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女将軍は、自らの王を取り返そうと奮闘するようです。


「おや、裏切るのかい?」


 さらに変異した魔王は、ニブルの聖拘束魔法を押し返しながら、二股に分かれた尾を脇の下から伸ばしてルーミィを貫こうとした。


「おかしな事を訊く。先に裏切ったのは貴様の方だろう?」


 ルーミィはあっさりと、その尖った尾の先を斬り飛ばした。

 そして、紅を引いた唇に不敵な笑みを浮かべる。


「契約を反故ほごにした。我が王の肉体を瘴気で犯したのだからな」

「そうだね。でも……」


 サマルエは、聖気によって薄まった瘴気の盾を再び濃縮した。


「僕に歯向かって、この体が取り返せるのかな?」


 踏ん張るユグドリアを押し返しつつ、同時に大剣を引いたリュウに蹴りを見舞って防がれた魔王は、すでに人のものではない目でルーミィを凝視する。


 爛々(らんらんと光る赤い瞳孔に漆黒の白目。

 そこに嘲るような色を浮かべながら、ルーミィに告げる。


「君、センカより弱いじゃない?」

「そう思うのなら、貴様の目は真実の意味で節穴だな」


 黒鎧の女将軍は、細身の黒いロングソードを切り払った姿勢で構えたまま、逆の手を腰に伸ばした。

 サマルエは再び尾を伸ばそうとするが、リュウに掴み取られた。


「邪魔だよ、リュウ・リン」

「あいにくと、空気が読めなくてなァ!」


 魔王が、再び剣を突き立てようとするリュウに対応する間に、ルーミィはカバン玉に触れた。

 

 そこから引き抜かれたのは、純白の柄を持つショートソード。

 彼女が大きく腰を落として翼のように両腕を広げて構えると、センカによく似た空気を放ち始める。




「いい事を教えてやろう。あの子に剣を教えたのはーーー私だよ、魔王サマルエ」




 言葉と共に戦意を全身から吹き上げ、両手の剣に土の気を通わせたルーミィの髪色が変わる。


 艶めく黒から、土の色である黄金色に。

 北の大地に住まう女性としてはごく一般的であるはずのブロンドの髪を含めて、その全身が同じ色の燐光を纏う。


 戦女神のごとき光輝に包まれて、ルーミィがつぶやいた。


「《百華繚乱(ヒャッカリョウラン)》ーーー」


 ルーミィの姿が搔き消える直前に、リュウとユグドリアが飛び退く。


 ギリギリ、クトーの目でも追いきれる速度で繰り出されたのは、実に16連撃。


「はは、無駄だよ無駄っ!」


 それでも、楽しそうな魔王は大剣と瘴気の盾、二股の尾に翼までもを駆使してルーミィの連撃を防ぎ切った。

 しかし、彼女の攻撃は終わりではなかった。


 最後の一撃を防がれた、と見えた彼女は、両手の剣を交差させて魔王の大剣をグッと下に押し込み。


「ーーー(セン)太刀(タチ)


 足元の地面に、土の気を走らせた。

 瞬時に周りの地面から無数の鋼の刃が形作られ、それらが一直線に魔王に向けて突き立って行く。


 が。


「これが、君の限界だよね? 北の将軍ルーミィ」

「……」


 生み出された刃は、一つも魔王の体を貫かなかった。


 魔王の体スレスレをかすめたそれらが、剣山の中に閉じ込めるように檻を形成している。

 少し動けば斬れる状態ではあるが、むしろ魔王は笑みに嘲りの色を強めた。


「君には、ミズガルズを傷つけることはできない。粋がったところでそれまでだよ」

「そうか」


 ルーミィは、白のショートソードから手を離した。

 カラン、とそれが地面に跳ねるのと前後して、袖口に手を入れた彼女が人差し指と中指で宝玉をつまみ出す。


「それは……」

「この宝玉こそ、我が王の魂だ。そろそろ、その中身の醜悪さで無様を晒す御姿は見飽きた……これを押し付け・・・・・・・れば貴様は弾き・・・・・・・出されるんだろう(・・・・・・・・?」


 喰らえ、と手のひらに落とした宝玉を眼前にある魔王の胸元に押し付けようと、ルーミィが腕を伸ばすが。


「なるほど、それで」


 宝玉が胸に触れる前に、魔王が持つ瘴気の盾がぐにゃりと形を変えた。

 腕のような形になって長く伸びた瘴気が、ルーミィの左腕をグルグルとひねり上げて、そのまま全身に巻きついていく。


「グゥ……!」

「いやぁ、惜しかったねぇ!?」


 魔王は全身から放つ瘴気の圧を強めて、すぐさまルーミィを助けようとしたリュウとユグドリアを牽制した。


 同時に、檻となっていた刃が瘴気によって腐食して崩れ落ちる。

 サマルエは即座に、背後から剣閃を飛ばそうとしたヴルムに向けてルーミィを掲げた。


「チッ。メンドクセェ……」

「〝狂気に舞え〟!」


 剣閃を飛ばすのを諦めて再び移動を始めたヴルムに、魔王はいくつかの瘴気弾を放つと高らかに嗤う。


「アハハッ! ほーら、君たちの企みは無駄だったよ! 〝吹き飛べ〟!」


 そのまま盾がわりにルーミィをこちらに掲げつつ、サマルエはニブルの聖拘束魔法を完全に破った。

 光の貫通呪文を放つタイミングを逃して、クトーは鼻筋にシワを寄せる。


 ーーー何を考えている。


 そうクトーが疑問を持ったのは、魔王に対してではなかった。


「このまま君も瘴気に侵されて魔物(僕の操り人形)になりなよ!」

「すまないが、他の男に目移り出来るほど器用ではなくてな」


 ルーミィは、これ見よがしに自分の頬を舐めあげようとするサマルエの舌を、首を傾げて避けた。


 ーーーまだだ、クトー。


 盾にされた彼女の目は、雄弁にそう語っていたのだ。

 締め上げられている左腕に筋が浮くほど力を込めて、どうにか宝玉を取り落とさないようにしているように見える。


「まだ何かするのかい? 悪あがきはやめて、おとなしく人質になればいいのに」


 これはもらっておくから、と魔王がルーミィの首を掴んで、逆の手で左手の宝玉を奪おうとする。

 同時に、じわじわと左腕から彼女の肉体が瘴気に染められ始めた。


「〝清めろ〟!」

「無駄だよ、クトー・オロチ」


 浄化の魔法を放つが、強固な瘴気に阻まれて効果がルーミィまで及ばない。


「グゥゥ……だが、あいにくと、死ぬ覚悟はすでに、出来ている……!」


 首を掴まれたルーミィは、顔を歪めながら指先だけで魂の球を弾いた。

 上空へ高く跳ね上がった宝玉に、全員の視線が集中する。




「ノリッ、ジ、スナッ、プ!」




 そのタイミングでルーミィが呼んだ名前は、予想外の相手だった。

 

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