おっさんは、少女の言葉に衝撃を受けるようです。
「世界樹!?」
レヴィがトゥスにおうむ返しする横で、クトーは納得してうなずいた。
「なるほどな。それが聖女が世界樹の護り手になった、という伝承の真相か」
実際に、どうしてチェリーボーイを退治した者と世界樹が繋がるのかは古文書に記述されていなかったのだ。
『んなら、そろそろ始まるんじゃねーかねぇ』
「何が?」
『儀式が、さね』
トゥスの返答にレヴィが目をパチクリしたところで、ニンジャ服の表面を桃色の光が波打つように流れる。
するとトゥス耳兜だけを残し、彼女の装備がワームの一式とケープを身につけたいつもの旅装束に戻った後に、さらに服装が変化した。
トゥス耳兜は、前頭部分の雫型とハート型の耳あてを合わせた形に。
フライングワームの一式は、ユグドリアの聖騎士装備同様の質感に。
そして腰当て部分から前開きのスリットスカートが滑らかに広がる。
手にしたニンジャ刀が丸い小盾に姿を変えており、投げナイフやチェーンが内側に収められているようだ。
ーーーレヴィは、薄桃色と乳白色を基調とした、軽装の聖騎士とでも呼べるような姿になっていた。
「宝珠の力と新たに得た〈生命〉の属性が反応したのか」
「結局、何がどうなってるの?」
レヴィの問いかけに、クトーは首を傾げて答えた。
「お前は選ばれた、ということだ」
『ヒヒヒ。世界樹の若木に、新たな護り手。それも前の護り手が残ってる間にねぇ……』
レヴィの宝珠が引き起こす事象は本当に興味深い。
まるで七変化のように、可愛らしく、同時により強い姿に変わっていくのだ。
〈風〉のニンジャ。
〈火〉のソードダンサー。
〈聖〉のユグドラユナイト。
さらに彼女は、ジョカから〈土〉の力も継いでいる上に、聖白竜の乗り手としても選ばれているのである。
「元来、戦士の〈適性〉というのは一人一つのはずなんだが……」
よくよく考えてみると幼い頃にリュウと出会い、ティアムが勝手に〈適性〉を開花させていた辺りから連綿と連なる流れを見れば。
「……レヴィは、特別な存在なのかもしれんな」
自分には、彼女のように得られたものは何もなかった。
人より少し強い魔力と、たまたまリュウと幼馴染みであったという幸運以外は。
不思議そうに自分の全身を眺め回していたレヴィが、少し憧憬を込めてクトーがつぶやいた言葉に反応し。
「何言ってるの? こんなの、あなたに比べれば全然大したことないじゃないの」
どこか不機嫌そうに目を上げた。
「……どういう意味だ?」
「お膳立てされて抱きついただけだもの。あなたやトゥスがチェリーボーイのこと知らなければただ殺されて終わり。ただの棚ぼたじゃない」
「だが、本体に抱きつく度胸はお前のものだ」
「それも、あなたたちを信用しただけよ。あのね」
彼女は腰に片手を当てて、クトーに指を突きつけると怒涛の言葉を吐き出す。
「魔王退治の影の立役者で、おっきい国の王様とか、ティアム様とか、ぷにおとかにも認められて、挙句に魔王にまで目をつけられてるあ・な・た・に・比べれば、全然大したことないでしょ!?」
「……その辺りはただの成り行きだが」
「私も変わらないって言ってるのよ!! でもあなたは自力で強くなって、知識も蓄えて賢くなって、あげくに自力で勇者の装備を強奪したんじゃないの!?」
そこで、レヴィの瞳の色が怒りから別のものに変わる。
「私は、あなたの経歴が凄いから、物を習ってるわけじゃないのよ!」
「そうなのか?」
「会った時はウルサイ奴だと思ってたし」
「それは分かっているが」
「大体、レイドだって知ったのは後になってからよ」
「そうだな」
レヴィは、ふん、と鼻を鳴らしながら不敵に笑う。
「私はあなたの特別に見える部分じゃなくて、その努力にーーー」
そのまま、詰めるように前のめりになっていた体を起こして話を続けた。
「ーーー諦めずに、仲間を守るために這い上がった生き方に、憧れてるのよ」
クトーは。
その言葉に、本当の衝撃を受けた。
初めてだったからだ。
憧れている、と、人に口にされたことは何回か記憶にある。
しかしそれは強さであったり。
戦術・戦略の知識や智慧であったり。
あるいは勇者パーティーの立場であったり。
クトー自身が、特に誇るべきこととも思っていない物事に対する……どこか他人事のような憧れだった。
だが、レヴィの言葉は。
クトーの心にまっすぐに突き刺さった。
自分の生き方に、憧れていると。
誰よりも向こう見ずで、負けん気が強くて……決して諦めない姿勢を見せ続けてくれた彼女が。
よく分からない感情に翻弄されて頭が真っ白になり、クトーが相槌すら打てずに黙って立ち尽くしていると。
トゥスが全く違うことで、口を挟んできた。
『ヒヒヒ。……花が咲くみてーだねぇ』
「へ?」
「……花?」
首を傾げたレヴィとともにトゥスが見上げている方に目を向けると、世界樹の若木に二つの光が灯っている。
葉の隙間から光が芽になってみるみる育ち、真っ白な花弁が開いた。
「あら、綺麗ね」
だが、レヴィがポツリと漏らした途端に花は枯れ、すぐに実になってぽとりと地面に落ちる。
「これは……」
地面に落ちた実を拾い上げると、それぞれに種類が違うように見えた。
形はチェリーに似ているものの、一つは乳白色、もう一つは漆黒である。
『そいつはいくつかある世界樹の実の内の二つ……【情熱の実】と【天地の実】さね』
「……無知とか言っときながら、本当に物知りよね、トゥスって」
『野山のもんだからねぇ』
クトーが取り上げた実を横から覗き込んだ後、レヴィが問いかける。
「どんな効果がある?」
クトー自身も知らないそれらについて問いかけるが、トゥスは煙に巻くように肩をすくめた。
『ま、持っといて損はねーさね』
「そうか」
カバン玉にとりあえず仕舞い込んだクトーは、深く呼吸して頭を切り替えた。
「とりあえず脅威は無くなった。先を目指そう」
「……世界樹みたいな貴重なもの、そのまま放置してていいの?」
「地面に生えている物を動かす方法はないだろう」
カバン玉に入るのは、無機物か生命が失われたものだけである。
『ま、伝説の通りなら別に問題ねーだろうねぇ』
トゥスがキセルを吸って煙を吐きながら、レヴィに伝える。
「どういう意味?」
『世界樹にゃ、自ら異空間を作り出す力がある。そいつが大して間も開けずに発揮されるはずだからねぇ』
「ふーん? ならいっか。むーちゃん、おいでー」
「ぷにぃ」
巨木の上でじっと待っていたむーちゃんが羽ばたき、再びレヴィの肩に留まるのを見て、クトーは外套の裾を翻した。
すると、ふよん、とついてきたトゥスが小さく耳元でささやく。
『いやしかし、兄ちゃんよ。あの実は本当に珍しいもんさね』
「どう珍しい?」
『ヒヒヒ。そもそも、世界樹の実はねぇ……』
仙人は、心の底から楽しそうな様子でクトーに告げた。
『……お互いに、本当に心を通わせた男女の前にしか、現れねーもんなのさ』




