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閑話:クトーさんの日常・了


「Sランク、ねぇ」


 ディーはまるで何かを感じた様子もなく、グッと腕に力を込めた。


「じゃ、その大見得切ってくるだけの実力とやらを……見せてみりゃいいんじゃねぇのか!?」


 相手は地面を蹴り、思い切りハンマーを振り上げる。

 自信を見せるだけの気迫と迫力は感じられたが……それだけだ。


 クトーは、聖白竜の礼服とファーコートに魔力を込めてその一撃を腕で受けた。


「ぬっ!?」

「講義の時間だ」


 クトーは静かに告げて、杖に魔力を込めながらディーの顎を鋭く突き上げる。

 そのまま体を逸らして避けたことで無防備になった腹に、即座に足を振り上げて前蹴りを入れた。


「くぉ!?」

「冒険者個人がAランクになるには、いくつかの共通した条件がある。同ランクの魔物を単騎で倒す技量、職種ジョブの修練度、冒険者自身のレベルに加えて……」


 軽く後ろに下がったディーから離れないよう、動きに合わせて前に出ながらクトーは続ける。


「そして、所属するパーティーメンバーの8割が、Bランク以上であることだ。そうしたAランク冒険者への昇格条件は流石に知っているだろう?」


 個人の認定だけでなく、パーティーランクについても同様だ。


 C以下ならパーティーリーダーともう一名が同ランクであれば認定されるが、Aランク認定については構成人員5名以上で、かつ上記条件を満たすことが含まれる。


 Sランク認定も、個人・パーティー共に同様である。


「単独行動の冒険者では、特例以外でB以上にはなれない。お前は金が貯まったからならなかったと言ったが……」

「チィ……!」

「仲間がおらず、なれなかったんじゃないのか? だから冒険者をやめて、自分は危険を冒さずカネを稼げる違法な手段に走った」


 クトーが横薙ぎに振るった杖をハンマーの柄で受けた相手は、そこを起点に得物を回して柄尻でこちらの鳩尾を狙ってきた。


 一歩だけ身を引いて、それを避ける。


「そのままBランクに甘んじるのは、プライドが邪魔をしたか? ―――〝たぎれ〟」


 クトーは一瞬の空白を利用して杖に命じ、身体強化魔法を行使した。


「さっきからグチャグチャとやかましいんだよォ! 《燃えろ》ッ!」


 図星だったのか、激昂したディーはハンマーを短く持ち替え、下から突き上げるように振るってくる。

 どうやら『効果付き』の武器だったようで、ハンマーヘッドが声に呼応して燃え上がった。


「無駄だ」


 クトーは相手の武器を上から柄先でピタリと押さえ、次いで逆の手で杖を引くように動かした。

 一連の動作で跳ね上げた柄頭が、ディーの顎をかすめるように打つ。


「……ッ!?」

「話の続きだが」


 頭を揺らされて意識の集中が途切れたのか、ハンマーヘッドの炎が消失した。


「Aランク昇格からは、ギルド側に試験を受ける順番も決めるように指示される。Bランクまででも人間性や行動に関する調査は行われるが、さらに厳密な調査を行うためだ」


 上位の冒険者というのは、たとえならず者上がりの変人であってもギルドの顔であり、他の冒険者や市民の目にさらされる、規範となるべき存在なのである。


 仮に仲間がいて、条件を満たしていたとしても。


 私利私欲を満たすためだけに上位を目指し、他者を虐げ、災害発生時や緊急依頼などで手を貸さない、などの振る舞いが目立つ冒険者は、高い能力を持っていようとも審査に弾かれる。


