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少女は、魔獣と相対するようです。


 レヴィは、ジグとミズチに守られながらそれぞれの戦場と慎重に距離を取っていた。


 意識の比重は、クトーとリュウのいる魔王側の戦場に向けている。

 この場所で、レヴィの『するべきこと』は肩の上にいるむーちゃんの安全を確保することだけだ。


 ーーーでも。


 ヴルムの言葉に納得してついてきたものの、自分では追いつけないほど高度な戦闘を目の当たりにして、レヴィは得体の知れない焦燥感を覚えていた。


 ーーーまた、間違ったんじゃ?


 あの場で一人取り残されることになっても、そちらの方が安全だったのではないかという意識が拭えなかった。

 この場では、ミズチとジグは手こそ空いているがそれぞれに戦っている。


 レイドのメンバーを繋ぐ役割を持つ魔導士と、他の仲間たちの戦いを補助するためのゴーレムを何体も操っている人形遣い。


 ーーーこの場でむーちゃんを守れるのは、私しかいない……。


 そのために安全な距離を保っているのだ。

 理屈の上では、今の選択は正しいはずなのに。


 しかし何度否定しても、頭ではなく本能が、今すぐ逃げろと何度でも意識を刺激してくる。


 理由は全く分からない。

 それでもレヴィが戦場を離れようとジリジリと後ろに下がり始めた時に……それは、起こった。


 魔王側の戦局が変化し、ルーミィが反旗をひるがえしたのだ。

 そしてその後、なぜかノリッジとスナップが空中から出てきたのである。


「ノリーーー!?」


 思わず声を上げかけて口をつぐむが、『ぷにぃ?』とむーちゃんが肩の上で声を上げたことで護衛の二人がレヴィの動きに気づいた。


 少しだけ、二人から離れた位置にいるレヴィに、ミズチが不審そうな顔をする。


「レヴィさん? こっちに……」


 と、彼女が真剣な声をこちらに投げたタイミングで。




「どいづもごいづもォオオオオオオオオオオァアahhhhhhhhhッッ!!!!」




 大気を揺るがす怨嗟の咆哮が、チタツから放たれた。


「この俺をナメやがっでえぇええーーーーッ!!」


 半分壊れたような、子どものような喚き声。


「ヌフ。くだらないプライドがズッタズタになっちゃったかなぁ?」

「ジグ。いくら敵とはいえ、それを嘲るのはどうかと思いますよ」

「ミズチはお堅いねぇ」


 二人のやりとりで、レヴィはチタツの癇癪の理由を悟った。


 鉄壁のズメイと変幻自在のジョカ。

 神速のギドラに、王国最高峰とすら呼ばれる剣聖ケイン。


 この4人の殺さない程度の猛攻・・・・・・・・・に生殺し状態にされている……すなわち手加減されているという事実が、耐え難かったのだろう。


 同情はしないが、気持ちは分からないでもなかった。


「ウガァアアアアアッ!!」


 自分の体に爪を突き立てて肉をこそぎながら、黒い血を流すチタツ。


「このクソ野郎! 体に傷をつけるんじゃねぇよ!」


 ギドラの怒鳴り声に反応せず、チタツは口の端から泡を吹きながら肉体をいきなり二倍近くまで膨れ上がらせて……そのまま、弾け飛んだ。


「!?」

「あれは……」

「ヌフ。自分の肉を対価に、魔物を召喚したみたいだねぇ」


 魔物そのものは、即座に戦士たちによって斬り捨てられていくが、それでもチタツが態勢を立て直すだけのわずかな猶予を与える。


「でもあの程度じゃあーーーあ?」


 ジグが、粘っこい笑い混じりのつぶやきを不意に途切れさせた。

 目の前のズメイに襲いかかろうとしたチタツの体が、見覚えのある光に包まれ始める。


 あれは、クトーと出会ってから幾度も目にしたものによく似ていた。


「な!? ミズチッ!」


 ジョカが驚きの声を上げた後に、こちらを振り向いて怒鳴った。


「転移魔法……! レヴィさん!」


 ミズチが声色を変えるのと、チタツの姿が消えるのはほぼ同じタイミング。

 レヴィの本能が鳴らす警鐘が、一気にゾワリと怖気立つような背筋の冷たさに変化する。


「〜〜〜〜〜ッ!!」


 意識することすら追いつかないまま。

 とっさの判断を下したレヴィは、全力で背後に向かって跳ねた。




 ーーーそのレヴィとミズチたちの間に、歪な姿の魔獣が現れる。




