おっさんは、少女に借金の完済を伝えるようです。
森を無事に抜けたクトーは、カバン玉から地図を取り出した。
「珍しいわね、地図なんか見るの」
「念のためだ。しばらく来ていなかったからな」
地図を広げ、方位を見ながら帝国の敷いた街道が通っている辺りを探りつつ、レヴィに対して言葉を続ける。
「後で擦り合わせるが、自分の地図にも書き込めるように場所と移動方向を記憶に留めておけ」
「あ、うん」
彼女には、予め帝国側の『空白の地図』を買い与えてあった。
それとは別に、詳細な記入のあるものをレイドの共有品として幾つか買い揃えている。
だが、やはりそうした地図は高価であり、かつ実際にその場で見たものとは違う部分があるものだ。
「翁。〝障壁の森〟の関所か街道は見えるか?」
『ちっと待ちな』
トゥスに上空から探ってもらい、大体の位置を把握したクトーはうなずいて歩き出した。
そして聖騎士姿のままでいる少女にちらりと目を向ける。
「元の姿に戻らないのか?」
「魔物が出たら試してみたいのよね。どっかで役に立つことがあるかも知れないし、ぶっつけ本番で使いたくないから」
「ふむ」
本来ならこんな場所で試すようなことではないが、聖なる力は魔族に対して有効な力だ。
試しておくこと自体は悪い考えではなかった。
「もしかしたら万一、クトーとはぐれる時もあるかもしれないし。今の間なら多少ミスしてもどうにかしてくれるでしょ?」
「ああ」
一見情けないセリフに聞こえるが、クトーは評価してうなずいた。
レヴィは仲間を信頼した上で、自分の行動を選択するようになっているのだ。
ここ最近……自ら前衛に立つと言って対四将戦を駆け抜けた後から、彼女は相方として非常に頼もしくなっている。
レヴィの成長速度は舌を巻くが、彼女の一番の理由は根本的な素直さなのかもしれない。
装備のおかげで底上げされていただけの能力が、その装備を使いこなそうとすることで地力そのものが身について来ているのだ。
「……時期が来たら、すぐにCランク試験を受けるか?」
「いいの?」
「お前は戦闘力だけなら、おそらくAランクまで試験を飛ばしてもいいレベルに達しているからな」
先日の魔王軍襲来の際、【ドラゴンズ・レイド】はギルド側から『Sランク緊急依頼達成』の報酬を受け取っており、特に低ランクだった彼女のレベルは一気に上がっている。
試験を受けないと制限を超えられない為、ここに来る前に斥候としてのレベル試験も受けさせたのだが、それも難なくクリアしていた。
そして報酬といえば。
「思い出したが、レヴィ、お前に伝えなければいけないことがある」
「何?」
「レイドで一時的にプールしている、お前のSランク報酬だが」
「うん」
「0になった」
その言葉に、ニコニコとしていたレヴィは顔を強張らせた。
「……どういうこと!?」
「半分は残った借金の返済。もう半分は、それの代金だ」
クトーは、宝珠の力に取り込まれてレヴィの太ももに埋め込まれているカバン玉を指さした。
「うやむやになっていたが、カバン玉は貸与品だからな。正式にお前のものにするために、レイドからお前に『買い上げ』という形で正式に権利を委譲しておいた」
「何で勝手にそんなことするのよ!?」
「格安だぞ」
「そーゆー話をしてるんじゃないでしょ!? 何で勝手にやってるのって言ってるの!」
「今までの借金もこちらで計画的に精算していたはずだが。手数料も特に取っていない」
クトーは、彼女の怒りの理由が分からずシャラリとチェーンを鳴らして首をかしげる。
「本来、勘定係を雇えば金がかかるものだぞ? 今回の件で全てカタがついた。晴れて自由の身になったのが嫌なのか?」
「ぐ……」
「それに、取り外せないんだろう? 最終的に支払いが生じる以上、金がある内にやっておくべきだ」
もともと、本来の借金というものは利子が生じるのである。
最初に増えないという最良の条件を提示している以上、余裕があればその分を最速で取り立てるのはむしろ当然の話なのだ。
レヴィはブルブルと肩を震わせていたが、やがて諦めた顔でため息を吐いた。
「……ちゃんと、全部チャラになったのね?」
「ああ。もう借金はない」
「……少し生活に余裕が出来るかと思ったのに……」
しばらく肩を落としていたレヴィだが、すぐに気を取り直して問いかけて来る。
「でも、何が格安なの?」
「元々俺が作ったものだからな。材料費と手間賃だけを清算したんだ」
ギルドでの素材加工と同じような形である。
「作った、って、クトー、カバン玉も作れるの?」
「ああ。少しコツがいるが、用途に合わせて作れるので便利だぞ」
カバン玉というのは、作り手の込める魔力量や使う素材のランクによって収められる容量が変わるのだ。
売っているものの中にもピンキリがあり、大体旅荷物を入れれる程度のものから倉庫ほどの荷物を入れられるものまで存在する。
そこで価格が上下するのだ。
倉庫ほどもあるものは高価で、基本的に飛龍などを使った空便に使われるものである。
「お前の持っているカバン玉は、市販品のどんな品よりも容量が大きい。得な買い物だ」
「へー。どのくらい?」
「王城程度だ」
「ふぅん……おう!? はぁ!?」
クトーが淡々と言い返すと、レヴィは一度うなずきかけてから、ブンブンと首を横に振る。
「いやいやいや!? そりゃどーりでいくら入れても満タンにならないわけね!?」
「レイドのメンツは全員、同じ物を持っているがな」
しかしリュウが換金をめんどくさがって、山に篭ったまま龍を狩り続けた時は限界になったことがあるらしい。
数年前のことだが、いきなりドラゴン素材の価格が値下がりした原因だ。
その時は原因を探って突き詰めた後に、制裁を加えた。
が、今はどうでもいい話である。
「しかし、この辺りは変わらないな」
少し乾いた土地であり、舞う砂で空気が薄く黄色掛かっているように感じる。
「クトーは帝国に来たことあるの?」
「昔な。どうやら道は変わっていないようだが」
見えてきた街道にクトーが目を向けると、その先で何やら騒ぎが起こっていた。
複数の黒い影が飛び回り、その中央で誰かが逃げ回っている。
「……魔物!?」
「誰か襲われているようだな」
獣人領近くの国境だが、関所から離れる方向に歩いていたため、周りに自分たち以外の旅人の姿はない。
「助けるわよ!?」
「ああ」
目の前で襲われているのを見捨てるのは、寝覚めが悪い。
レヴィは盾の裏から投げナイフを引き抜き、クトーは【死竜の杖】に魔力を込めながら駆け出した。




