おっさんは、最近少女との交渉に負けるようです。
「そういえば」
レヴィは、クトーの言葉に出会った時のことを思い出したのか遠い目をした。
「最初は、宿屋で着ぐるみ毛布とか着てたわね……」
「あれは特に目立たないと思うが」
「目立ちまくってたわよ! まだ認めないの!?」
「む」
たしかに衆目は集めるが、あれは着ぐるみ毛布の可愛らしさゆえにではないのか。
なるほど、可愛らしいものは目立つ、と言えばたしかにそうかもしれない。
クトーが一人納得していると、レヴィがジトーッとした目でこちらを見上げてきた。
「言っとくけど、『あ・な・た・が』着ぐるみ毛布を着てたから余計に注目されてたのよ?」
「俺は何も言っていないが」
「なんか変な勘違いしてそうだから言ってるのよ!」
ーーーレヴィのカンは、もはやカンと呼べるたぐいのものなのだろうか?
何らかの方法で心を読む魔法でも使っているのか、と思わず疑ったが、そんな魔法は少なくともクトーは知らなかった。
「何よ?」
「いや。こういうやり取りも久しぶりな気がしてな」
がう、と噛み付いてくるレヴィの顔をまじまじと見つめてしまったことでそう問われ、首を横に振った。
よく考えたら王都に帰ってからこっち、二人きりで行動すること自体は少なかったのである。
クトーが懐かしさと新鮮さを同時に覚えていると、不意に笑い声が聞こえた。
『ヒヒヒ』
そのまま、ゆらりとトゥスが姿を見せる。
相変わらず半透明の二頭身、着流しを身につけた獣姿の仙人は尾を揺らしながらキセルをふかした。
『話を聞いてると、相変わらず兄ちゃんは肝が座ってるよねぇ』
「そうか?」
自分が人よりも心の感覚が鈍いと思ってはいるが。
クトーの返答に、トゥスは煙を口の端からくゆらせつつニヤリと笑みを浮かべると、いつもどおりにひょうひょうと続けた。
『肝の座り具合に関しちゃ、わっちより上と思えることもあるさね。その硬ぇ上着もずいぶんと気に入ってるようだしねぇ』
片目を大きく開けてみせる仙人に、クトーはうなずきながら再びファーを撫でた。
「ああ。これは非常に可愛らしい。手触りもいいしな」
「そういうところがズレてるってーのよ! そこは喜ぶとこじゃないのよ!!」
「む?」
では、他に何を喜べばいいのか。
本当に意味が分からず、クトーはかすかに眉根を寄せる。
「あれだけ他人に言われて、まだ自分の可愛い好きが変だと思わないの!?」
「全く思わんが」
衝撃を受けた顔をしたレヴィと、しばらく見つめ合ってしまう。
話が全く進まないので、今度はこちらから口を開いた。
「しかし、これに関しては理解者は多いぞ」
「どこにいるのよ!?」
「例えばクシナダ」
「あの子も変じゃないの!」
「他にはミズチ」
「それはもう諦めてるだけよ!」
「後は……」
「もう良いわよ!」
ピシャッとさえぎったレヴィは、こちらに指先を突きつけて来る。
「もしかしてそのコート着てるのも、最強うんぬんじゃなくて可愛いと思うのを堂々と着れて嬉しい、とかいう理由の方が大きいんじゃないの!?」
「……そんなことはない」
「口ごもってんじゃないわよ!!」
ああもう、とレヴィがトゥス耳兜を脱ぐと、彼女の姿が普段のものに変わる。
「何をしている」
「緊張してるのがバカバカしくなったのよ! すぐに付けれるように手に持っとくし、それでいいでしょ!」
有無を言わせない迫力を見せるレヴィに、クトーは銀縁メガネのチェーンをシャラリと鳴らしながら首をかしげた。
「だが話しただろう。急な危険があったらどうする」
「誰がその言葉に説得力なくしてると思ってるのよ!? もう少し帝国の領地に近づいたらまたつけるし、この状況で急な危険があると思うならトゥスにでも見張らせときなさいよ!」
「むぅ……」
『ヒヒヒ。仙人づかいの荒い嬢ちゃんだねぇ』
強い上に可愛らしい格好に、一体何の不満があるというのか。
最近レヴィに図星を突かれ過ぎているせいで、イマイチこちらの要望が通らなくなっている気がする。
