おっさんは、また夢の中に呼ばれたようです。
ーーー魔王軍による帝国支配。
その情報は、大陸全土の国主を震撼させるに十分な情報だった。
南西の帝国は東の大国と並んで人間国家の戦力を二分する存在であり、略奪国家として成長してきた過程から、軍事力は人類国家最大を誇っている。
他の国家とは折り合いが悪いものの、対魔族的な観点から言えば、暗黒大陸との地理的な面からも軍事的な面からの人類防衛の要だった。
ーーーその要が、中枢から奪われたのである。
本来であれば『対魔王』を掲げて行う予定だった、小国連会談の風向きが変わった。
一刻の猶予もない事態に対処するため、国王ホアンは北と東に加えて、亜人族を含む全員を【風の宝珠】による遠方会議に切り替えて対処法を話し合った……はずだったが。
「なんでこんな状況になってるの!? 家で寝てたはずなのに!」
頬を引きつらせたレヴィの叫びに、クトーは共に洞窟を抜けた先にあった、だだっ広い平原を見回した。
そこに、数人の人物が立っている。
「そんなもん俺が聞きたいわ。なぁミズチ」
「ですね。どうやら『夢見の洞窟』のようですが」
ガリガリと頭を掻いたリュウに、ミズチが特別な目で『視た』のだろう事実を、微笑みながら答えた。
「ふむ。ならばケウスの仕業か」
夢見の洞窟の支配者である女性の名をつぶやき、クトーはシャラリとメガネのチェーンを鳴らしながら薄桃がかった不思議な色の空を見上げる。
しかし本人の姿は見当たらないところをみると、呼び寄せた理由を説明する気はないようだ。
するとそこで、リュウとミズチ以外の残り三人が口を開いた。
「ほっほ、今度はホアンの坊もか」
「まったく記憶にない場所であるが、体に力が漲る。戦りあうのも楽しそうだが、どうであるか? ケイン」
「遠慮していただけないだろうか、ムーガーン王。少し、頭の中を整理したいところです」
ホアンの大叔父、剣聖ケインがおかしげに、巨人の支配者ムーガーンが今の状況を気にした様子もなく勝負を持ちかけるのに、国王ホアンが頭痛を覚えたように眉根を寄せる。
レイド、王国の主要人物+レヴィにムーガーン王。
「何か嫌な予感しかしないな」
「お前がそれ言うとシャレにならないからやめろ」
クトーがアゴを指で挟んで感想を漏らすと、リュウが嫌そうな顔をした。
しかし、予感は当たった。
洞窟の入り口から、別の人物が三人現れたのである。
苛烈な雰囲気を身に纏った壮年の男性と、片腕が義手の女将軍、その従者である灰色髪の帯刀メイド。
「やはり居たな。またこの不愉快な場所に呼ばれたのは貴様らの仕業だと思っていた」
「ひどい誤解がある気がしますが、私たちも呼ばれたのですよ」
ホアンがやんわりと言うのに鼻を鳴らした相手は、北の王ミズガルズ・オルムだった。
彼の脇に控えた女将軍ルーミィが、クトーを見て婉然と微笑む。
「早い再会だったな、クトー?」
「夢の中だがな。……だが、冗談を言っている場合ではなくなるかも知れんぞ」
「どういう意味だ?」
「俺の予測が正しければ」
彼女の疑問にクトーは淡々と答える。
「ーーーこの場に、おそらく今から大陸全土の首脳が集まる」
「「「「……は?」」」」
リュウ、ホアン、レヴィ、ルーミィの声が重なり、他の面々も目を見交わした。
「どどど、どういうことよクトー!?」
「この面々の顔と世界情勢を見る限り、ケウスとしては一刻の猶予もないと判断したんだろう」
おそらくは強引に全員を集めて、この時間がある場所で顔を突き合わせて話せ、ということに違いない。
「そういうこと言ってんじゃないわよ!」
「む? ではどういうことだ?」
「何でそんなところに私が呼ばれてんのかって話をしてんのよ!」
「そこまでは俺も知らん。それを言うなら俺が呼ばれた理由もわからんだろう」
「「「「それは分かる(ります)(わよ)」」」」
ホアン、リュウ、ミズチ、レヴィにハモられて、あまり納得がいかなかった。
「俺はただの雑用係なわけだが」
「はいはい。つーかレヴィが呼ばれた理由も俺らは分かる」
「へ?」
「そうですね。ですが」
ミズチが集まった面々を見回して、小さく目配せした。
「ホアン陛下やケイン元辺境伯がここにいらっしゃるのに私たちが呼ばれた、ということは、私たちは【ドラゴンズ・レイド】というくくりで呼ばれたのでしょう」
「だろうな」
一応王国所属であるとはいえ、魔王を直接倒した勇者パーティーとして別枠だと考えるのが無難だろう。
「となれば、話し合いの時はホアン陛下とは別に誰が発言するのかを決める必要があると思……」
「「クトーで」」
「さすが、返事が早いですね」
レヴィとリュウの即答に、ミズチは青い目を細めて頬の横で両手のひらを合わせると、ニッコリとクトーに告げた。
「というわけで、クトーさん。よろしくお願いしますね♪」
「うちのリーダーはそこのバカのはずだが」
「めんどいからパス」
「……体良く面倒臭いことを俺に押し付けていないか?」
「当然だろうが」
リュウはふふん、と鼻で笑うと、クトーに指を突きつけた。
「リーダーとして、お前に交渉役を命じる!」
「……まぁいいだろう」
そこはかとなく納得がいかなかったが、リュウに発言を任せていては何を言うかわかったものではないし、元々事務や交渉などの雑用は自分の仕事である。
そんな風にレイドが話し合っていると、他のグループも同じように話を決めて行っていた。
北の三人は。
「うちは陛下ですね」
「元々人任せにする気はない。貴様は本調子ではないのだから少し控えていろ」
「仰せのままに」
王国の二人と巨人の王も。
「ほっほ、ワシは引退した身じゃからの」
「分かってます。正直、クトーの予言が正しければ若輩の国主には荷が重いですが」
「我輩はまるで興味がないのであるが、ホアンは好戦派であったな。では、尻込みする連中を押さえつけるのに全権を委任するのである」
「……巨人の住処としてはそれでいいのですか? ムーガーン王」
「戦えるのであれば何でもいい。が、慎重派を抑え込めなければ、其奴らは我輩が叩き潰しに行くのである」
シンプル過ぎる上に物騒なムーガーンの答えに、ホアンが一筋冷や汗を流した。
「……責任が重過ぎる気がしますね」
そんなホアンに、ケインがほっほ、と笑った。
「何ごとも経験じゃよ、経験」
「ケイン元辺境伯のおっしゃる通りです、陛下」
「クトー」
「何でしょう?」
何の後ろ盾もないのに代表にさせられたクトーの方を見て、ホアンは息を吐いた。
「夢の中でまで、敬語を使うのはやめないか?」
彼がそう口にしたところで。
また、洞窟の入り口に誰かの姿が現れた。




