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おっさんは魔物に襲われる少女に出会う。


 クトーはハウスを後にした。


「出かける前に、ギルドに寄るか……」


 一人つぶやいて、そのまま一度真横の自宅に帰る。

 素早く着替えを終え、【カバン玉】と呼ばれる小さな玉を数個ポケットに入れた。


 このカバン玉という魔法のアイテムは、その名の通り玉の中にある異空間に荷物を詰められる便利アイテムだ。


 異空間の広さは、最初に注ぎ込んだ魔力量に応じて決まるため、これを専門に作る魔導士がいて、値段はかなり高い。


 パーティーの連中が装備を持ち出すのに気づかなかったのは、これのせいだ。

 かざすだけで様々なものを収納できる。


 クトーはそのカバン玉の中に、旅の必需品を含むほぼ全ての荷物を普段からきちんと種類ごとに分けて入れてあった。

 入れておくと、今のように持ち出しに便利だからだ。


 『目的が決まったら、迅速に動く』。

 それがリュウとパーティーを組む時に決めた、二人の合言葉だった。


 目的が定まったら、入念な準備をしなければ気が済まないクトーと。

 目的を定めないで、無鉄砲に飛び出すリュウ。


 それは、お互いの欠点を補うための信条だったが、今はパーティーの指針となっている。


 家を出たクトーは、ギルドへと向かった。

 日差しの強い空を見上げると、黒い外套(コート)を指で撫でる。


 リュウと共に狩った黒竜の外皮をなめした、頑丈さに加えて耐熱の効果を持っているものだ。

 夏が近いが、外套そのものが熱を遮断するので着込んだほうが涼しい。


「これを着るのは、久しぶりだな……」


 クトーが他に身に付けているのは、ブーツに薄い胸当て、腰に片手剣。

 さらに手袋を付け、左右それぞれに籠手と金属の腕輪をはめて、樫で出来た細身の旅杖を持つ。


 それが軽く遠出する時の、いつもの格好だ。

 剣はあまり得意ではないが、自分が今持っている装備の中では一番応用が利く。


 外套や他の装備品は丁寧に手入れはしているものの、使い込んでいるためにどれもこれも色あせていた。


「しまいっぱなしで、悪かったな」


 最近は手入れくらいしかしていなかったのに、愛用の装備品は体になじむ。

 これからはもう少し街の外に出るべきか、などと考えながら、クトーはギルドの入口をくぐった。


 中は広く、光をふんだんに取り込めるように窓が大きく明るい雰囲気だ。

 冒険者達の姿が少ないのは、依頼を受けてすでに出払った後だからだろう。


「あれクトーさん、また来たんですか?」


 ちょうど窓口で何か仕事の話をしていたらしいミズチが、クトーを見て目を丸くした。


「街にいない連中の依頼処理をどうするか、打ち合わせに来た」

「あら、それなら全員連絡が取れてますよ。クトーさんに、自分で処理すると伝えて欲しいって」


 クトーはその言葉に、軽く目を細めた。


「なんだと?」

「彼らでは信用出来ませんか? 一通り、教えてはいるでしょう?」


 ミズチが柔和に笑った。

 彼女は、元々クトーのパーティーの一員だ。


 今はギルドとパーティーを繋ぐ窓口になってくれている。

 ギルドの規定で、特定のパーティーに肩入れしないために在籍記録はすでに抹消されていた。


 だが、記録上の問題と仲間と認めるかどうかの間には何の関係もない。

 ミズチは今でも仲間であり、根本的な問題としてパーティー維持に必要な人材だった。


 【ドラゴンズ・レイド】は魔王に匹敵するS級ドラゴンすら、全員でかかればさほど苦労もせずに抹殺できる実力者の集団だ。

 国家規模の軍隊にすら匹敵する集団を、国が放っておくはずもない。


 なのにパーティーが自由であることを許されているのは何故か。


 一つは育て上げた優秀な人材を、依頼をこなす以外の部分でもギルドや国へ提供しているから。

 本来なら冒険者の仕事ですらない国外での要人護衛などの任務も、信条に反しない限りは引き受けるからだ。


 攻め入る戦争には加担しない。

 代わりに国へ、防衛を含む出来る限りの支援を行う。


 それがリュウとクトーが国と結んだ契約だった。


 もっとも国王自体も、かつては政争によって赤子の頃に王城から秘密裏に出されていた事がある。

 何も知らないまま下級貴族の子として育てられ、幼い頃には、聖なる装備を祀っていたクトーの生まれた村で共に過ごした仲間だ。


 なので、堅苦しい契約は建前だったりもするのだが。


「連中を信用していないわけではない。随分と手回しがいいと思っただけだ」

「そうですか? 手際を褒められるのは嬉しいですね」