そう、可愛いが見たいからニンジャ姿をしてもらっているのは本当にその通りなのである。
同様に、危険に対して備えているというのも嘘ではないのだが……トゥスがいれば近づく前に察知できるのもその通りだ。
結局押し切られ、少し残念に思いながらクトーが唸っていると。
トゥスがキセルでコリコリと獣の耳を掻いた。
『お前さんたちは相変わらず楽しいねぇ。しかしわっちもちっとばかし引っかかることがあってねぇ』
「なんだ?」
『ほとんど隠密行動をしたことがねぇ、ってのはどういうことかねぇ?』
「そのままの意味だが」
クトーは今までの人生で、隠密と言われる行動を取ったのは三回だけだ。
一度目は、里から連れ出したホアンをその頃はまだ辺境伯だったケインの元へ届ける時。
二度目は王都を内部から攻めるために、陽動のどさくさに合わせてメリュジーヌの店から出て王城に向かうまで。
三度目は、魔王城突入の際に遠回りの海路を使った時である。
「普段話してると忘れるけど、経歴を聞くとちょっと起こってる出来事が大きすぎるのよね、レイドって……」
魔王倒したんだから当たり前かも知れないけど、と疲れたようにレヴィは息を吐くが。
「先ほども言ったが、必要以上に怯えた行動を取ると態度に出る。それは逆に目立つからな。……そう言うお前自身も、ここ最近は大概だと思うが」
復活した魔王の策略に最初から関わり。
Eランクにも関わらず単身ドラゴンと戦い。
魔王軍四将直属の配下に体を乗っ取られた状態から、魂の力だけでその支配を打ち破り。
聖白竜に認められて魔王と直接対峙した後に、今はクトーと共に帝都を落とすための作戦に従事しているのである。
「そ、そうやって並べられると……でも、必死だっただけだし……」
「俺たちも似たようなものだ」
今でこそ勇者パーティーなどと祭り上げられているが、経歴も強さも、その場でできることをやっていった結果である。
「今の間に少し帝国内の情勢について話しておこう。今俺たちがいるのは、帝国の中で『黄色人種領』と呼ばれる土地だ」
「へー」
「後々に帝国に併呑された地域で、帝国を立国した権力層である白色人種とは少し折り合いが悪い」
「そうなんだ。帝国ってすごく広いのよね?」
「ああ。獣人領に隣接した地域は『黄色人種領』、南の『亜人帯』と呼ばれる亜人の住む地域に隣接している場所は『黒色人種領』と呼ばれている」
両方ともビッグマウスが大量発生した大森林にも隣接しており、ちょうどレヴィたちが住んでいた地域の真逆側に出れば、そこも帝国領だ。
話しながら歩いているうちに、土を均した街道周りの様子が少しずつ変わって来ている。
草の背丈が高くなり、まばらだった木々の密度が増してきた。
そろそろ目的地が近いが、それでも人がいる地域はもう少し先である。
クトーは話を続けた。
「帝国には辺境伯が三人いる。黄色人種領と黒色人種領を統治する一人と、その間にある大森林側を守る一人だ」
この三者のいる地域で騒ぎを起こすのが、今回最初の作戦である。
クトーらは、今、パーティーを大きく三つに分けていた。
【ドラゴンズ・レイド】二十数名はそれぞれに普段関わっている者同士で帝国内に入っている頃合いだが、クトー、リュウ、そしてジクの三名が今回の軸だった。
これ自体は陽動作戦である。
成功しても失敗しても良いが『何かが起こっている』ことを帝国側の支配されていない者たちに伝え、意識をこちらに向けさせるためだ。
この作戦を含む、事前にめぐらせた策が功を奏せば、帝都、それも王城以外のほぼ全てに損害を与えることなく中央を制圧可能なのである。
「脱いだばかりで悪いが、そろそろ兜を被っておけ」
「なんで?」
「〝障壁の森〟が見えた。あれが、帝国北東部の外壁だ」
遠くに見えた森を指差して言うと、レヴィは大人しく兜をかぶった。
改めて白ニンジャ姿になった彼女を眺めて、クトーは思った。
ーーーうむ。やはりこの格好のレヴィは可愛らしい。




