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閑話:クトーさんの日常その⑩


 クトーは、建物の中に突入した。


 入ってすぐの場所はそれなりに広く、カウンターが設置されていたが人は座っていない。

 その天板を踏み越えてクトーは跳び、木製の扉を勢いをつけて蹴破った。


「ウゴッ!?」


 扉の破壊に、どうやら誰かを巻き込んだようだ。

 破壊した木片を周りに撒き散らしながら、クトーは真っ白な外套の裾をなびかせてふわりと着地する。


「な、何だテメーーー雑用野郎だと!?」


 中にいた数名の男たちが慌てた様子で立ち上がるのを見ながら、中の状況を一瞥した。

 待機していたのは、ギルドでクトーたちをバカにしていた冒険者連中を含む十数人の男たちだ。


 部屋は、カウンターのあった場所よりさらに広い。


 その奥にいくつかに区切られた腰程度の高さの檻があり、老若男女問わず、獣人たちが二人ずつ狭苦しい中に閉じ込められていた。


 これだけ派手に突入したにも関わらず、一様にこちらに対する反応が見えないのは、服従の証の影響下にあるからだろう。


「クソ! このもやしが、一体何しに来やがっ……」

「悪いが今は忙しい」


 クトーは滑るように最初に声を上げた冒険者に近づくと、旅杖を振るって足を打ち据えた。


「がァ!?」

「しばらく寝ていろ」


 返す杖先でこめかみも打ち据えて冒険者を昏倒させる間に、他の仲間も戦闘に入っていた。


「クトーが殺すなってぇから、峰打ちにしといてやるよ。……骨の二、三本、折れるかもしれねーがな!」


 セイは腰に納刀したままで構えを取り、敵に向かって跳ねる。


「ゴボァ!」


 剣を引き抜こうとした姿勢のまま、神速の抜刀で開いた脇を打ち据えられた男は、鈍い音の後にその場にくずおれた。


 また、そんなセイの後ろから影のように室内に侵入していたフーは、天井の梁に糸を結んだクナイを引っ掛けて上に潜んでいた。


「おやすみ」

「ッ!」


 誰にも気づかれないうちにスルリとクモのように滑り降りると、斧を握った大男の首を別の糸で締め上げて窒息させる。

 男は首を掻きむしるが、糸に指がかけられなかったようで、すぐに全身から力が抜けた。


 その間に、最後に突入したレヴィが獣人たちの元へ向かい、牢の入り口を縛る鎖をニンジャ刀で次々に断ち切っていく。


 クトーらは、迅速に残りの男たちも制圧していった。

 

