第四章終章:貴族院筆頭は、少女に想いを託すようです。
ーーー血統固有スキルの継承。
ジョカの言葉に、レヴィは目を見開いた。
「……!? そ、そんなことできるんですか!?」
「ええ」
クトーもその言葉に驚いてはいたが、2人の話を遮らないように黙って成り行きを見守る。
ジョカが胸元を探り、細い鎖を引き出した。
そのネックレスの先に下がっていたのは古ぼけた【ドラゴンズ・レイド】の紋章と、一つの耳飾りだ。
「これがね、血統固有スキルの秘密なの」
ジョカが示したのは、イヤーフック、と呼ばれる耳にかけるタイプの装飾品である。
竜の体を模したそれは、細い輪で鎖と強固に結びついていたが、ネックレスを首から外した彼はあっさりと解いてレヴィに差し出した。
「その耳飾り、女物だからアタシには小さかったのよね」
「これ、なんなんですか?」
「神器の一つ、かしら? どういうものなのかあまり詳しくは知らないのだけど」
手の中に収まった装飾品を見つめて戸惑いの表情を浮かべるレヴィに、ジョカは静かに説明した。
「血統固有スキルの中でも、自らを鎧ったり分身を生み出すスキルは党首にしか使えないの。本来ならば、それは私の姉のものだった」
「あ……」
レヴィが小さく声を漏らしたのは、ジョカの姉が死んでいるという話を思い出したからだろう。
ジョカ・ファンの名は党首継承とともに正式に彼を表す名となったが……本来はジョカの姉の名前だったのだ。
「でもあの人は優しい性格をしていて、強くなるだけの素質もなかった。根っから党首にも血統固有スキルの継承者にも向いていない人だったけど……とても賢く優しい人だったわ」
だから二人の父親は、党首の権利を二人に分けて与えたのだという。
「文を姉に。武をアタシに。その上で、私に一生影として生きろと命じた。……そんな父に反発して、アタシは荒れたんだけど」
この口調と化粧は、その名残、とジョカはおかしそうに口にした。
父親に反発して、少しでも嫌がりそうなことをしていたのだと。
「でも、すごく楽しくてね。おかげで本当の自分になれた気がしたから、そこだけは父に感謝してあげないこともないけど」
ジョカは、ふと懐かしむようにこちらに目を向ける。
クトーらとジョカが出会ったのは、そんな折だったのだ。
父親はすでに実務をジョカの姉に半分引き継いでおり、姉は愛する男を見つけていた。
そのまま幸せな結末、にはならなかったが。
誠実な恋人と彼の姉は、クトーから見ても仲睦まじい二人であり、打倒魔王の目的も理解してくれていたのだ。
そのために、荒れて家にいない弟の説得を依頼してきた。
「アタシの幼名……というか、継承以前の名前はキーフというんだけど。ジョカの名を継いだ時に、伝えられたことが一つあってね」
ジョカは、精緻な意匠のイヤーフックを示した。
「最初は『家宝だから、肌身離さず身につけて守れ』と言われていたんだけどね。血統固有スキルは、本当は血統に継がれるものじゃないの」
貴族院筆頭である、ファン家に代々伝わる神器。
《土》のスキルを鍛え上げ、このイヤーフックを持つ者だけが扱うことが出来る上位スキルが《人身創造》なのだという。
「党首は、これを身に着けることで代々血統固有スキルを使ってきた。……それは、この国の建国に貢献した者に、竜の主人から分け与えられた力だと言われているのよ」
「そんな家宝を、はした金で売っぱらったのがそこにいる男だがな」
「え?」
クトーが口を挟むと、ジョカがおかしげに喉を鳴らす。
「あれは取り戻すのに苦労したわねぇ。固有スキルは使えなくなったし、家には呼び戻されるし」
「自分の軽率さに気づくのに大事件を起こすのは、この国の貴族の在り方なのかと思ったほどだ」
ケインも若い頃、似たようなことをしてうっかりA級邪竜が王都に侵攻してきたことがあるらしい。