 ディーはこちらの話を聞いているのかいないのか、頭を揺らされて平衡感覚を失った状態でも、無理やりハンマーを振るってふたたび襲いかかってきた。


「ぬ、ぅうううんッ!!」

「講義は以上だ。ーーー〝やわらげ〟」


 身体強化して増した速度でハンマーをかいくぐったクトーは、即座に背後に回り込んで振り返ると、床に対して衝撃軽減の魔法を使った。


 力加減をしないBランクの戦士級ウォリアークラスは、大岩を粉砕するレベルの打撃を放つのである。

 ただの木製の床がその一撃を受ければ、振動で建物が崩壊してもおかしくないからだ。


「な、に!?」


 驚きの声は、自分のハンマーが床にかすり傷すらつけなかったことに対してか、こちらの姿を見失ったことに対してか。


「ここからは俺の話だ。俺はランク昇格序列については自分を一番下に定め、仲間の誰よりも最後に昇格した。Aの時もSの時も、どちらもだ。……その意味がわかるか?」


 クトーは無防備なディーに、背後から足払いをかけた。

 あっさり倒れかけたところで服の襟と肩部分をつかみ、無理やり持ち上げてその屈強な体を支える。


「ぐっ……!」

「俺の所属する【ドラゴンズ・レイド】は、セイやフーも含めて全員が、血の滲むような努力をして今のランクに到達した」


 クトーはディーの、ハンマーを握った手首を軽く杖で叩いて手放させた。


「その努力による成果そのものが、彼ら自身の価値なのだ」


 生まれも育ちも、人種も、関係がない話なのである。

 息を詰まらせたまま、男が不愉快そうに顔を歪めるのが見えたが、クトーはやめなかった。


「お前が、独力でBランクまで上がったことを誇るのは自由だ。だが俺自身はともかく、仲間を、そして仲間が大切に思うものを侮辱することは許し難い」


 それでも罵倒程度なら、まだ許容はした。

 

 だがこの男は、獣人たちを身勝手な理由で拐い、無理やり隷属させ。

 その矜持や命を踏みにじっただけでなく、セイらを含むレイドの仲間全員の努力を大したことがないと嘲笑ったのだ。


「さっき、から……回りくどい野郎だ……何、が、言いてぇ……」

「お前はもう少し早く自分のぶんをわきまえ、挫折に懲りておくべきだった、という話だ」


 もう遅いが。


「―――裁きを受けるまでの間、後悔と共に懺悔しろ」


 クトーは最後にもう一度杖を振るい、ディーの意識を刈り取った。


※※※


「……ねぇ、クトー」

「なんだ」


 戦闘を終えた時。

 一人この場に残って、状況を無言で見守っていたレヴィが問いかけてきた。


 クトーが答えながら彼女に目を向けると、表情がこわばっている。


「今の講義は……私に対して、よね?」

「どちらに対しても、だな。この男に言ってやりたかった気持ちもなかったわけではない」


 なぜ彼女が厳しい表情をしているのかよく分からず、クトーはメガネのチェーンを鳴らして首をかしげた。


「それがどうした?」

「……なんで、私をレイドに入れてくれたの?」

「どういう意味だ?」

「私は、まだDランクよ」


 レヴィが、美しい緑の瞳をまつげで隠すように伏せる。


「少しは成長してると思う、けど。正直、この装備がなかったら多分、そいつにも勝てないくらいの力しかないわ」


 ーーーそんなことはないと思うが。


 内心そう思いながらもクトーは、黙って彼女が先を語るのを待った。

 どういう気持ちなのか、彼女は何度か口を開いては閉ざしてから、言葉を続ける。


「努力と、成果が価値なら。……私はまだ、あなたたちに……力を預けてくれたジョカさんにも、仲間としての価値を、示せてない……」


 自分の体を抱くように、左腕で右腕を握るレヴィの弱音を聞いて、クトーはメガネのブリッジを押し上げた。


「お前は十分、俺たちに価値を示している。でなければ、皆はお前を迎え入れていない」

「どんな価値? クトーに物を言えるマスコットとして?」


 随分と自虐的だ。

 そう思いながら、何もわかっていない彼女に答えを示す。




「レヴィ。ーーーお前の価値は、そのひたむきな魂の在り方だ」




 その言葉に、レヴィは目を上げなかったが……気にせず話を続ける。


「ルーミィ相手に、むーちゃんを奪還した。魔王や四将を相手に臆さなかった。前に肉体を乗っ取られた時も、その前に温泉街でクシナダを救った時も。そして」


 クトーはレヴィに歩み寄り、その頭をぽん、と叩いた。


「先日、ギルドでセイたちの扱いに憤った時もだ。仲間を想い、人のために動いた。……それも力であり、価値だ」


 それに彼女は、あまりにも急激に強くなりすぎたせいなのか、意識が追いついていないようだ。


 夢見の洞窟までも著しい成長を見せていたが、ぷにおに対して一撃を加えた時に、クトーはレヴィが予想をはるかに超える力を持っていることを認めていた。


「お前は、ディーに勝てない、と言ったが。俺たちの動きは見えなかったか? そして、ついていけないと感じたか?」

「……」


 レヴィは、無言で首を横に振った。

 クトーの見立てに間違いがなければ、レヴィは戦闘力だけを見ても、すでにBランク以上の冒険者であってもおかしくない。


 もともと持ち合わせている魂の強さに、凄まじい成長速度……その二つに対して、ギルドの制度と彼女自身の意識が、追いついていないだけなのだ。

 

