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おっさんは、援軍を得て状況を再編するようです。


 ーーー魔王の胸を撃ち抜いた一撃。


 その攻撃にリュウが使用したのは《昇華の咆哮》と呼ばれる聖属性の固有スキルだった。


 邪悪な魂や瘴気より生まれ落ちたモノを浄化し、輪廻の輪へと還す技であり、死霊などの実体を持たない魔物に対して絶大な効果をもたらす。


 聖職者が使う上位昇華魔法に引けを取らない浄化の力を、リュウは直接サマルエの魂へと叩き込んだのだが……。


「……残念♪」

「何ッ!?」


 魔王は、ミズガルズの体から弾き飛ばされていなかった。


 狙い澄ました一撃の直後で動けないリュウの肩口に、瘴気を纏った大剣を突き立てる。


「ガッ……!!」

「これでおあいこだね!」


 リュウを蹴り離した魔王は、口の端からつぅ、と血を流しながら嘲るように嗤った。


 攻撃は確実に命中している。

 にも関わらず、なぜ……という疑問の答えは、魔王自身からもたらされた。


「魔王と勇者の関係は相似だよ、リュウ。魔王が勇者の魂を犯せないように、勇者もまた、魔王の魂には干渉できない」


 そのまま、左手に瘴気を集めながら喉を鳴らす。




「ーーーなぜ、自分だけが優位だと思ったんだい?」




「ッ!」


 舌打ちして肩を押さえるリュウを、センカが背後から襲おうと構えを取った。

 しかし、その動きはクトーが捉えている。


「〝揺らげ〟」


 偃月刀を軽く振り、陽炎の補助魔法を使ってセンカの視界を塞いだ。


 相手の視界を軽く揺らがせる、ただそれだけの魔法だ。

 クトーは魔王に向かっていた進路を少しだけ変え、彼女の脇をすり抜けざまに、逆刃に返した偃月刀で軸足を跳ね上げてバランスを崩させる。


「……!」

「大人しくしていろ」


 リュウの一撃が決まっていれば、そのままミズガルズの魂を肉体に戻して終わるはずだった。


 ーーーだがこちらも、そこまで上手く事が運ぶとは思っていない。


 予定外、想定外の状況であろうとも、まだ対処不可能な事態ではなかった。

 元々、予測が外れようとも動けるように、と【ドラゴンズ・レイド】とともに戦歴を重ねて立ち回ってきた自分である。


 まだ、致命的な事態ではない。

 クトーはそう判断した。


 リュウのケガは多少肉を裂いているが浅く、それよりも厄介なのは瘴気の影響のほうだろう。

 腐食した肉が黒く染まり、再生を阻害しているようだった。


「〝清めろ〟!」


 クトーはリュウの肉体に浄化の魔法をかけながら前に出た。


「次は君が相手かい? クトー・オロチ。楽しませてくれるかな?」

「……」


 サマルエが、左手に瘴気を溜め始める。

 挑発を黙殺したクトーは、怨嗟(えんさ)の気配をその瘴気に感じ取った。


 また、広範囲を巻き込む瘴気の波が来る。


 クトーに無視されたのをまるで意に介した様子もなく、魔王は瘴気の影響が消えるのを待って肉体活性で傷口を再生し始めたリュウに話しかけた。


「ーーー〝嘆け〟」


 魔王の腕の軌跡に従い、再び瘴気の津波が湧き立った。

 護れ……そう、クトーが口にして防御結界を張る前に、誰かが自分の前に割り込む。


 自分よりもさらに長身で、全身鎧を身に纏った彼は。


「ズメイ?」

「《泰山(たいざん)》!!」


 大楯の突端を地面に突き立てて自分の正面に置いたズメイは、両手でその持ち手を握って、軽く腰を落とした。


 頼もしい巨体が濃密な土の気に包まれる。

 さらに、背後から冷酷にすら感じる静かな口調で呪文が響いてきた。


「〝祓い清め、護り給え〟」


 強固な《土》の防御力を発揮するズメイに、聖結界の最上位魔法が重ねがけされて防御領域がさらに広がった。


 どっしりとその場に留まり、ズメイは一切動くこともなく迫る波を受け止めた。


 正面から彼にぶち当たった瘴気の波が引き裂かれて左右に割れるのを確認して、クトーは話しかける。


「持ち場を離れたのか?」

「一応、デカイ敵は倒してから来たスよ。こっちのがヤバそうってヴルムさんが判断したんス」


 デカイ敵、というのは先ほど魔王が召喚した魔物のことだろう。

 クトーはうなずきながら、今度はズメイの防御スキルを補助した相手に目を向ける。


 金髪碧眼の美男子が、そこにいた。


 神経質そうに常に眉をしかめている男は、白いラインの入った精緻な意匠のローブを身につけて賢者の杖を掲げている。


