仲間の死を前に、とある知り合いが姿を見せるようです。
ズルリ、と偃月刀を引き抜いたクトーは、即座に魔法を発動した。
「〝癒せ〟!」
リュウも剣を引いており、最大限の魔力を込めた回復魔法を発動すると、ムーガーンが元の姿に戻るのに合わせて全身についた風の切り傷と胸元の穴が塞がっていく。
かつて、魔王の一撃を受けた瀕死のミズチすらも救った魔法だ。
崩れ落ちるムーガーンをリュウが支えた直後に、クトーは外套の裾を翻した。
「ジョカ……!!」
レヴィに支えられて、腹の大穴に手を当てたまま仰向けで倒れた仲間はすでに鎧を纏っていない。
角刈りの髪と精悍な面差しに薄化粧をした男は、青白い顔で目を閉じていた。
巨大な傷からは、明らかに致死量の血が流れている。
風竜になったむーちゃんは地面に伏せ、体をジョカの枕代わりにして頭を支えていた。
「〝癒せ〟!!」
クトーは駆け抜けながら、もう一度回復魔法を行使した。
ジョカの傷口が魔法を受けて塞がっていく……が。
「なぜ、止まらない……!」
ジョカを支えるレヴィの横で膝をついたクトーに視えたのは、ジョカの魂が体を抜けていく様子だった。
回復魔法は、完全な形で発動したのだ。
真竜の偃月刀で込められるだけ最大限の魔力も込めた。
ーーー理由は。理由はなんだ。
「魔王の執念を込めた瘴気が、ジョカの魂に纏わりついています。それが、肉体に魂が戻るのを拒絶しているのです」
クトーの内心の疑問に、同じく駆け寄ってきていたミズチが、青ざめた顔で答えを告げる。
心配そうな顔でジョカを見つめていたレヴィが、顔を跳ね上げた。
「そんな……じゃあ、ジョカさんは……!!」
「今のままでは、助かりません」
ーーー最後の最後まで、邪魔をするのか。サマルエ……ッ!!
最上位聖魔法の効果によって昇華されてなお、置き土産を忘れない魔王に対して、クトーは激怒した。
抑えきれずに放出した魔力が、負の情動によって薄い霧となって体に纏わりつき、髪と外套をザワリと浮き立たせる。
「ク、クトー……?」
レヴィが恐る恐る話しかけてくるのに答えず、クトーは必死に頭を回転させていた。
反魂の禁呪も知っている。
だがそれは、ジョカを魔族と化す……下手をすれば下級の死霊と化す術だ。
英霊召喚の秘術も知っている。
だがそれも、完全な死からの蘇りではなく、自分と魂を結ぶことで生死の権利をクトーが握る支配の術だ。
魂のみを封じて、他の肉体に移す。
その魂の方に寄生されている状況では不可能に近い上に、その手段を持っているのはクトーではない。
どちらにしても、一度ジョカは死ぬ。
「方法は……!」
考えろ。
この状況を打開する方策を。
魔王の瘴気だけを昇華する。
それが可能であれば、ジョカの魂は肉体に戻る。
「〝祓え〟!!」
効果範囲はジョカの魂のみ。
極小の術式に無理やり聖気を込めた下級魔法。
しかし。
「ダメですクトーさん……! ムーガーン王の……!」
ミズチの言葉に、クトーは即座に魔法を遮断した。
おそらく魔王は、自身の魂のカケラをチタツに込めていたのだ。
そして寄生したムーガーンの肉体が持っていた、属性無効化能力を獲得した。
闇のモノが聖気への耐性を持つことはあり得ない。
しかし、弱点以外の属性を無効化する能力ならば可能性があったのだ。
ーーーどこまでも周到な、魔王の深謀遠慮。
自らの敗北すらも考慮に入れて。
その上で、クトーに対する嫌がらせのためだけに。
『突破してみなよ、クトー・オロチ』
そんな魔王の嘲りが聞こえた気がした。
ジョカを殺す、レヴィを殺す、そんなことは大勢には全く影響しないのである。