「自信を持て、レヴィ。負けん気だけではなく、自分を誇れ」

「どうやってよ? 私はたった半年前まで、あなたからカバン玉を盗もうとしただけの雑魚だったのに」


 ふてくされたような口調は、ただ、甘えているのだろう。

 クトーは彼女に関して、それくらいのことは分かるようになっていた。


 普段から歯に衣着せない彼女ではあるが、自分を師として慕い、頼りにしてくれているのだ。


 ーーー自分が彼女を信頼しているのと、同じように。


「レヴィ。自分の命の価値は、周りではなく、自分が決めるものだ」


 レイドの仲間と共に成長していた頃とは、どこか違う彼女との関係。

 それが自分にとって何か大切なものをもたらしたと、クトーは気づいていた。


 真の意味で、教え、導くことが必要だった彼女の存在によって、こちらの心も成長しているのだ。


 以前までの自分では分からなかったことが、レヴィがいてくれたことによって、言葉にできるようになるくらいには。


 クトーは頭から手を離したら顔を上げたレヴィに対して、人差し指でトントン、と自分の胸を叩いてみせる。


「以前言っただろう? 自分の命がここ・・にあって当たり前だと思っている者は、冒険者には向かない、と」

「うん……」


 次に、胸に向けた指を倒れているディーに向ける。

 

「あの男のように、他人の命を軽んじるということは、自分の命を軽んじることに等しい。他の、奴に協力していた連中も同じだ」


 依頼を受けて、獣人を狩っていた者たち。

 今、残らず気絶して転がっている奴ら以外にも、ディーから依頼を受けた連中は全員探し出して報いを受けさせる。

 

「命の価値を自分で決めた。他者を軽んじることで、その分だけ奴らの命は軽くなった。……自分の命『だけ』は、そこにあって当たり前だと勘違いをした」


 故に他者の命と、魂の在り方を踏みにじった。


 レヴィは、決してそんなことはしない。

 クトーは自分の気持ちを、真剣に言葉を聞いている彼女に投げかける。


「生きるために奪うことそのものは、全ての生ける者が背負うごうだ。誰も逃れることは出来ない」


 奪う相手が違うだけで、人は、犠牲になった全ての上に立って生きている。

 だからこそ命は重く、その重みを誰もが忘れてはならないのだと、クトー自身は思うのだ。


「……レヴィ。俺は自分を、その犠牲の上に立つだけの価値のある命だとは思わない。それでも、自分の命が、そして他者の命が、そこにあって当たり前のものだとも思わない」

「言ってることは分かるわよ」


 レヴィは戸惑ったように眉をひそめた。

 瞳が、不安そうに揺れている。


「でも……結局他人を犠牲にしてるなら、私たちも、こいつらと変わらないってことよね」

「そうだな。人は誰もが身勝手だ。お互いに関わらなければ一番良いが、関わってしまえばぶつかるしかない。そういう話だ」


 命は重い、というクトーの価値観は、おそらくは世の中の多くがそう感じているからこそ許容される。


 かつては、帝国を中心に差別が蔓延し『獣人たちの命は軽い』とする価値観が優勢だった。

 その頃の価値観を持ったまま今と対立したのが、ディーだ。


 今、少数派である、というだけで、彼は排斥された。

 だが同時に、個体として少数派である獣人たちを彼自身も排斥したのだ。


「正解などない。だからこそ、信念が必要だと俺は思っている」

 

 自らが正しいかどうかなど、誰にも分かりはしない。

 一生、答えなど出ないだろう。


 それでもクトーは、レヴィの目を見つめてはっきりと断言する。


「俺は、自分の目に見える限りの他者が、幸福に暮らせる世界を守ると決めた。全ては救えん。見えないところで不幸のまま野垂れ死ぬ者もいるだろう」


 それがクトー自身のエゴであり、自分という人間の限界だ。

 

「俺の大切なものへの悪意は排する。己の汚さも、欺瞞も全て受け入れて、俺がそうすると決めたんだ」

「……それが、もし間違ってるって言われても?」

「ああ」


 レヴィは揺れている。

 それは彼女が弱いからではなく、強いからだ。


 都合の悪いことから目をそらさず、答えを探しているからだ。


 胸もとで握ったレヴィの指には、強い力がこもっていた。

 彼女は成長している。


「だがこれはあくまでも俺の答えだ、レヴィ」


 クトーはこれから先、彼女に答えではなく『道』を示さなければならない。


「お前にはお前の答えがある。考え続けて、それを探せ」

「……クトーの、答え」


 ポツリとつぶやくレヴィに対して、クトーは微笑んだ。


「俺にとって仲間の命は、そして仲間が大切に想うものは、ありとあらゆる全てに優先する」


 そして、ミズチを救ってからこっち、幾度となく口にした答え。

 これ以外の答えはクトーにはない。




「―――それが、俺という雑用係がここに在る価値だと、俺が決めたんだ」




 レヴィは、自分の答えに何を思ったのか。

 一度目を閉じると、すぐに開いて、八重歯を見せて笑った。


「うん。……その答えは私、すごくクトーらしいと思うわ」

 

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