間一髪、剣聖が対峙した美談として流布されているが、元はと言えばケイン自身の所業のせいだ。
いい剣を手に入れた、とホクホクでダンジョンの最奥から持ち帰った【破滅の剣】が邪竜の宝物だったのである。
「でも、そんな大事なものを……?」
レヴィは、手の中のイヤーフックを見ながら躊躇いを口にした。
「それに私、《土》のスキルは使えないですよ?」
「そうね。でも、多分あなたはその神器に認められるはずよ」
ニッコリと、確信がありそうな顔でイヤーフックを指差したジョカは、その根拠を告げる。
「この宝物は『以前この地に存在したカナーロ王国の守護竜から与えられたものだ』と言われているから」
「……それって」
「あなたたちが夢見の洞窟で会った竜のことなんじゃないかしら? ぷにお、だったっけ?」
夢見の洞窟で似たようなことを語ったむーちゃんの同族。
かの竜のことは、ジョカにも説明していた。
あの強大な力を持っていた竜がかつて人に与えたものならば、なるほど納得が行く。
「そのイヤーフックは、元々守護竜の主人だった救国の英雄『シーラ』という女性の持ち物だったと伝わっているの。……レヴィ。あなたはその守り手だった竜自身に、実力を認められたのでしょう?」
「そう、なのかしら?」
レヴィは戸惑っているが、彼女の心根の強さは多くの人が認めている。
その成長速度も。
彼女はクトーと出会うまで、Eランクの何も知らない冒険者だったのだ。
「使いこなせるかはあなた次第よ。でもレヴィ、私はあなたに受け取って欲しいの」
はっきりとそう口にするジョカに、彼女はそれでも戸惑いを消さない。
「でも、認められたっていうならクトーだって。なんで、私なんですか?」
「クトーがあなたを見込んだように、私もあなたを見込んだからよ」
ジョカはまた片目をパチリと閉じて、レヴィの両肩にそっと手を添えた。
「それじゃ、答えにならない?」
レヴィは、そのまま少し黙っていたが、助けを求めるようにこちらを見るようなことはしなかった。
ずっと人に認められたかった彼女は。
今まさに、直接、自分を認めている男に気持ちを問われているのだ。
やがてレヴィは小さくうなずいて、ジョカに向かって晴れやかな笑みを見せる。
「……ありがとうございます」
「身につけてみなさいな。あなたにはきっと似合うわ」
イヤーフックをレヴィがつけると、ジョカは満足そうにうなずいた。
精緻な意匠の銀と宝玉の耳飾り。
竜を模したその力強さは、レヴィの幼いながらも気の強そうな面差しによく似合っていた。
「その力を使って、アタシの代わりに皆を助けて。そしてヴルムとズメイ」
「……はい」
「うス」
水を向けられて、少し緊張した様子で答えた2人に、ジョカは笑みを崩さないまま言葉を重ねる。
「アタシに償いたいというのなら、機会をあげる。ズメイは、レヴィに《土》のスキルの扱い方を教えなさい。そしてヴルムは、魔王を倒すまで、レヴィの手伝いに関して『めんどくさい』を禁止するわ」
「うぐっ……」
「それくらいなら、いくらでもやるス」
言葉に詰まったヴルムと、即答するズメイ。
しかし全員の視線を受けて、剣闘士も嫌そうな顔は見せずに頭を下げた。
「……うっす」
ヴルムの返事に満足そうにうなずいたジョカは、最後に再びレヴィに目を向ける。
「頼んだわよ、レヴィ。アタシはもう【ドラゴンズ・レイド】としては戦えないけれど」
もう一度レヴィの姿を眺めて、ジョカは拳を差し出す。
「帝国を奪還して、王国や世界の危機を救いたいっていう心は失っていないの。……アタシの守りたかったものを、代わりに守ってくれるかしら?」
レヴィはしっかりと、その拳に自分の右手を合わせた。
「ーーー必ず、成し遂げます」
次から第5章です。多分あいだに小話を挟みます。
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