「クソッ!」


 あっという間に仲間を倒された最後の一人が、裏口に向かって走り出す。

 しかし、ガチャリと扉を開けた先に誰かが立っており、彼はいきなり首を掴まれた。


「……どこへ行くんだ?」

「ヒッ!」


 現れた屈強な男に首を掴まれた最後の一人は、そのまま力任せに床に叩きつけられて失神する。


「役立たずどもが」

「……お前が、この件の黒幕か?」


 静かにクトーが問いかけると、男は口のはしに下卑た笑みを浮かべた。

 髪の毛を短く刈り込んだ白い肌の中年男性だが、体は引き締まっており体のそこかしこに傷が目立つ。


「ネズミが、人の店に一体何の用だ? 【ドラゴンズ・レイド】ってのは、お行儀の良い連中の集まりだと思ってたんだがな?」


 どうやら男は、こちらのことを知っている様子だった。


 しかしその目には嘲りの色が浮かび、手に握った凶悪な形状のハンマーを振るう気満々の気配を放ちながら肩に担いでいる。


「お前の店、ということは、帝国から流れてきたという、この件の首謀者はお前か」

「そうとも。俺が店主のディーだ。ふざけた真似はやめてさっさと帰ったらどうだ? 雑用係」


 ディーと名乗った男は、こちらの顔を眺め回して鼻を鳴らした。


「見たところ勇者も居ねぇ。他には獣型の魔物が二匹と、下等な褐色肌のメスガキが一匹。……小遣い稼ぎのつもりだったのか?」

「んな!?」


 あまりにも直接的な差別表現にレヴィが声を上げるが、二人の獣人は黙ったままだった。


 しかしその物言いだけでディーの程度が知れる。

 帝国にいた時に散々見た、単一民族至上主義者だ。


「獣人は魔物ではない。高い知性を有し、この国においては人権が認められている」

「俺の知ったことじゃねぇな。大体、人間のツラや耳の形もしてねぇ毛深い連中が人間だと? テメェ正気か?」


 ニヤニヤ笑いながら、ディーが自分のこめかみを指で叩く。


「俺にゃ全く理解できねーな。そもそも、魔物の親玉を殺したのはテメェらじゃねーか。負けた連中にいい顔してねーで、奴隷として使ってやるのが正解だ」

「……全く話が通じんな」 


 魔物ではない、という言葉は聞こえていなかったようだ。


 クトーはメガネのブリッジを押し上げて、セイとフーの顔を見た。

 二人はディーではなく、牢に囚われた仲間たちのほうが気になっているようだ。


「〝ほどけ〟」


 牢の鍵が外れても動こうとしない獣人たちに向けて、クトーは解毒の魔法を込めたピアシング・ニードルを一本放った。

 床に突き刺さったニードルが青く清廉な光を放つと、一斉に毛並みを逆立てた獣人たちの体からポタリポタリ、と液体が滴り落ちる。

 

 床に触れた液体はシュゥ、と白い煙を放ち、彼らは夢から覚めたように顔を上げて周りを見回した。


「セイ」

「応。……お前ら、ダンディな俺サマの声が聞こえるかよ? 氏族長たちの任を受けて、お前らを助けにきた。出てきな」


 狼獣人の呼びかけに、レヴィが開いた牢の扉から恐る恐る出てくる獣人たちを横目に、クトーはディーに目を戻した。


「人の商売道具を勝手に持っていくんじゃねーよ」

「……お前は冒険者か?」


 文句をつけてくるが大して気にした様子もないディーに問いかけると、彼はこともなげにうなずいた。


「元はな。親父がヘマして没落した後、一番稼ぎやすかった。せっかく自前で働かなくてもよくなったってーのに、また一からやり直しだ」

「この状況で、逃げられると思っているのか?」


 クトーの言葉に、ディーはニィ、と笑う。


「何で逃げられねぇと思うんだ? 俺はBランクまで成り上がった。それ以上稼ぐ気が無かったからそこで辞めたがな。……獣どもや雑用に、遅れを取る理由がねぇ」

 

 バレた以上商売は続けられないが、一人で逃げるだけならどうにでもなる、と思っているのだろう。


「セイ、フー。彼らを連れて外へ向かえ」

「ありゃ。そいつとはらせてくれねーのか?」


 軽く問い返されたクトーは、旅杖を構えながら言い返した。




「ーーーお前たちに任せたら、殺すだろう?」




 どうやら全てを知っている実行犯は、彼一人であるようだ。


 しかし先ほどからの一連の言動は、セイたちを怒らせるには十分すぎる物言いだと感じられた。

 他に何かを知る人物がいるのなら問題はないが、ディーしか知らないことがあるのなら殺されてしまっては困る。


「そうだよなぁ。やっぱ殺しちゃマズいよなぁ」

「言うことを聞くという約束だっただろう。どうせ獣人領に引き渡す以上、結果は変わらん」

「……分かったよ」


 どうしようもなく言葉に滲むセイの殺気に、ディーが口を開きかけたが……クトーは言わせなかった。


「お前のような相手は本当に久しぶりだ。反吐が出るほどに価値が感じられん」

「そうかい? それと、俺をどっかに引き渡すと聞こえたが」


 担いでいたハンマーを軽々と片手で持ち上げ、パシッと逆の手のひらに叩きつけたディーは、ゴキリと首を鳴らす。


「そんなことが、出来ると思ってんのか?」

「出来る出来ないではなく、決定事項だ。お前は、一つ勘違いしているようなので言っておくが……」


 奴隷商であり元冒険者であるという男の大きな勘違いを、クトーは旅杖を構えながら訂正しておく。


「BランクとAランク、さらにAランクとSランクの間にある実力差は、CランクとBランクの比ではない。そして俺は、確かにレイドの雑用係だがーーー」


 そこで一呼吸置いて、もう一つ重要なことを告げた。




「ーーーこれでも、Sランク冒険者だ」



 


次で閑話は終わる予定です。

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