「ニブル……」

「私もいるわよ?」


 相手の名前をつぶやくクトーの近くを駆け抜け、瘴気の波に対して突っ込んでいったのは、淡い黄色い光で守られたショートカットの女性。


 洒落た紫の貫頭衣と細身のズボンの上に聖騎士の軽装鎧を纏ったユグドリアは、手にしたハンマーを魔王に叩きつけた。


「魔王さん、お相手してくださる? あなたの手駒に仲間を殺された恨みは、まだ忘れてないの」

「ごめん、そんなことはたくさんありすぎて覚えてないな」

「構わないわ。こちらこそ、執念深くてごめんなさいね?」


 瘴気の波が去った後、ズメイがそんなやり取りをするユグドリアの援護に向かう。


 クトーはその間に、状況を再度確認した。


 センカを再びルーとジグのゴーレムが相手にしており、ルーミィに対してはケインとヴルムが挑みかかっているのが見える。


「レヴィは……」


 ーーー後ろにおるようじゃの。ジグとミズチの近くに姿が見える。


 ルーミィの相手をしているケインが、繋がっている意識越しに疑問に答えてくれた。

 そしてギルド長である回復魔導師ニブルが、ゆっくり進み出て横に並んでくる。


「話を最後の少しだけ聞きましたが……つまり、アレの魂を吹っ飛ばすのが勇者以外の存在であれば問題ない、ということですね?」

「だと思うがな」


 ユグドリアとズメイも、数度魔王と打ち合ってから飛びすさって来る。

 彼女も話が聞こえていたようで、軽く眉を上げながら会話に入ってきた。


「心配しなくても、聖の力を操る人間がこれだけいれば一撃くらいは入るんじゃないかしら?」


 そこで、体を修復したリュウが首を回しながらクトーのそばに来ると、ニブルが感情の浮かばない目を向ける。

 

「相変わらず、暴走するだけ暴走して肝心なところで役に立たないようですね、リュウ」

「うるせぇな!? クトーだって止めなかったんだから、誰も気づいてなかっただろうが!!」

「それはその通りだが」


 俺のせいじゃねぇ、とニブルに反論するリュウに、クトーは銀縁メガネのチェーンをシャラリと鳴らしてうなずく。


「お前が締め切れなかったのも事実だろう?」

「全くっす。あー、めんどくせぇ。リュウさん、なんで来る前に始末しといてくれねーんすか……」

「出来てたらやってると思うスよ」


 ルーミィとセンカが魔王のそばに移動したのを見て、一旦引いたヴルムの嘆きにズメイが答える。

 リュウはそのやりとりを聞いて、額に青筋を浮かべた。


「テメェらシバく。後で覚えとけよ」

「何でっすか?」

「ちょ、理不尽じゃないスか!?」


 リュウは二人が声をあげるのに答えず、クトーに向けてぼそりと告げる。


「……せいぜい足止めするから、その間にどうにかしろよ頭でっかち」

「それが人に物を頼む態度か?」

「レイドのリーダーは俺だろうが!」

「お前は知らんようだが、普通、丸投げを命令とは言わんのだ」


 いつもの軽口、いつもの皮肉。


 だが、リュウの差し出した拳にゴン、と自分の拳を打ち合わせて了承の意思を示すと、それ以上何も言わずに彼は再び魔王に挑みかかった。


「ユグドリア、ヴルム。リュウの援護を」

「ええ、任せて」

「俺っすか……無理しねーっすよ?」


 ダルそうなヴルムの返事に、クトーはメガネのブリッジを押し上げた。


「それでいい。ズメイは、チタツの相手をしているギドラとジョカを援護しろ」

「こっちはいいんスか?」

「ユグドリアとニブルがいれば、どうにかなる」

「了解ス」


 クトーは次に、こちらを囲むようにゴーレムを展開したジグとルーに思念を伝えた。


 ーーー2人は遊撃を。直接魔王の相手はせず他の2人に対処してくれ。

 ーーーヌフ、分かったよぉ。ルーもね。

 ーーー仰せのままに、マスター。


 最後にケインは、愛剣を握り直しながら真っ白なアゴヒゲを撫でる。


「ワシはどうすれば良いかのう?」

「ケイン元辺境伯も、チタツをお願いしてよろしいですか? ーーー誰も死なないよう、向こうを指揮していただきたい」

「ふむ」


 魔王に集中するために、ケインに信頼とともにそれを託すと、彼はほほ、と軽く笑ってズメイを追った。


 ーーー正念場だ。


 クトーは静かに呼吸を整えて、まだ一度も余裕の表情を崩さずにリュウとやり合うサマルエを見据える。


「三度目はない。……これで、終わらせる」


 

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