魔王は、最後の悪あがきをしたようです。
ルーミィの合図と共に。
宝玉の跳ねた先、さらに上空に魔法陣が浮かんだ。
『ノリ……ッ!?』
「転移魔法陣だと……!」
レヴィが風の宝珠越しに驚きの声をあげるのと、術式を読み取ったクトーが呻いたのはほぼ同時だった。
転移魔法は古代文明の技術であり、失われた秘術でもある。
あっさりと行使されたその魔法陣から現れたのは、ルーミィが名前を呼んだ二人だった。
しかし、理由や事情を考えている暇はない。
「「おおうあああああああ!!??」」
こわばった顔で姿を見せた二人の小物は、それでも必死に自分の周りに目を向けて……先に見つけたノリッジが、ミズガルズの宝玉をつかんだ。
「伝達! 瘴気を裂け!!」
それ以上、口にしている暇はなかった。
ノリッジとスナップは、ただの人間である。
補助魔法の守護もなくあの密度の瘴気に突っ込んだら、無事には済まない。
クトーが聖魔法剣化した偃月刀を手に瘴気を祓うために魔王へ迫るのと同時に、周りにいたメンバー全員が動いた。
「ガァアアアアッ!」
「《聖気爆轟》!」
リュウが全身から竜気を変化させた気を全身から放ち、跳ねたユグドリアが聖気によって形成された巨大な槌を何もない空中に向けて薙ぎ払う。
「せぇのぉ……せっ」
相変わらずやる気のない掛け声と共に、ヴルムの聖炎の剣閃が、ノリッジとスナップの落ちる軌道に合わせて瘴気を縦一直線に貫いていった。
「「うひぃいいいいい!!」」
自分の落ちる先で雨のような剣閃が突き抜けるのを見たからか、再び声を上げながらも。
ノリッジの方は、魔王を見据えていた。
「クトー。先ほど、奥の手がどうとか、言っていたが」
女将軍は、部下である二人にさせた以上の無茶を敢行した。
壮絶な笑みを浮かべながら、肩口まで瘴気に侵された自分の腕を……ロングソードで、一息に断ち落とす。
「ルーミィ……!!」
「ッ見ていろ……我が王のために自らを捨てる覚悟こそ、私の奥の手だ!」
ルーミィは左肩のあった場所から血を撒き散らしながら、騎士の忠誠……体の前に剣を立てる姿勢を取ると、自身の剣に命じた。
「ーーー我が身を対価に、地の神よ! 裁きの雷を顕し給え!」
ルーミィの祝詞に、大地の神は応えた。
バチバチバチ、と紅の光を放つ雷が、先ほど鋼の刃が現れたように立ち上る。
そして、地獄の雷撃が彼女の体ごと魔王を穿った。
「グゥううううう……ッ!」
「味な真似を……!」
流石に動きを止めた魔王に、ノリッジが頭上から宝玉を握った拳を叩きつけようと、頭から落ちてくる。
「ああ、姉御のためならァアアアアアッ!!」
「ナメるなァッ!」
ついに笑みを消したサマルエは、未だに雷撃を身に這わせながらも腕を振り上げる。
「がぎゅ!!」
「ノリッジぃ!!」
魔王に手にした宝玉で触れる前に弾き飛ばされたノリッジは、その先にいたスナップに体を受け止められドグシャァ! と地面に叩きつけられた。
そのまま、二人一緒にゴロゴロと転がっていく。
宝玉は、ノリッジの手を離れて再び上空に放り出されていた。
「くだらない悪あがきだったなぁ!! 〝圧し潰せ〟!」
「それ、は、……!!」
どうかな、と声のない言葉を呟きながら、サマルエが宝玉を砕こうと闇の圧縮魔法を放った腕を、ルーミィが剣で突き立てる。
すんでのところで効果範囲を逃れるミズガルズの宝玉を見て、全身を焼かれながらもルーミィが笑った。
「クハハ……」
「このっ……!」
「ガッ!」
サマルエが彼女の首を掴んだ瘴気の手に力を込める。
男よりは細く白い首を折られかけて、剣から手を話したルーミィがそのまま魔王の腕を掴んだ。
