おっさんは加工職人の元を訪れる。
「こ、ここ?」
「そうだ」
レヴィに問われたクトーは、相槌を打ちながらその建物を見上げた。
目の前にあるのは、表通りからは外れた場所にある古ぼけた工房。
外から見ると非常に寂れた印象を受ける。
「魔物素材の総合加工を専門とする職人は、そう多くない」
冒険者が自分で加工を依頼する時は、知り合いの鍛冶師や各種防具職人、あるいは細工職人の元へ向かい、それぞれの場所で武器や防具へと加工してもらう。
しかし特殊な効果を持つ素材は普通の店では加工が難しいものもあり、そうしたものはギルドに委託してふさわしい腕を持つ職人に頼むことになる。
「ここは希少な素材も扱える、数少ない総合加工職人が営む工房だ」
「……全然すごい人がいそうな場所に見えないけど」
そんな疑わしそうなレヴィの言葉に、ヒヒヒ、と特徴的な笑い声が応えた。
『たしかに見てくれは悪いが、過ごし易そうなとこさね』
人がいないからか、ふわりと姿を見せたトゥスにクトーは目を向ける。
「分かるか?」
『人間の雑味を感じねぇ、森や山と似た空気があらぁね』
「そうなの? 確かに静かだけど」
空の彼方や大地の奥底には、神が世界を創造した時に使った大いなる力が安定して渦巻いている。
人が多く住む場所はその力の流れを乱しやすいのだが、この工房の周囲は、中にいる人物が持つ強い土の加護によって安定していた。
力の流れは魔力を扱う者には感じやすいものなのだが、どうやらレヴィに魔術師の素養はないらしい。
力が安定した場所は、永い時を山の中で過ごしたトゥスには心地いいのだろう。
目を細めた仙人の可愛らしい尻尾がゆらゆらと揺れている。
思わず目で追ってしまいそうになるが、クトーはぐっとこらえた。
「とりあえず入るぞ。中を見れば、良い職人の店だと分かる」
尻尾への未練を振り切ってさっさと足を進めると、クトーは工房に入る。
店の中は、以前見た時と変わらなかった。
木箱の中に粗悪な武器や防具が詰め込まれていて、壁に掛けられたものは逆に素晴らしい出来栄え。
壁の武器防具は、素材自体のランクは低い。
だが、素材の良さを最大限に活かした最高品質のものだ。
この工房を営む親方の腕が健在なことを見て取りながら、クトーはレヴィに問いかけた。
「どうだ?」
「って聞かれても、よく分からないわね。でも壁に掛かってるやつは綺麗だと思うわ」
レヴィは、それでも壁の装備を興味深そうに見ている。
奥を見ると木製カウンターには誰もおらず、工房へ続く扉が開いていた。
そこから、野太い怒鳴り声が聞こえて来ている。
「このヘタクソが!」
「そりゃ親方に比べりゃねぇ」
「弟子に取った中でも一番出来が悪いわアホタレ!」
「だからここに残ってるんだしねぇ」
奥から聞こえる、怒鳴り声とのらりくらりとそれをかわす声に、レヴィが首をかしげる。
「あれ? あんな大きな怒鳴り声なのに、店先では聞こえなかったわね」
「ここの親方は元々、売るよりも作る方が好きな職人だからな。奥の工場の方が作りがしっかりしているんだ」
だから声が漏れない。
魔物素材は扱いを間違えると爆発するようなものもあるので、そちらに金をかけているせいで建物の外観まで直している余裕がないのだろう。
「ムラク! ルギー!」
クトーが店の真ん中辺りで声を張ると、怒声が止んだ。
しばらくしてのっそりと顔を見せたのは、ヒゲモジャでイカツイ顔の大男だった。
大男は軽く右足を引きずりながら出てきて、片方の眉を上げる。
「おお、誰かと思えばクトーじゃねぇか」
「久しぶりだな」
その後ろから、さらにもう一人の男が姿を見せる。
大男よりも少しだけ背の低い青年は、人の良さそうな顔をしてはいるがこちらも筋骨隆々だ。
「珍しいお客ですねぇ。元気でしたかねぇ」
「ああ。紹介しよう。後ろの二人はレヴィとトゥスだ」
クトーはトゥスの姿を見ても動じた様子のない二人を、今度はレヴィたちに紹介する。
