街は、要塞都市ジェミニ。
〝帝国七星〟の中でも、特に有名な人物の直轄地だった。
「行こう」
その用紙を抜き出すと、クトーは二人に声をかけた。
すると、アーノが目を丸くする。
「え? そんなに適当に依頼を選んでいいの!?」
「……? 熟考したが」
「だって今、30秒も悩んでなかったよね!?」
「あー、アーノ。クトーはそういう奴なのよ。むしろ悩んだ分だけ本当に考えたんじゃない?」
「……ウソでしょ?」
「普通だと思うが……」
「「いや、普通じゃないわよ」」
「む」
重なった少女の声によるハーモニーは、可愛らしくて非常に良いのだが、内容が微妙に納得いかない。
しかし別にこれ以上言い合いをする意味もないので、クトーは小さく肩をすくめただけで窓口に向かった。
「ご依頼ですか?」
「ああ。これを受けたい。それと、この街に来るのは初めてでな。宿を世話してほしい」
「かしこまりました」
柔らかく笑うギルド職員の女性は、ちらりとアーノに目を向けたが特に何も言わずに手続きを始めた。
そんな彼女に、クトーはさらに言葉を重ねる。
「それと、足に連絡を取りたい」
「はい。地図ですか? それでしたらこちらでもご用意できますが……」
「いや、できれば直接連絡を取りたい」
足、と言うのは『運び屋』の隠語だ。
荷運びの依頼ではあるが、このくらいの低ランク依頼だと『運び屋』に頼む方が高くつく。
そして道筋の地図を購入するだけならば、ギルドでも買えるのだ。
しかし、クトーの目的はそこではない。
深く突っ込んではこないだろうとは思っていたが、案の定、職員は少し不思議そうな顔をしただけですぐにうなずいた。
「では、冒険者証の提示をお願いいたします」
依頼を受ける場合にも、ギルド以外の組織に連絡を取る場合にも必要なことなので、クトーはレヴィに目配せした。
Dランク依頼は、ギルドのお情けとはいえSランクの末席にいる自身の冒険者証では受けることができない。
それをきちんと理解しているレヴィは、大人しく自分の冒険者証を提示した。
しかし、それを見てアーノが問いかけてくる。
「あれ、クトーのは?」
「レヴィが提示する方が、都合がいいからな」
クトーがはぐらかすと、彼女はそれ以上切り込んではこなかった。
『運び屋』は元々スカウトの集団なので、同じくスカウトであるレヴィを通す方が『裏』に通るための話が早い、という表向きの理由も用意してあったのだが。
そして面会を望んだ本来の目的は、ニンジャのことだ。
スカウトはアサシンやニンジャに派生する職であり、『運び屋』に接触すればニンジャそのものの足取りも分かる可能性があった。
クトーは、小首をかしげるアーノの顔に目を向ける。
その表情に、何か正体を知るような兆候がないか、と観察したのだ。
探るような表情、あるいは残念そうな目の色など。
しかし彼女は他のことに気を取られているかのように、そわそわとした様子でこちらを見てもいなかった。
その後、アーノは少し落ち着かない様子でまた口を開く。
「ねぇ、クトー」
「なんだ」
答えると、アーノはますます小声になってそっと問いかけてくる。
「……もしかして、『運び屋』と連絡を取るの?」
「知っているのか?」
「あー、えっと……」
彼女の表情が少しこわばっている。
怯えているように見えたので、その理由を推測した。
ーーー彼女の依頼主と『運び屋』は敵対関係にある、か?
そうなると、あのニンジャの正体がそもそも『運び屋』である可能性も出てくる。
さらに襲われていた理由が『地図』や『潜伏者の名前』だった場合、のこのこ出向くと罠にはめられる可能性もあった。
「……えっと、その、それなら」
どこか迷うような様子で歯切れの悪いアーノに、クトーはカツン、と杖先で床を打ってから手続きをする相方の背中に声をかけた。
「レヴィ。宿はいい」
「え?」
「足に関してはツテだけ確保してくれ。会う約束はいらない」
「あ、うん。それはいいけど」
レヴィは振り向いて少し不満そうな顔をする。
理由が読めないのだろう。
だが、ここで説明できないことも理解しているようで、何も言わずに職員に向き直った。
クトーも改めてアーノに目を戻し、単刀直入に言う。
「お前に問いたいことが一つだけあるんだが」
「あ、な、何?」
「もし俺たちが足と連絡をつけることに問題があったり、お前とのつながりを感づかれたくないのであれば、俺たちと雇い主との面会を取りつけろ」
「うぇ!?」
アーノは大きな声を出してから、慌てて自分の口を両手で押さえる。
「な……なんで分かったの?」
「それだけ分かりやすい態度を取っておいてそれはないだろう」
態度に不自然なところは見えないが。
あまりにも分かり易すぎる、とすら感じられたのだ。
―――本当に、どっちだろうな。
演技なのか、本気なのか。
このように可愛らしい少女を疑うような真似はしたくないが、別にアーノは仲間ではない。
レヴィと会った時とは状況が違うのだ。
無条件に信用するには、状況が危険すぎる。
自分ひとりならばどうとでもするが、レヴィを不要な危険に晒すような真似をするつもりはないのだ。
やがて、アーノは小さく答えた。
「い、一応聞いてみる……」
「ああ」
クトーが見る限り。
アーノは眉根を寄せて唇を引き結び、本当に悩んだ末、そう決断したように見えた。