ーーーそこにセンカが飛び込む。
「《炎華繚乱》ーーー」
彼女は、一切ノリッジたちやミズガルズの魂を見ていなかった。
ルーミィの従者である彼女は。
あくまでもただ一人、己の主人のために動いていた。
連撃が、魔王の肉体を叩くが、しかしただの炎の気による連撃では異形と化した相手への致命打にはならない。
「ーーー灰の一刀!」
「無駄だね!!」
大剣で連撃を捌き切られて、最後の一撃も不発に終わるかに見えたが……最後の一刀は、ルーミィの体を拘束していた瘴気の腕を引き裂いて彼女を解放した。
「タネが割れた手品で、小賢しいなぁ……!」
「……!」
ルーミィを抱きとめたセンカは、サマルエが叩きつけた剣を黒白の双刀で受けてそのまま吹き飛ばされる。
「……焼きます。ご容赦を」
「グッーーー!!」
なんとか転がらずに着地したセンカは、ルーミィの血が止まらない腕の傷に手のひらに発生させた炎を押し付けた。
抱き合うような姿勢で、女将軍は従者の背中に回した右手に力を込めて苦痛に耐える。
魔王が2人に気を取られていた隙に、クトーはミズガルズの宝玉を手にしていた。
ーーーこれほどの好機はもうない。
クトーは、決死の覚悟でルーミィの作り出した機会を無駄にするつもりはなかった。
ーーーヴルム、ユグドリア。
駆け抜ける勢いのまま低く身を沈め、サマルエの懐に潜り込む。
当然、相手はそれを防ごうとこちらに目を向けるが、そこにヴルムの聖炎とユグドリアのハンマーが襲いかかった。
剣閃を瘴気の盾で、ハンマーを尾で受けて。
ーーージグ、ルー。
魂の繋がったレイドのメンバーは、誰一人としてその状況に遅れることなく動く。
ジグの生み出したゴーレム群が魔王の両足にまとわりつき、ルーが、女将軍の剣が刺さったままの片腕をドリルで貫いて吹き飛ばす。
それでもなお、目線と大剣をこちらに向ける魔王の瞳には執念が浮かんでいた。
ーーーリュウ。
最後の呼びかけは絶対的な信頼を置く相棒に投げて、クトーは宝玉を空中に放り出す。
視界の左側から迫る必殺の攻撃は、リュウの大剣が軌道に侵入してこちらには届かなかった。
白い外套の裾をひらめかせて体を捻り込み。
シャラン、とメガネのチェーンの音を響かせながらバネのように弾けて、逆手に持った偃月刀の柄尻を真っ直ぐに魔王の胸元に向けて貫いた。
「ーーー終わりだ」
投げた宝珠を、柄尻に押されて先ほどリュウが放った掌底と同じ軌道で叩きつける。
ミズガルズの魂を封じた宝珠が割れ、スゥ、と肉体に魂が吸い込まれた。
「グッ……」
『随分と好き勝手してくれたが、肉体を返してもらおう』
解放されたミズガルズの魂とせめぎ合い、体を折ったサマルエが動きを止める。
本来ならば、魔王と人間の魂が拮抗することなどないだろうが、その宝珠に秘められているのは神にも等しい竜の力だ。
肉体から半ば、サマルエの魂が押し出されたことでミズガルズの肉体が元に戻り始めていた。
「ーーー〝其は邪悪なり。女神の名の下にひれ伏せ〟」
そこでダメ押しのように、ニブルが再度聖拘束魔法を発動した。
「クフ……やるね、クトー・オロチ……だけど」
勝敗は完全に決したこの段に至って。
魔王は、ニィ、と口の端を吊り上げた。
「本来戦場を見渡すべき君が、こんなところにいるのは、いただけないな」
「何……?」
サマルエの言葉と共に、発動したのは転移魔法。
ーーー逃げる気か。
そう思ったのは一瞬で。
魔法陣の展開を見て、クトーは大きく目を見開いた。
「ーーー!!」
「失態だね。後悔するといいよ」
ミズガルズの肉体から弾き出された魔王は。
離れた場所で戦っているチタツに対して、転移魔法を発動した。