 ミズチは、クトーを見て何故か緊張している窓口職員の肩に手を添えながらますます笑みを深める。


「なら、連絡手段を。緊急時に使用する風の宝珠を貸与してくれ」

「渡すな、と国お……『上』から言われています。休むならとことん休ませろ、と。ですからご心配なさらずに」


 その物言いと笑みに、クトーは確信した。


「……お前たちもグルなんだな?」

「あら、バレました?」


 ペロリと可愛らしく舌を出すミズチ。

 クトーが一歩踏み出すと、窓口職員が体を引いた。


 俺は危険物か何かか、と思いながら足を止めて、代わりに口を開く。


「わざとバラしたんだろう」

「ふふ、だって楽しそうだから、私も行きたかったんですもの。だから、少しくらいリュウさんが怒られる要素が増えてもいいかなって。『上』もそう言ってました」


 クスクスと笑うミズチに、軽く鼻から息を吐く。


「どいつもこいつも、お節介なことだ」

「お気をつけて。クトーさんに限って心配はないと思いますけど」


 茶目っ気をにじませるミズチが、軽く首をかしげる。


「クトーさんの事だから、休暇中も人を拾って仕事をしそうです。『育てるのに丁度いい奴を見つけた』とか言って」

「それは俺の真似か?」


 アゴを上げて無表情を装いながら言うミズチが、不思議と面白くない。

 そんなに小憎らしい顔をしている覚えはない。


「そうそう、育てるに足る人材など見つからん」

「クトーさんの手にかかれば、あっという間に皆、優秀な人材に早変わりです。私が言うんですから間違いありません」

「買いかぶりだ」


 クトーは首を横に振った。

 当たり前のことを教えただけでミズチが優秀な事務員に育ったのは、彼女自身の資質によるものだ。


「それでも念のために、道中の連絡手段は持っておく」

「仕方がありませんね。持ってないとクトーさんは逆に落ち着かないでしょうし」


 ミズチはあっさり前言をひるがえした。


 彼女は柔軟だ。

 そして、人をよく見ている。


「俺の行き先は知っているんだろう?」

「もちろん。私が、パーティーの皆に指示を出して手配させたんです。装備のメンテ先もね」


 ギルドと直通の連絡にしか使えない『風の宝珠』を受け取って、クトーはギルドを後にした。


※※※


 街を出たクトーの行き先は、クサッツと王都を繋ぐ街道の間にある一番近い街……フシミの街だ。


 王都が近いこの辺りはまだ、道も広いし人通りも多い。

 クトーとは逆に門に向かう人々とすれ違いながら、フシミに向かうと思しき冒険者やら行商人やらが歩くペースに合わせて進んでいった。


 だが、森に向かう分かれ道に差しかかったところで、かすかな音を耳にして足を止める。


「……?」


 注意を向けると、剣の風切り音と何やら騒がしい声のようだった。

 音のしている場所は街道からは遠く、他の旅人たちは気づいていない。


 街へ向かう方角ではないため、彼らが襲われる心配はしなくてもいい。

 放っておく手もあった。


 が。


「街道のモンスター駆除は……銅貨2枚からだったな」


 ギルドの定めた基準によると、Fランクの魔物を一匹退治して、食事を一回出来るくらいの報酬がもらえる。

 魔物に対する少々の知識とある程度の武器があれば、訓練していない普通の大人でも倒せる程度の強さの魔物だ。


 これがEランクになると、駆け出しの冒険者がパーティーを組んでようやく倒せる強さ。

 報酬も、数匹倒せばパーティーでちょっと値の張る飯付き宿に一泊できるくらいに跳ね上がる。


「音からして、戦っているのは一人、だな」


 しかも、手こずっているようだ。

 この辺りに出没する魔物が大したことがなくとも、経験の少ない者が一人だと予想外のことが起こりやすい。


 冒険者にはならず者がなることが多いが、元々危険な仕事なので報酬が大きい。

 それに釣られて、クトーのように村を出て冒険者になる者もいる。


 一攫千金を夢見た村一番の腕自慢が、冒険初日に複数のFランクの魔物に囲まれてあっさり殺される、などということもザラだった。


 冒険者という人種はそんな中でも生き残ってきた連中であり、Cランクを倒せる程度でいっぱしの冒険者。

 Bランクを倒せるようになれば、一般人からすれば十分にバケモノのような存在だ。


 もし音の主が駆け出し冒険者であれば、危険な状況かもしれない。


「……見捨てるのも、寝覚めが悪いか」


 そんな心情に加えて、打算もあった。


 クトーは仕事の資材購入には、金は惜しまない。

 しかしプライベートでは、なるべく貯金も旅費も使いたくない。


 パーティーの奴らが稼いで、与えてくれた金だからだ。

 