完全な魔王を殺すだけの力を単体で持つのは、完全な勇者だけだ。
しかし【ドラゴンズ・レイド】のメンバーが一人でも、戦場で命を落とすのは。
クトーにとって敗北以上の絶望であると、あの魔王は知っている。
「もう……無理なの?」
「諦めるな!」
一筋涙をこぼすレヴィに、クトーは吼えた。
「仲間の命は、諦めない。ーーー仲間の、命は」
クトーは立ち上がり、虚空を睨む。
「その他のありとあらゆる全てに、優先するのだ……ッ!! リュウ! ミズチ!!」
偃月刀を地面に立てて、クトーは仲間たちに呼びかける。
「この大陸の全てから、今すぐトゥスを探し出してこの場に召喚する!!」
魂だけでも救える存在の名を、クトーは仲間たちに告げた。
あの仙人ならば、それが出来る。
今、どこにいるのか……それだけが問題だった。
外へ出ていくのを彼に依頼したのは、クトー自身なのである。
「魔王戦の後だぞ! ミズチの目を破壊する気か!?」
ムーガーンを担ぎ上げたリュウが無茶だ、と怒鳴り返してくるが、すでにそれしか方法が思いつかなかった。
「私はやれます」
ミズチは静かな目でこちらを見ている。
もはや、猶予はほとんどない。
魂が戻らないままであれば肉体は完全に死に、そのまま輪廻の輪の中にジョカの魂が完全に取り込まれてしまえば、手遅れになる。
ーーー自分以外の人間に犠牲を強いるのか。
ーーーだがそうしなければ、ジョカは助からない。
ーーー本当に他に方法はないのか。
ーーーミズチの目が潰れるとは限らない。
ーーーほぼ大陸全域を見るようなことを、今までやらせたことがあるのか?
ーーーだが。
内心で、二人の自分がせめぎ合う。
やれ、とミズチに一言そう言わなければならないのに、言葉が出てこなかった。
「クトーさん?」
「……!」
「ぷにぃ」
そこで、むーちゃんが声を上げた。
風竜が首をもたげてクトーに……正確には、クトーが身につけた聖白龍の礼服に目を向けて。
「ぷにぃ」
何かを語りかけるようにもう一度鳴くと、礼服がポウ、と淡く輝いた。
それは元々、トゥスの盟友だったという聖白龍の肉体であり、むーちゃんの祖先か同胞であり……ぷにおの眷属で在ったモノ。
「ぷにぃ!!」
「むーちゃん……!!」
レヴィが、泣きそうな顔のまま風竜に目を向ける。
魔力が全力で吸い上げられる感覚がして、聖白龍の礼服がますます輝きを増すと同時に、むーちゃんの肉体も緑の燐光に包まれて……燐光が、魔法陣を描きだした。
転移の魔法陣に似ている……が、それは見たことのない形の術式だった。
聖魔法の術式にも、召喚の術式にも近しいそれは、一切無駄のない、しかし複雑に組み上げられたもの。
「神の招来……!」
「何?」
クトーが閃いた答えに、近くまできたリュウが訝しげな声を上げると。
術式が組み上がり、パァン! と弾けた。
そのままシン、と静まり、何も起こらない。
「……失敗か?」
「いや」
クトーは、リュウの疑問に首を横に振った。
そんなはずがない。
魔法は、完全な形で発動したのだ。
「隠れているだけだ。いるんだろう? 翁」
『……やれやれ、嬢ちゃんたちには敵わねーねぇ』
少し険を込めたクトーの言葉に、ゆらり、と目の前の虚空が揺らぎ、青白く透けた小さな獣が姿を見せた。
二股の尾に着流しを身につけた相手は、いつもの皮肉げな笑みを見せてクトーに向けて片目を閉じる。
『そんで、何の用なのかねぇ? 兄ちゃん』
ヒヒヒ、といつも通りの調子で笑ったトゥスが、ふーっとキセルをふかすと、煙が宙に流れた。
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