「こっちのヒゲを生やした方が親方のムラク、目の細いほうが弟子のルギーだ」
「クソ弟子は才能なさすぎて、そろそろ破門にしてぇがな」
「ひどいねぇ。一応、なんとか金を管理して工房を維持してるのオレなのにねぇ」
『なかなか、楽しそうな奴らだねぇ』
気さくに軽くキセルを振るトゥスとは対照的に、レヴィは二人を見上げてぽかんとしていた。
無理もないか、とクトーは思った。
ムラクもルギーも、職人と言われるより冒険者と言われた方がよほどしっくり来るような外見をしている。
クトー自身も長身だが、この二人の背丈はそのクトーよりも頭一つ二つ分高いのだ。
「ムラクはドワーフでな。手先が器用だ」
「ドワーフ!?」
『へぇ』
クトーの言葉にレヴィが驚いた声を上げ、トゥスがさらに面白がるようにムラクを眺め回す。
「なんだ、ドワーフがデカくちゃいけねぇのか?」
「普通はちっこいからねぇ。デカいしイカツいんだから、怯えさせないように見てあげてほしいよねぇ」
ねめつけるようにレヴィを見下ろすムラクに、後ろからルギーが茶々を入れた。
「誰がイカツいだこのクソ弟子が!」
「手も早いしねぇ」
規格外のドワーフは弟子の頭をはたこうとしたが、ひょい、と避けられて忌々しそうに舌打ちする。
「……なんか、変な奴らね。クトーの知り合いってこんなのしかいないの?」
「変か?」
「いや、大きさからしておかしいでしょ!? ドワーフじゃなくて巨人じゃない!」
驚きが過ぎれば、いつものレヴィだった。
ドワーフは人間よりも背が低いが力が強く器用な種族、とされるが、人間に個人差があるようにドワーフ種にも個人差があるのだ。
ムラクが、腰に手を当てて呆れたように見上げるレヴィに、不機嫌そうに口元を歪める。
「何だとこのチビガキ。色気も胸も背丈もヒゲもねぇクセに一丁前の口利きやがって」
「むっ、胸!? いきなりなんて失礼なドワーフなの!?」
『失礼なのはお前さんも同じさね』
「大体ヒゲってなによ! むさ苦しい、剃りなさいよ!」
「ンだとぉ!? 女どもからウットリと見惚れられる俺のヒゲを何だと思ってやがる、このチビ!」
「私から見たらヒゲモジャなんかどれも同じよ! 自惚れてんじゃないわよ!」
ギャンギャンとムラクと言い合いを始めたレヴィは、トゥスの言葉を聞いていなかった。
ちなみにドワーフは、女性もヒゲを生やしている。
ヘラヘラと、そんな二人を放っておいて話しかけて来たのはルギーだった。
「それで、クトーさんは何で来たんですかねぇ。言われた通りの方法で、親方の面倒は見てますけどねぇ」
「お前の細工の腕は相変わらずか?」
「ですねぇ。だからやめた方が良いってずっと言ってるのに、俺を仕込むのをやめたくないみたいでねぇ」
ルギーは仕方がなさそうに、子どもみたいな罵詈雑言を吐いているムラクを見る。
どちらが保護者か分からない様子も、特に変わりはないようだった。
ルギーは生来不器用で、あまり職人には向いていない。
そんな事はムラクも分かっているはずだが。
「やりたくないなら、本気で拒否すれば良い」
「細工するのは楽しいですねぇ。ま、親方が諦めるまでの間くらいはねぇ」
彼自身は、あまり気にはしていないようだ。
「やっていけているか?」
「ボチボチですねぇ。教えてもらった事が凄く役に立ってますねぇ」
偏屈なドワーフがあまり得意ではない金勘定を、ルギーに仕込んだのはクトー自身だ。
彼は頭が悪い訳ではないので、細工の事もムラクの道楽に付き合っているくらいの気分なのかもしれない。
ムラクは昔、クトーが【ドラゴンズ・レイド】の面々と訪れたドワーフの村で疎まれていた。
当時彼の暮らしていたドワーフの村は、魔族の奸計で近くの人族と敵対しており、争いに発展かけていたのだ。
運悪く、当時子どもだったルギーが魔物に襲われているのを、たまたま仲間と素材を取りに出掛けたムラクが助けた。
元来短気で好戦的なドワーフ族は『ルギーを殺せ』とムラクに迫ったらしい。
