おっさんは、少女の突撃をサポートするようです。
クトーは、レヴィに対して補助魔法を行使した。
「〝耐えろ〟」
彼女の体を白い光がぼんやりと覆う。
本来は毒などの『人に対する悪影響』に耐性を付与する初等魔法なのだが、クトーが杖を使うと上位結界魔法と同程度の効果が得られる。
次いで、より巨大な魔力を練り上げたクトーは眼下のチェリーボーイに杖頭を向けた。
「〝聖なる力もて、この場の邪悪を打ち祓え〟」
見える範囲の薄く地面が輝いた後、音のない白い光が辺りを包み、天に向かって吹き上がる。
放ったのは、最上級聖魔法。
目を潰すほどの輝きでありながら、物体には一切影響なく闇と瘴気のみを祓う光である。
その間に、クトーは左手の五指に嵌った【五行竜の指輪】を始動した。
「〝五行輪廻の器を乞う〟」
五色の宝玉が光る指輪は、使い捨ての『魔力の器』を作り出す効果を持つ。
器の大きさに合わせて形成時間が長くなるのだが、使い方次第ではこの上なく有用な高位魔導具なのだ。
特に魔力によって媒体を壊してしまう自分にとっては、経費がかからないという一点だけでも重宝する。
クトーは準備をしつつ、目で魔物達を探った。
すると清浄な光に晒されてピタリと動きを止めたチェリーボーイの中に、漆黒に染まった一体を見つける。
「レヴィ。最奥の一体だ」
こちらの声かけと同時に聖なる光の輝きが弱まり、収束し始めた。
「……じゃ、行くわよ?」
言われずとも、レヴィにも見えていたのだろう。
むーちゃんを肩から下ろすと、トゥスに憑依された彼女は、トン、と軽やかに足場にしていた巨木を蹴った。
眼下に着地したレヴィは、硬直した魔物達の間をすり抜けて疾風のように突き進む。
クトーは同時に、カバン玉から一つの媒体を取り出した。
本来ならば使えないはずの時魔法を行使可能にする触媒……【女神の瞳】と呼ばれる高位魔導具である。
―――自分に出来ないことをしてもらう以上、全力で補助する。
そして仲間を守るためであれば、経費は惜しまないのもクトーのやり方だった。
魔物達が、影響から逃れて再び動き出す。
レヴィの近くにいる数体が襲いかかろうと反応するのを見てとったクトーは、仮想形成した魔力の器と【女神の瞳】を合わせて使用した。
「〝意のままに圧せよ〟」
クトーが選別した敵が、ズン、と何かに押し潰されたように地面に押さえつけられた。
その柔らかい体がホットケーキのように平べったくなる。
おそらくダメージはないだろうが、行動制限系の魔法であれば動きそのものを抑えることは可能なのだ。
【女神の瞳】が砕け散る間に、脇目も振らずにレヴィが敵の間を駆け抜けた。
しかし、まだ油断はできない。
レヴィは本体に一気に迫っているが、他のチェリーボーイ達も攻撃色である漆黒に染まったのだ。
重力の魔法で潰した以外の魔物達の動きが早くなり、彼女を背後から追い始めるのを見て、クトーは両手で【死竜の杖】を真横に持って命じた。
「―――〝咆哮の双竜よ〟」
杖は声に応えて瞬時に形を変え、二丁の魔銃に変化する。
偃月刀から杖になった時に取り込んだ【双竜の魔銃】形態だ。
色は元の色から漆黒になっており弾丸の種類も変わっていないが、元より性能が強化されていた。
連続で4発引き金を絞ると、レヴィを追う最前列にいたチェリーボーイ達に突き刺さり、その動きを止める。
内1発は、本体に突き刺さった。
そこでレヴィが、動きを止めた本体の元に到達する。
後は抱きつけば終わりーーークトーは彼女が、少しくらいは躊躇うか、と思っていたのだが。
こちらの補助魔法を信頼してくれているのか、あるいはいつもの戦闘と同じ、割り切りと度胸の良さが発揮されたのか。
レヴィは走り抜ける勢いのまま、本体にタックルした。
そのまま、腕の半分も届かないチェリーボーイの体に腕を回し、全力で抱きしめる。
―――処女の抱擁。
おそらく大昔のそれに比べれば、凄まじく乱暴な体当たりに近かったが。
本体の硬直に合わせて、全てのチェリーボーイが動きを……止めなかった。
むしろ、重力魔法に潰されていたものも、弾丸に貫かれたものも、バシャリ、と液体のように崩れ落ちて。
ズァ、と音を立てて、目に追えないほどの速度で本体の方に向かって集まっていく。
「……!」
予想外の動きだった。
手を打つ間もなくレヴィを飲み込み、集合して膨れ上がっていくチェリーボーイ。
クトーは、巨木の上から飛び降りて全力で駆け抜けた。
「レヴィ! ーーー〝殲滅の真竜よ〟!」
喚び声に応えて双銃が形態を変化させ、【真竜の偃月刀】に変わる。
青と銀の装飾にさほど変化はないが黒い縁取りが増えていた。
「〝風よ〟!!」
蠢く魔物を液体状態のまま吹き散らそうと、風の魔法を纏わせて斬撃を放つ。
ーーーが、刀身は不透明な表皮をすり抜けるだけで、一切の影響を与えなかった。
そもそも無敵の魔物である。
ちり、と焦りが胸の内をよぎるが、そこでさらに変化が起こった。
ぶわ、とスライムが花開くように割れて、その中からレヴィが現れたのだ。
「あ、え?」
空中の彼女は空気を感じたのか、おそるおそるぎゅっと閉じた片目を開けた。
ケガはなさそうだが、と思ったところで。
レヴィの背後を貫くように、広がった液体が寄り集まって噴水のように突き上がる。
そのまま、色が黒から乾いたような褐色に変わり……現れたのは。
「……巨木?」
元・チェリーボーイだった集合体は、見る見るうちに枝の先に緑の葉を生み出し、美しい一本の樹になったのだ。
その木とレヴィの体を、薄桃色の光が包んでいる。
「な、何が起こったの?」
「分からんが」
自分の状況が理解できていないのか、少し慌てた様子で視線をさまよわせた。
「とりあえず、危険はなさそうだ」
クトー自身も理解出来てはいないが、現れた木の姿を見れば、おそらく安全だろうと判断した。
偃月刀の構えを解くと、レヴィがふわり、と舞い降りてその体を包んでいた光が淡く弾ける。
「痛みはないか?」
「うん。大丈夫だけど……」
ポニーテールを揺らしながら振り向くと、どこか呆れたような顔をした。
「なんで木?」
『ま、伝説の通りなんだろうねぇ?』
レヴィの憑依を解いたトゥスは、こちらと同じように木を見上げてニヤリと笑う。
『ーーー多分童帝ってのは、世界樹のタネだったんだろうねぇ』