 人助けのついでに、自分がちょっと手間をかけることで道中で使う金額が減るなら、それに越したこともない。

 流石に温泉宿に泊まれるほどは稼げないだろうが、途中での宿賃の足しくらいにはなるかもしれない。


 クサッツまでは、十日も掛からないのだから。

 そう判断したクトーは、音の聞こえたほうへ走り出した。


 特に枝分かれもない道を進み、クトーは音の相手をすぐに見つける。


『ヘイヘーイ、アタラナイヨ、オジョーチャン!』

『アタッテモ、キカナイゼ!』 

『ヨワイナ、ヨワイナ、マケチャウナ!』

「あぁもう、腹立つなぁ!!」


 森が少し拓けた場所で戦っていたのは、一人の少女と三匹の巨大なネズミだった。

 ネズミと言っても、直立すれば子供くらいの大きさがある魔物だ。


「ビッグマウスか」


 Fランクの魔物だが、このネズミは素早さや爪牙に加えてある魔法を使う。

 『ザレゴト』と呼ばれる魔法で、自分の鳴き声を相手を苛立たせる罵声に変化させるものだ。


 ゆえに、その外見と合わせて大口叩き(ビッグマウス)と呼ばれている。


 あくまでも悪口を言うだけの魔法だ。

 気にしなければ全く意味がないのだが、頭に血が上りやすいタイプには高い効果が期待できる。


『ヨケルノ、カンタン、カンタン』

『アタッテモ、イタクナイ、ザーコ』

『カラカッタラ、ナイチャウナ!』

「むきーッ! なら大人しく斬られなさいよぉ!」


 しかし目の前で襲われている少女は、残念なことに『ザレゴト』の効果が効きやすい人種らしい。

 それに加えて。


「くっ! なんで当たらないのよ!」

「……」


 彼女は、ちょっと悲しくなるほどに弱かった。


「子ども以下、か……」


 少女は、やみくもに突進してはダガーを振るうがかすりもしない。

 少し飲み込みのいい子どもが振り回す棍棒の方が、多分強い。


 なぜか避ける動きだけはサマになっていて、ビッグマウスの攻撃も当たってはいない。

 視野も広いようで、相手の動きも見えてはいるらしい。


 しかしいずれ疲労で動きが鈍り、最終的には殺されるだろう。


「……ビッグマウス一匹で、銅貨2枚か」


 クトーは、一つうなずいた。

 魔物には規定報酬の他に、傷がほとんどないモンスターを持っていくと素材と認められて追加報酬がある。


 ビッグマウスは最弱の魔物だ。


 三匹傷つけずに倒して、ギルドの規定報酬と合わせて銅貨8枚。

 宿に素泊まり二泊できるかどうか、というところだ。


 温泉宿の支払いには程遠い金額だ。


「宿代の足しじゃなく、腹の足しだな」


 クトーは小さく息を吐いて、石を拾い上げた。

 あの程度の魔物なら剣を使う必要すらないので、旅杖を軽く構える。


「ああ、もう!」


 少女が、ビッグマウスの攻撃を避けた。

 なぜか大げさにゴロゴロ転がって離れるのに合わせて。


 クトーは、素早く石を投げた。


 バキッ! と重い音を立てて、石は狙い通りに一匹のビッグマウスに命中して頭を砕く。

 そのまま、クトーは滑るように少女の脇を走り抜けた。


「へ?」


 横を通り抜ける時に、間抜けな声を上げる少女を無視して。

 クトーは残り二匹の頭を、振り回した杖の両端でそれぞれに打ち据えて始末する。


「……無事か?」


 迅速に魔物を倒したクトーは、ぽかんとする少女に声をかけた。

 

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[良い点] さりげなく、本当に1、2行なのに設定を説明していて、ちっとも重くならない文章なのに、いろいろ想像すると広がりをみせる設定描写は面白い。 [気になる点] 女の子の正体は? 書き出しで興味をひ…
2021/01/19 19:39 退会済み
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