少女は、おっさんのいる方に戻るようです。
「別に全部一人でやれとは言わねぇ。足止めとトドメ、どっちやる?」
問いかけに、レヴィは相手と自分の実力を鑑みて即座に答えた。
「足止め」
「よし」
「でも、どういう風の吹きまわしなの? メンドくさがりのあなたが、珍しいじゃない」
それぞれにコングを見て機をうかがいながら、レヴィは尋ねた。
ヴルムが何か物を教えてくれる機会なんて正直そうそうない。
しかし、彼の答えはブレないものだった。
「お前が成長すりゃ、俺がフィニッシャーやらなくて済むだろ? メンドクセェの、嫌いだからよ」
コングに宿った影の魔物が、闇魔法を行使して自分にまとわりついてくる砂を瘴気で黒く染め上げるたのを見た瞬間、二人は動いた。
影のようにヴルムが音もなく足を前に踏み出し、レヴィは大きく回り込むように双刀を両脇に引いて駆ける。
「そこで止まっとけ」
ヴルムが言いながらズメイの前に出て炎の刺突を放ち、自重を思い出したように崩れ去る砂の間を射抜く。
腕で払ったものの毛並みを焼かれたコングが喉を鳴らして、剣闘士に意識を向けた。
足元に近づくレヴィには尾を放ってくるが、意識をヴルムに裂きながらの攻撃は速いが狙いが甘い。
避けて足元にたどり着くと、【弱点看破】のスキルを発動する。
淡く輝く線がコングの足の上にうっすらといくつか現れたのを見て、レヴィは左半身を前にして踏み込んだ。
「セェッ!」
炎の刃による連撃が、青い毛皮を焼きながら肉を断つ。
予想通りに硬く入りは浅い手応えだったが、筋には届いた。
ガクン、と姿勢を崩したコングに、まるで散歩でもするようの足を止めずに近づいていたヴルムが直接闘剣の刃を突き込む。
「ーーー《紫炎》」
濃縮した炎の気が紫に染まって瞬時に毛皮や肉を灼いて、刃はバターでも斬るようにコングを貫いた。
硬直したコングの全身を、少し間を置いてから紫の炎が包み込んで、食事で焼いたものとは違う嫌な肉の臭いを放ちながら白煙を周囲に撒いた。
コングの肉体ごと、憑依していた影の魔物までもが絶命し、倒れこむ。
「……これ、私が参加する意味あったのかしら」
「俺の手間が減る」
一撃で仕留めたヴルムに思わず疑問を口にすると、彼はあっさり答えて次に空中の猿魚に剣閃を放った。
強大な魔物たちが即座に殺されたのを見て、ついに魔物の残党が蜘蛛の子を散らすように周りから離れていく。
「お疲れス。ヴルムさんなんだかんだ言いつつ面倒見いいスよね」
「あ?」
ヴルムが剣を振って、刃についた肉の煤を払いながらメイスを担いだズメイに目を向ける。
「何の話だ?」
「今からクトーさんのトコ行くんスよね? 本当にめんどくさいなら、ダラダラ魔物相手にしてた方が楽じゃないスか?」
ズメイの問いかけに、ヴルムは鼻を鳴らした。
「お前よ」
「うス」
「丘のほう、クトーさんが直接指揮してやり合ってんなら人手がいるだろ。使う人間が増えりゃ増えるほどあの人強ぇんだからよ」
周りに魔物がいなくなったからか、ヴルムは剣を腰の鞘に収めた。
「さっさと行きゃ、その分このメンドクセェ状況が早く終わって帰って寝れる」
「そっスか」
ズメイは、彼の発言を否定せずに苦笑した。
「まぁクトーさん、遠くから魔法ぶっ放して敵潰すのは得意スけど、一人だとちょっと弱いスもんね」
彼が話す間に、レヴィの周りに再び残ったゴーレムが集まって円陣を組む。
むーちゃんが先ほどからそのゴーレムたちを見ては周りに目を向けているのは、もしかしたらバラウールを探しているんだろうか、と思いながら。
「クトーが弱いとか言えるのあなたたちくらいよ、多分……」
レヴィはそこはかとなく納得がいかないことを口にしてみた。
そもそも、どう見てもAランクの魔物を二人がかり……レヴィを加えれば3人がかりとはいえ、即座に始末するような連中なのだ。
「別に、クトーさんがタイマン弱いからってナメてるわけじゃねぇ」
ヴルムはレヴィの発言をどういう意味に取ったのか、ポケットに両手を突っ込んで丘の方に向かって歩き出した。
「俺は、あの人がいりゃ自分でなんも考えなくていいからレイドにいんだよ。……死なれたらメンドクセェし、考えるのもメンドクセェ」
「だからさっさと助けに行くんスよね?」
「おー」
やる気のない半眼の男を盾を持った手で示しながら、フェイスガードを上げたハゲ頭のズメイがレヴィを見る。
「レヴィ、行くスよ」
「あ、うん……でも」
クトーには、魔物を始末しているレイドの残りの面々と合流しろと言われていた。
丘に戻るのは、むーちゃんの安全の面でもしてはいけないことの気がするが。
「どうせ、他の奴らと合流したところであいつらも丘に来る」
ヴルムが、言いながら王都の方を親指で指した。
そちらに目を向けると低い角笛の音が鳴り響き、遠目に見える両開きの門が重々しく開き始める。
「王軍の出兵スね。向こうはもう任せといて平気スからね」
「レヴィはなるべく後方にいろ。念の為な」
この場にとどまっていても、ヴルムたちがいなくなればまた魔物に襲われるかもしれない。
どう動いても危険があるなら、彼らについていくのが一番安全なように思えた。
もともとこの二人は、レイドの中でも上位の存在なのである。
「……物を考えるのって、本当に難しいわ」
まだまだ勉強しなければいけないことがいっぱいあるのに、ちょっとウンザリしながら。
レヴィは、二人の後をくっついて戻り始めた。




