おっさんは、辺境伯の直轄地に入ったようです。
ーーー黄色人種辺境伯直轄領地。
クトーが二人と共に門を抜けると、レヴィは初めて見る街並みを物珍しげに見回した。
「雰囲気は王都に近いけど……なんか変な感じするわね」
「木材がほとんど使われておらず、土や煉瓦で建物が作られているからだろう」
露天の後ろ、大通りの脇に並ぶ建物をクトーが指差すと、彼女は納得したようにうなずいた。
「ああ、そうかも。服装もちょっと違うかしらね」
「この辺りには『ティアム原理主義』と呼ばれる女神の信仰者が多いからな」
街を行く者の中には結構な割合で、砂に汚れた黒い服を纏っている者がいた。
女性も男性も、目元と手足の先以外はその布で覆っている。
そうした人々は同じ格好の商人からしか物を買っていないように見えた。
レヴィはそれを見て首をかしげる。
「何その、原理主義って」
「簡単に言えば、女神の教典に忠実に従って生活する者たちだな。かつて大災厄が起こった時、肌を焼く風が吹き荒れた時期があるらしい。あの服装はその当時の名残だ」
原理主義者たちは、ティアムの預言によって風を逃れた人々が祖となっている、と聞いた。
すると、アーノは補足するようにうなずいて口を開く。
「あまり気軽に話しかけないほうがいいよー。あの人たち排他的だから」
「同じ街に住んでるのに、仲悪いの?」
「んー、ボクたちがっていうより向こうが拒否してる感じだけど。……まぁ、元々厳しい土地だったからね、この辺りって」
アーノの言う通り、黄色人種領は砂漠ほどではないが乾いた土地である。
帝国と獣人領の間は、本来荒野に近い。
〝障壁の森〟が出来上がって周りに多少緑が広がるまでは、人や獣どころか魔物すらあまり存在しない場所だったのだ。
元々帝国で奴隷だった獣人らは他に選択肢がなかったので居住しているが、最初は全ての生物の中で最も強靭な肉体を持つ巨人族だけが版図を広げていた理由である。
本来は不毛の土地なのだ。
「そんな土地になんで住んでるの? 開拓のため?」
彼女は元々開拓民なので、そう思ったのだろう。
しかしクトーはレヴィの疑問に首を横に振り、淡々と答えた。
「その辺りの事情は獣人達と同じ理由だな。帝国内で黄色人種はさほど地位が高くない。中央近くの肥沃な土地は白色人種領として占有されている」
三辺境伯の中でも、黒色、黄色人種領と違い、大森林に隣接した辺境領は白色人種の領主である。
「……肌の色で差別してるってこと?」
レヴィはクトーの説明に不快そうな顔をした。
どんな相手とも力を合わせて暮らさなければならなかった彼女には理解しがたいのだろう。
クトー自身も合理的ではない理由なので共感できるわけではないが、そうした事実があるのは知っていた。
「端的に言えばそういうことだな。王国は陛下自身がそうした思想を嫌うために、あまり王都では表沙汰にならないが」
王国とて公明正大な者ばかりが住んでいるわけではない。
だが小国連は東西南北あらゆる土地から人々が流入してくる場所なので、差別意識そのものが全体的に薄いのだ。
しかし帝国では、黄色人種は明確な被差別側である。
クトーがちらりとアーノに目を向けると、彼女自身も黄色人種だからだろう、冷めた顔で髪をかき上げていた。
「この土地で、聖以外の魔法の力を利用し始めたのもここ最近なんだよね。今の領主様に代替わりしてから……でもあの人たちは、それを嫌ってるのよね」
あの人たち、というのは原理主義の者たちだろう。
「なるべく恩恵は受けたくないみたいだから、ああして身内からしか物を買わないの。……彼らが持ってくる物だって、帝国中央で魔法の力を利用して作られた物なのにね」
少し皮肉げな口調だが、聞かれるとまずいからか、その声は小さかった。
ティアム原理主義の者たちは、他の神を信仰しないゆえに、その力に対しても否定的なのだろう。
「気に入らないなら出て行けばいいんじゃないの?」
あっさりとそう言うのは、故郷を飛び出して冒険者になったレヴィらしい物言いだが。
「それは逆にこの領地としては困るんだろうな」
「なんで?」
「この領地で主力となる戦士はほぼ原理主義者だからだ。そしてこのあたりの者たちは〝不死身の兵〟とも呼ばれる。異常なほどにタフだからだ」
炎などの攻撃的な適性を利用できない以上、戦士たちは己の肉体のみで戦う剛健な者が多くなる。
代わりに、ほぼ全員が聖属性に目覚めているため回復魔法に精通してもいるのだ。
深い傷を受けても相互に傷を回復し、ほとんど数を減らさないまま突っ込んでくる。
そもそも強力な力を持つ獣人たちとも対等に渡り合うほどの者達が、だ。
敵対する者にとっては、原理主義の戦士たちは恐怖の象徴である。
「クトーは物知りだねぇ」
アーノが感心したように言うのに、クトーはチェーンをシャラリと鳴らして首をかしげた。
「常識の範囲内だろう。……それにこの領地も、表向きはともかく昔から他の神の恩恵を利用しているしな」
〝影〟であるニンジャもいれば、冒険者ギルドもあるのだ。
アサシンやニンジャは〈闇〉や〈風〉の適性を持つ者たちでなければ務まり難い職である。
冒険者ギルドは言わずもがな、様々な……それこそほぼ全てと言っても過言ではない様々な魔法や適性の持ち主たちで構成されている。
「表向きは『利益のみの繋がり』にしておかないと結束が崩れる可能性もある。その辺りは現領主と原理主義者側の駆け引きの範疇だろうな」
特に問題がない時点では、強硬に手を入れる気はないだろう。
政治や融和というものは手間と時間がかかるものだ。
先代国王によって荒れ、立て直すために一致団結した王国でも、政権を取ってから一応の安定を得るまでに十年近くかかっているのである。
「いずれ解決する問題かもしれんが、それは俺たちの考えることではない。そろそろギルドを探すか」
「あ、それならボクが案内するよ!」
ぴょこん、とアーノが手を挙げるのに、クトーは軽く眉を上げた。
「用事はいいのか?」
「全然いいよー。なんなら、ボクが街を案内するし!」
「宿も確保しなければならないから、助かる話ではあるが」
クトーはレヴィと目を見交わす。
「誰かに依頼を受けたなら、先に報告とかないの?」
「用事自体はもう終わってるから、大丈夫大丈夫!」
アーノはクトーとレヴィの手を握って引っ張る。
「……!」
「ち、ちょっと!?」
「ほら、行こう行こう!」
そのまま彼女に手を引っ張られて、クトーたちはギルドに赴いた。




