おっさんは、思わず本音を漏らすようです。
ーーーリュウが手こずっているのは、魔王を殺すよりもミズガルズを救う方を優先しているからだろう。
クトーは戦闘が長引いている理由を、そう読んでいた。
先ほどチラリと見た彼の姿は、ミズチの未来視の力を借りてはいてもまだ最終形態には達していない。
本当にケインが気遣われるほどに腕が落ちているとすれば、そもそもリュウが戦わせ続けるはずもなかった。
あの幼なじみは、クトーよりもはるかに身内に甘い。
本人にそう言うといつも『お前ほどじゃねぇ』と喧嘩になるのだが。
サマルエのほうも、今はまだ遊んでいるだけだろうことは分かっている。
奴は、こちらが困難に直面するのを愉しんでいるのだ。
「手数が足りているうちに、仕掛ける」
クトーがルーミィを鋭く見据えながら言うと、彼女が嘲るような笑いを浮かべた。
「自信があるようだな?」
軽く腰に手を伸ばし、何かに触れたルーミィはすぐに手を離す。
それを見ながら、クトーは頭を回転させた。
リュウが本気になる前に……あるいは魔王が飽きて本気にさせられる前に、動かなければならなかった。
奴の勇者としての最終形態である真の人竜形態は、意識的にもタガか外れてしまい、肉体的な面においても手加減が利かない。
今の状況が続くならば問題ないが、魔王の本気がどの程度かが分からないのだ。
力を取り戻している、というのならば以前相手にした時よりも強大である可能性は捨てきれない。
クトーはルーミィと同様に腰に手を伸ばすと、コートのポケットにあるカバン玉に触れて風の宝珠を起動した。
「総員」
呼びかけながら足を軽く滑らせて、正面にいるルーミィらに対して左半身になる。
そして、偃月刀の柄尻を斜めに地面に突き立てた。
ガッ、と硬いものが刺さる音が鳴った後に、左手を大きく振ってまっすぐルーミィらへ向ける。
「指示に従え」
視界の先で、ギドラとジョカが反応を見せる。
チタツのそばを大きく跳び離れて、どちらも一瞬だけこちらに目線を向けた。
「ジグ。動けなくなってもいい。ゴーレムを全て出せ」
「わかったよぉ」
「ルー」
「はイ」
「ゴーレム隊を使い、ルーミィとセンカを押さえろ。援護はする」
「従うんだよぉ?」
「了解でス、マスター」
「ケイン元辺境伯は、ルーを援護してくださいますか」
「ほほ、よいぞ」
クトーは、全員に指示が行き渡ったのを確認する。
自分の出した、ケインと敵以外に伝わるボディサインまで含めて。
それは『刃の向く先に戦場を誘導しろ』という合図だった。
標的は先ほど口にした通り、チタツの方角……ではなく。
リュウと魔王がやりあう戦場だ。
「勝利条件は二人の王の身柄の確保だ。ーーーこれより、作戦行動を始める」
「ヌフ。いつものやつだよねぇ?」
「クト坊以外が口にしたら下策と言われるアレじゃな」
規律を伴う乱戦。
それが、クトーの最も得意とする戦術だった。
内容は、レイドにとっては馴染み深いものだ。
ケインもそれを知っている。
「レイドの面々を動かすには、これが一番確実なのです」
【ドラゴンズ・レイド】の戦術指揮を取る際に、クトーは手堅い方法を選ばない。
昔からクトーの考えを外してくるのは、敵ではなく相棒であるリュウやパーティーメンバーであることが多かった。
予想外の理由で、予定にない動きをする相手に堅実さを求めるのは愚の骨頂だといつしか悟り。
クトーは、その予想外を想定に入れて動くようになっていた。
そのためには、戦型を臨機応変に変えれるようにしておかなければならない。
上意下達の命令形式ではなく、個々人が自由に連携を取って動く中に必要な指示を飛ばすほうがやりやすいのだ。
そもそも、得意とすることがまるで違う特化型の連中ばかりである。
従わせるよりも自分が戦況を把握して、多頭竜のように読めない動きで戦場を駆けるのだ。
ビッグマウス大侵攻の時も冒険者たちに取らせた、単一の命令系統で『軍隊』ではなく『個として達人の大集団』を動かす手法である。
クトーと、戦闘を熟知する達人集団が揃った時のみ行使可能なその戦術は。
ーーーパーティーの名を冠して《戦竜の絆》と呼ばれていた。
「後は……」
好きにやれ。
そう、いつもの文言を口にすると同時に。
ヴルムたちのいる方角……レヴィの逃げた先で、魔物の気配がいきなり活性化した。
「……!」
『クトー・オロチ』
事態の変化にクトーがかすかに眉根を寄せると、遠くから声が響いてくる。
聞き覚えのあるその声に、ルーミィたちに向けて駆け出す仲間たちから、そちらに目線を移した。
すると、リュウと剣で打ち合っていたサマルエと一瞬目が合う。
『全てが君の思惑通りに進むのは面白くないからね。何をしようとしているのかは知らないけど、少し邪魔をするよ?』
その手から、闇の波動の残滓が立ち上っていた。
魔王が新たな魔物を召喚したのだと、クトーは悟る。
『君が逃した子は、ゴーレム程度の護衛で逃げ切れるかな?』
そこでプツン、と声が途切れた。
ルーミィもそうだが、こちらの手の内を知り、即座に最も嫌がる対応をしてくる。
正直言って敵としてはやりづらく苦手な部類だ。
「……クソ野郎が」
思わず本音を小さく漏らしてから、クトーは意識を切り替えた。
苦手は苦手だ。
しかし。
ーーークトーには、その苦手を補ってくれる相手と、信頼できる仲間たちがいる。
その一人であるミズチが魔王の次に意識を繋げてきた。
『クトーさん』
「ああ」
こちらが動き出したのを、ミズチはきちんと読み取ったのだろう。
彼女が集中する気配と共に、駆け出した仲間たちの存在がより意識の中で鮮明になる。
ミズチの共鳴能力により、仲間たちと意識が繋がったのだ。
レヴィの向かった先には、合流しようとしているレイドの面々とヴルム、そしてズメイがいる。
クトーは彼らの能力に託して意識的にレヴィのことを考えから切り離した。
「……あまり、俺たちをナメるなよ」
そしてクトーも、仲間を追って走り出した。




