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おっさんは、女将軍へある物を託すようです。


 前衛のリュウとユグドリアが、魔王に仕掛けた。

 クトーとニブルは、その間に強化魔法を行使する。


「〝(みなぎ)れ〟」

「〝祝福を〟」


 クトーが身体強化魔法を、ニブルが武器に聖属性を付与する魔法をそれぞれに掛けると、サマルエは軽く目を細めた。


「なかなか手強い布陣になってきたねぇ。逃げようかな?」

「逃すとーーー」

「ーーー思うか?」


 魔王の軽口に応えながら、ユグドリアが跳び上がってハンマーを頭上から叩きつけ、リュウは大剣を連続で突き込む。


 サマルエは体を開いてハンマーを避け、突きに対しては小さな円を描くように得物の刃先を動かして左右に捌ききった。


 その背後に回り込んだヴルムが、音もなく剣を振るう。


「……」


 彼も強化魔法の影響を受けており、普段よりもさらに鋭い炎と聖の両属性が込められた剣閃が飛んだ。

 

「残念だけど、視えて(・・・)るよ?」


 しかし魔王は背後からの一撃に対して、ゆらりと紫の光を揺らめかせる。

 羽織っていたマントが瞬時に変質して尾を形成すると、飛来した三日月型の斬撃を打ち払った。


「逃してくれないかぁ……なら、そろそろ本気になろうかな」


 ざわり、と背筋が怖気立つような狂喜の笑みと共に、魔王の姿が変異する。

 

 ーーーアレは不味い。


 クトーは軽く眉根を寄せると、コートのポケットから発される熱を感じた。


 ミズガルズの魂を封じた宝玉。

 その熱に怒りを感じたクトーは、そっとコートの上から中身を押さえた。


「……分かっている」


 しかし宝玉は、熱を収めなかった。


 ーーーいい加減我慢ならん。


 そう明確に主張する宝玉に混じっている怒りの種類は、様々に入り混じっている。


 自分に従う者たちが、自分の不甲斐なさゆえにいいように利用されていることに対しての怒り。

 その状況に、自分の力で何も対応できない現状に対する怒り。

 この現状で自分を見捨てようとしない、【ドラゴンズ・レイド】やルーミィらに対する怒り。


 ーーー肉体を殺せ。

 ーーー魂を砕け。


 苛烈の王は、自らと共に魔王を滅することを望んでいる。

 が、それは他の全員の気持ちを踏みにじる行為だ。


 たとえそれが困難な状況を打破する最も有効な解決策だとしても、クトーはその手段を取らない。


「いいから見ていろ。必ず肉体は取り戻す。……誰一人欠けることなく、だ」


 クトーは、ジグとルーに手振りで合図を出した。


 センカがサマルエの支援に入ろうとする動きをゴーレム群が壁となって阻み、ルーが真正面から挑みかかる。


「どこまでも邪魔な人形ですね……」

「命令ですかラ。それに個人的に、あなたも気にくわないのデ」


 二本のドリルと双剣が火花を散らすのを横目に、クトー自身はルーミィへと仕掛けた。

 下から斬り上げる偃月刀を黒い大剣で防ぐ相手に、小さくささやく。


「いいのか? 変異を許せばミズガルズ王の肉体が瘴気に侵され切るぞ」

「言っただろう? 約束を破れば喉笛を噛み千切る」


 言葉こそ強いが、彼女の目線はクトーに疑問を投げていた。

 

「……」


 斬り合いながら、ルーミィの書状の内容を思い出す。


『クトー・オロチ。信頼に足る存在として、貴様へ宛ててこの書状をしたためた』


 女将軍は決して無理をしない。

 押しては引き、こちらに隙を見せないように動いている。


『我が王は、王城に侵入した魔王サマルエによってその肉体を奪われた。そして我らに、かの魔王は王を人質に服従を要求してきた』


 だが、クトーが誘導したい方向へと彼女を導き、逆にさらに良いと彼女が感じているのだろう方向へと誘ってくる。


『我らに、王の肉体を取り戻す術はない。だが、従う限りにおいて王を害しないという約束を取り付けた』


 その動きの間に、クトーはさりげなく熱を帯びた宝玉を取り出し、掴みかかるように見せかけて、彼女の手の中へと滑らせる。


『誰かを人質に取る。が、人質は無事に返そう。その上で、もし王を取り戻す手段を思いつくのならば協力を要請したい。もし無理であれば、王をしいせ。私には出来ん』


 ルーミィはしっかりとそれを受け取り、ほんのかすかに首をかしげる。


『その時は、我らも諸共もろともに殺すといい。我が王は、我らの殉死じゅんしを怒るだろうが……王亡き世に生きるつもりは、ミズガルズ王に拾われた時から、ない』


「……自分でやれ」


 クトーのささやきに、それが王の魂そのものである、と彼女は把握したのだろう。

 ほんの一瞬だけ歓喜の笑みを浮かべてから、袖口の膨らみに彼女が宝玉を落とし込んだ時。


 クトーらはもう、魔王の間近に迫っていた。


『センカは私が拾い、私を主人と仰いでいる。私の王に対する気持ち同様に、私が死した後に生きるつもりもないだろう。……しかし、貴様なら』


 その後に続いた言葉は、クトーの信念をしっかりと把握している者の、皮肉だった。


『どうせ我ら諸共、救おうとするのだろう? ーーー規格外の、雑用係』


 ーーーその通りだ。


 クトーが心の中で応じると、ルーミィが初めて瞳の中にギラリと本気・・を見せる。


「……感謝する」

「ニブルッ!!」


 その声に重ねるようにクトーが声を張り上げると、戦況を眺めていた有能なギルド長は正確にこちらの意図を読み取った。


「相変わらず、どこまでも甘い男だーーー〝其は邪悪なり。女神の名の下にひれ伏せ〟」


 ニブルが発動したのは最上位聖魔法の一つであり、瘴気に対して絶対的な拘束力を発揮する調伏魔法だ。

 ズン、と音を立てるがごとき密度で天から注いだ聖なる光が、魔王の体を上から押さえつける。


「へぇ……!!」

「好き勝手にやり過ぎましたね。そろそろくたばるといいですよ」

 

 感心したように声を上げた魔王は、裂帛の気合と共にさらに変質する。

 濃縮した瘴気がミズガルズの肌の色を深い褐色に染め上げ、額から二本、ねじくれた漆黒のツノが現れた。


 マントは完全に悪魔の翼へと変質し、尾もさらに長く伸びる。


「ッラァ!!」

「ハァッ!!」


 聖なる魔法の影響を全く受けないリュウとユグドリアが左右からそれぞれに叩きつけた一撃を、魔王は瘴気の盾と大剣で防ぐ。


「ルーミィ!」


 クトーは叫んでから、横に跳んでそのまま魔王の背後に回り込んだ。


「魔王サマルエ!!」


 逆にその場で身を翻したルーミィは、黒い剣をはしらせて、そのまま魔王に斬りかかる。




「我が王の肉体ーーーいい加減に返してもらおう!!」



 

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