だが、さらに短気な大男は『子どもを殺すような無様な真似が出来るか』と彼を村の近くまで送り届けた。
しかし人側もドワーフを警戒していたため、ムラクはルギーを送り届けたにも関わらず矢を受けて足を悪くし、今も後遺症が残っているのだ。
全てルギーから聞いた話だ。
そのせいで村八分になった彼の元へ、クトーたち【ドラゴンズ・レイド】が訪れたのだ。
腕の良い職人を探していたので、体格もそうだが細工の腕も村一番だった彼に装備の修復を頼むために魔族を倒して、人とドワーフの和解を助けた。
ムラクは承諾したが、仲間のドワーフたちに愛想が尽きており、村を出た。
そして同じように、村人たちに失望して無理やり付いてきたルギーと共にクサッツに移り住み、そこでクトーらの依頼を果たしてくれた。
「で、ご用件はなんですかねぇ」
「フライングワームから採取した素材を、武器と防具に加工して欲しい」
クトーがそう伝えると、レヴィと言い合いをしていたムラクにも聞こえたらしく、くるりとこちらに首を向けた。
「最初の依頼くれぇ面白くなきゃ、加工は受けねぇっていつも言ってるだろうが!」
「またそんな事言うよねぇ。クトーさんは値切りもしないし、きちんと代金を支払ってくれる良いお客様なのにねぇ」
ルギーが特に気にした様子もなく、奥に依頼の紙を取りに行く。
クトーは、ムラクに目を向け直してレヴィを指差した。
「仕立てて欲しいのは、そこのレヴィ用の装備だ」
「余計にお断りだ! 大体、このクソ生意気で弱そうなチビガキが冒険者だと? 寝言は寝てから言えや!」
「そうよクトー! こんな口が悪くてウスラデカい奴に頼むなんて冗談じゃないわ! 頭の中身と一緒で指先まで鈍そうだし!」
二人は口々に声を上げ、またしても言い合いを始めた。
「〜ッ! 口が減らねぇなこのガキャあ!!」
「何度でも言ってやるわよ! あなたの腕なんか、どーせ大した事ないに決まってるし!」
「ンだとぉ!? 俺より腕の良い職人なんかこの世に存在するかァ!」
「ふん、口先だけなら何とでも言えるわよね!」
イー、と本当に子どものように口を引っ張るレヴィに、お前もな、とクトーが内心で突っ込んでいると、トゥスが煙を吐きながら問いかけてくる。
『実際、あのムラクってーのの腕前はどうなのかねぇ?』
「最高の職人である事は間違いないな。女神の装備を修復した男だ」
クトーらの村に祀られていた、かつて女神が作り出したという装備はリュウを選んだ。
しかし、本来の力を発揮するには封じられてから時間が経ち過ぎていたのだ。
だからクトーらは、魔王に対峙する力を増すために腕の良い職人を求め、出会ったのがムラクだった。
『そりゃ良い腕だ。嬢ちゃんは本当に恐れ知らずさね。身の程を弁えないにも程があらぁね』
「俺は嫌いじゃないがな」
肩書きに対して敬意を払うならともかく、萎縮するようでは二流なのだ。
レヴィは自信過剰だが、実際に成長すればその自信との差も埋まる素質を持っている。
天狗にさえならなければいい、とクトーは思っていた。
そして二人の言い合いは、最終段階に入っていた。
「見てろこのクソガキが! お前がグウの音も出ないような最高級品を仕上げてやるからなァ! 使いこなせなくて泣き言言うなよ!?」
「出来るもんならやってみなさいよ! あなたみたいなオンボロ工房の親方が、この私に扱えない装備なんか作れっこないわよ!」
二人のやり取りに、クトーは内心で軽く笑みを浮かべる。
ルギーが書類を持って戻ってきて、細い目を精一杯開いて感心したように言った。
「あれぇ、珍しく親方がやる気ですねぇ。すごいなぁあの子」
「ああ、助かる話だ」
この加工依頼一番の課題は、いかにムラクにやる気を出させるか、という部分だったのだ。
ルギーもそれを身に染みて知っている。
レヴィ自ら、図らずともその手間を省いてくれたので、後で褒めてやろう、とクトーは思いながら、今のうちにとルギーと内容交渉を始めた。