「ギャハァ!! ありがてェぜ魔王様ァアアアアッッ!!」


 チタツはギラリと目を光らせて、レヴィに飛びかかってきた。


「クッ!」

「なんて事……〝世界樹の杖よ、縛りたまえ〟!」

「〝土よ、我が意に応えよ〟!」


 ミズチが木のツタを生み出してチタツを縛りあげようとし、ジグがゴーレムの腕を生み出して進路を阻もうとする。


「ゲヒヒ!! どうせ貴様らはこの体を殺せねェだろうがァ!?」


 両手の爪を左右に薙ぎ払ってそれぞれの障害を一撃で破壊したチタツが、レヴィに向かって飛び込むように跳ね、喰いかかって来た。


「ぷにぃ!!」

「このッ……!!」


 レヴィがニンジャ刀をとっさに刃の裏を手で支えながら横に掲げると、魔獣の凶悪な顎がガギッ!! とそれを噛み締める。


 ぷにおによって強化されているニンジャ刀は折れなかったが、レヴィの膂力では支えきれなかった。

 突っ込んできた巨大な質量によってそのまま跳ね飛ばされて、全身を衝撃が襲う。


「グッ!」

「レイレイ!」


 どうにかむーちゃんを胸に抱えたレヴィの揺れる視界に眼下が映る。

 そこにいたケインは瞬速の剣技で魔物を斬りはらい、自分の危険も顧みずにチタツに向かって《破滅の剣(ダインスレイヴ)》を投げ放った。


「ゴブゥ……!!」


 しかし肩を貫かれてなお、チタツは止まらない。

 まっすぐにこちらを見据えて膝をグッと沈める魔獣に、どうにか対応しようとレヴィは風竜の長弓を抜いた。


 他の武器は投げナイフと各種スクロール。

 だが、ニンジャ刀がない状態で双刀が出現するかどうかも分からない上に、レヴィは今のチタツにどんな属性の攻撃が効くのか把握していなかった。


「〝世界樹の杖よ、守り給え〟!」


 跳ねたチタツの突進を緩める為か、ミズチが虚空に障壁を出現させるが魔獣は一顧だにしなかった。


「ガァルゥァアアアアッ!!」


 ジュ、と軽く毛並みの焼かれる音が聞こえた以外は特に効果もなく、障壁が砕かれる。


「こ、の!」


 レヴィは迫ってくる魔獣の鼻先に足を向けて、噛みつかれる前にその鼻を蹴りおろした。

 落下の勢いを利用して逆に足をたわめ、魔獣から蹴り離れて着地する。


「こっちにくるんじゃないわよ!!」


 再び肩にむーちゃんを乗せて、レヴィは長弓を連射した。


 しかし文字通り死に物狂いの魔獣に突き立った矢は破裂せずに、ブス、ブス、と小さく体表を穿つだけで致命打にならない。


 ーーー夢見の洞窟では、頭を砕けたのに!!


 しかし、仲間の支援はそれで終わりではなかった。

 

『親父……いつまで不甲斐ない状態でいるつもりだ……』


 ヒュゥォオオオオオ……という音と共に、背後から凍りつくような細い吹雪が吹き付けて、レヴィの頭上を抜けた。


 凍えるブレス、と呼ばれる氷系の攻撃だが、それを放った相手はムーガーンの本性を封じて後退していたはずの霜の巨人、フヴェルだ。


「あなた……!」


 だが封印に大半の力を割いている巨人の攻撃では、チタツを押しとどめることはできなかった。

 そして滑るように迫る巨人の速度よりも、チタツの方が速い。


「死ィねぇええええエエェぇえええええッッ!!」


 レヴィは、その攻撃を避けきれないと悟る。

 少し勢いを弱めながらも、まだ十分な速さでチタツのかぎ爪が迫るのに対し。


「ッ!」


 レヴィはむーちゃんを掴んで魔獣に背を向け、フヴェルの方へと向き直る。


「お願い!!」

「ぷにぃい!!」


 全力で子竜を投擲しながら、魔獣の気配を背後に感じたレヴィは死を覚悟した。

 だがそれは、自分の判断ミスのせいだ。


 ーーーせめて、むーちゃんだけは!


 子竜が逃げるための時間稼ぎに、あえて自分の命をかなぐり捨てたレヴィの耳に、ズギュ、と肉を抉る音が届く。


 しかし、痛みはなかった。

 衝撃も。


「……?」


 疑問を覚えながら振り返ったレヴィの目に映ったのは。

 腹を貫かれて、背中から魔獣のかぎ爪を生やした誰かの姿。


「ジョカ、さん……?」

「あたら若い命を、むやみに散らすものではないわよ……レヴィ?」

 

 背中越しにそう話しかけてきた彼は、直後にゴブリ、と嫌な音を立てて血を吐いた。

 


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