おっさんは、ニンニンジャと戦うようです。
黒い影たちに近づくと、そこでレヴィが訝しげな声を上げた。
「あれ、魔物じゃ、ない……?」
「む?」
「人間ね」
彼女の方が元々クトーよりも目がいい上に、高位戦闘を立て続けにくぐり抜けたことでかなり鍛えられているのだろう。
残像を引きながら動く相手に目を凝らすと、確かにレヴィの言う通り人のように見えた。
身体強化の魔法か〈風〉の高位スキルを使っているようだ。
『ヒヒヒ。ありゃニンジャだねぇ』
「……」
トゥスのつぶやきに、ただの盗賊ではないようだ、とクトーは微かに眉をしかめる。
ニンジャ職に達する冒険者などほんの一握りであり、全員があの速度で動ける手練れ、となれば。
「……ギルドや帝国の『影』……あるいは『運び屋』の刺客、か?」
ーーーそれらの組織に属する者たちであると、手を出すのは少し問題があるが。
『どうするね?』
トゥスの問いかけに、クトーは軽く首を横に振った。
今さら手を出すのをやめたところで、相手はすでにこちらを捕捉しているだろう。
そもそも助けると決めた以上、どんな敵でも止まる理由にはならない。
クトーはすぐに意識を切り替え、指示を飛ばした。
「ターゲットは俺が守る。トゥス翁はむーちゃんと一緒に後ろへ。レヴィは魔法の発動と同時に盾を構えて突撃。ナイフを投擲しろ」
襲われてる方も、今のところ相手の攻撃をどうにか捌いている。
同じような手練れであれば何かを知っているだろうし、助けた後に聞き出せばいい。
「……やりづらいわね」
相手の正体を知ってボソリと言うレヴィに、クトーは軽く眉を上げた。
「殺したくなければ腕や足を狙え。……自信がないなら俺がやるが」
問いかけると、前を走るレヴィはこちらを見もせずに鼻を鳴らした。
「冗談でしょ? うまくやるわよ」
「ならいい。―――〝漲れ〟」
クトーの補助魔法を受けたレヴィが、前傾姿勢になりながらさらに加速する。
それを見ながら足を止め、杖の先を襲われている相手に向けた。
自分が使える最上位の防御魔法は、聖の上位結界、だが。
「〝土よ、防げ〟」
クトーは、風の反属性である土の属性を付与した中位防御結界を展開した。
これでも強度は十分だろうし、あくまでも通りがかりの冒険者を装う方が無難だと判断したのだ。
トゥス翁とむーちゃんという戦力を後ろに控えさせたのも同じ理由だった。
格好で正体を不審に思われる可能性はあったが、相手に与えるヒントは少ない方がいい。
「……!?」
突然出現した防御結界により、ターゲットは行動を制限され、敵のニンジャは振るった刀を防がれて驚きの気配が走る。
「―――フッ!」
そこで相手よりも疾く駆け抜けたレヴィが、一息で数条のナイフを投擲した。
ほぼ全員の肩や足に突き刺さるが、一人だけ完全に避けた者がいる。
クトーがそちらに意識を移すと同時に、レヴィがさらに盾に手を添えて腕を横薙ぎに振るう、と。
―――まるで円月輪のように、盾が回転しながら宙を走った。
弧を描いた盾が、足を射抜かれて動きを止めていたニンジャの頭を強打する。
盾にはチェーンが繋がっており、もう片方に繋がれた鈍器のように分厚いダガーを、レヴィが逆手に持っていた。
―――鎖鎌のようなものか。両端が随分と特殊だが。
盾で頭を打たれた敵が崩れ落ちる。
それとほぼ同時に、クトーは自分の背後に回り込んで刺突を放って来たニンジャのアゴに、くるりと回した杖先を叩き込んだ。
思ったより軽い手応えとともに、相手の体が跳ね上がる。
するとそこで、先ほどレヴィの攻撃を避けたニンジャがさっと手を上げた。
同時に逆の手で地面に何かを叩きつけると、ボン、という爆発音とともに一気に真っ白な煙が視界を覆い尽くした。
「……ケムリ玉か」
攻撃力はないが、広範囲に霧を発生させる中位魔導具……【水遁の霧】である。
ーーーしかしずいぶん、思い切りが良いな。
クトーの攻撃を受けたニンジャも、気絶しなかったのか着地と同時にこちらと距離を取り、小さくまばたきする間に煙に紛れて姿を消す。
危機感を強めたクトーは、万一に備えてさらに術式を展開した。
「ーーー〝防げ〟」
直前までレヴィのいた場所にも防御結界を展開すると、自身も周りを警戒しながら霧が晴れるのを待つ。
しかし、心配は杞憂だったようだ。
煙が薄れる頃にはニンジャは怪我した者を含めて全員消え失せており、レヴィとターゲットだけがその場に残っていた。
軽く気配を探るが、殺気や隠れているような気配は感じない。
それでも警戒を解かないまま、クトーは後ろにいるトゥスに手で合図を出すと、防御結界の中にいる二人の元へ向けて歩き出した。
そのまま、横に来たトゥスに向かって話しかける。
「決断が早い上に、助けたのか始末したのか知らないがレヴィが倒した者もいない。厄介な相手のようだ」
『ヒヒヒ。だいぶ珍妙な相手さね』
「何か分かったことがあるのか?」
どこか含みのある口調の仙人に目を向けると、彼はキセルを噛んだ口をニヤリと笑ませる。
『煙に包まれた後、一人を残して気配がどろんしたのさ。多分分身の術ってぇヤツさね』
「ふむ」
なるほど、全員が手練れだったのではなく、一人の手練れが複数に分かれていたらしい。
『嬢ちゃんのナイフを避けたヤツが本体だろうねぇ。消えた方向はあっちさね』
トゥスがそう言って道の先を示してから宙に溶けるように姿を消すと、クトーは防御結界を解いた。
「無事か?」
そのままレヴィと襲われていた相手、どちらともなく声を掛けると。
「別に反撃されたわけじゃないし」
「やぁ、助かったよ」
レヴィは肩をすくめ、もう一人は高めの可愛らしい声で礼を述べた。
地面にあぐらを掻いた姿勢で、はぁ〜、と肩から力を抜いた相手は、一見美少年のように見える。
しかしよく見ると薄着の胸元は目立たないがかなり盛り上がっており、手首の細さや顔立ちなど、女性らしい繊細な部分が見受けられた。
彼女は快活で好奇心旺盛な瞳で、こちらやレヴィの間でキョロキョロと目線をさまよわせた後に問いかけて来た。
「それで、あなた達はどこのどちら様?」
レヴィがこちらに目を向けるので、クトーはごく普段通りに答えた。
「ーーー通りすがりの、雑用係だ」




