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おっさんは、少女とともに子竜を取り戻すようです。


 丘の上に現れた人影が軽く腕を上げると、魔力の燐光がその手を覆った。


 光は地面と共鳴し、ルーミィが足を掛けようとしていた地面そのものがボコリと盛り上がる。

 そのまま突き出た突起が数本の腕と化して、ギュルリと彼女の足に絡みついた。


「ほう?」


 土の腕はツルが巻きつくようにルーミィの足を拘束する。

 姿勢を崩され、彼女がバランスを取るためにむーちゃんを掴んだ腕を大きく振り上げると。

 

 その隙を見逃さず、レヴィが仕掛けた。


「……!」


 彼女の間近まで大きく足を踏み込み、グッと膝をたわめる。


「ヌフ、補助するよぉ」

「セェ!」

「まだ、見えているぞ?」


 ルーミィは土の腕が上半身に這い上がってくる前に、剣を最小の動きでレヴィに向けて突き下ろした。

 だが、そこにクトー自身も飛び込む。 


「させん」


 レヴィの背後に追従しており、その影から飛び出したクトーはルーミィの腕に左手を添えて攻撃を防いだ。


「ーーー王手(チェック)だ」

「ふむ」


 次いでむーちゃんを掴むルーミィの上半身に土の腕が到達し、一気に締め上げて力を緩ませた。


 むーちゃんの体を支えきれず、彼女が指を離すと同時に。

 レヴィがルーミィの脇をすり抜けざまに、子竜を右腕から肘でしっかり抱きかかえる。


()ったァ!」

「よくやった」


 むーちゃんを抱きしめたレヴィが、空中で体を丸めながら丘の上に向かって落下していく。


 その彼女を、別の場所から伸びたゴーレムの腕がクッションのように支えて地面に柔らかく転がした。

 レヴィを下ろした腕は複数のゴーレムとなって、彼女の周りをグルリと囲むように立ち上がる。


「むーちゃん!」

「ぷにぃ!」


 レヴィが喜びの声を上げるむーちゃんを抱きしめている間に、ルーミィが空になった手を握りしめた。


「〝崩れろ〟」


 力がこもってわずかに膨れた腕から《土》の気が放たれ、自分を拘束する腕に供給されていた土の魔力を強引に遮断する。


 腕は、ザッと音を立てて砂へと還った。


 どうやらルーミィは、土の適性を持っていたようだ。

 攻撃を受ける前に女将軍のそばを離れたクトーは、丘の上にいた人影の横に着地した。


「ヌフ。いい援護だったんじゃない? クトーちん」

「ジグ。なぜこっちに来た?」


 髪を得意げに搔き上げ、不健康そうな研究者風の外見をした男はニタニタと笑いながら質問に答える。 


「それはもう、こっちの方が人手がいると思ったからだよぉ。あ、でもクトーちんの伝言はちゃーんと皆に伝えておいたよぉ」

「そうか。……正直、助かったが」


 ジグが救援に現れたのは、ボーナスをやってもいいくらい完璧なタイミングだった。


 普通であれば土から直接作り出したゴーレムは脆いが、彼の作り出すゴーレムは強固だ。

 即席でも、ルーミィほどの実力者を拘束できるほどに。


 しかも、かなりの数作り出せるのである。


「してやられたな。お前らの動きは本当に読めん」

「我々は軍隊ではなく冒険者だ。命令に従うか否かは個々人の判断による」


 締め上げられていた腕を開いたり閉じたりしながら、ルーミィがこちらに顔を向けた。


「なるほど、練兵とはまた違うか。傭兵を扱いづらいと感じるのはその辺りに理由がありそうだ」


 リュウのカリスマや、クトーの報酬査定によってある程度縛れはするが、冒険者とは本来自由であり、独立独歩を旨とする。

 戦地において協力するのは自身が生き残るため、仲間を生き残らせるためであり、連携を取りはしても命令に盲目的に従うことはないのだ。


 それが裏目に出ることもある。

 しかし命令に服従する軍隊の命令系統とてそれは同様であり、今回は向こうが『イケる』とジグが判断したことが吉と出た。


「やれやれ。以前共闘した時は隠し通せたのだが、流石に今回は無理だったか」


 彼女はそれでも、まだ余裕がありそうな笑みを崩さない。

 以前隠し通した、と言うのは《土》のスキルのことだろう。


「むしろ、今まで一切スキルを使わずに、こちらの相手をしていたことの方が驚異だが」


 クトーは、軽く銀縁メガネのブリッジを押し上げる。


「奥の手が必要なほど追い詰めることが出来たのなら、それは朗報だな」

「驕るなよ、クトー。私を追い詰めるには、この程度ではまだ足らん。ーーーセンカ!」

 

 ルーミィが声を上げると、チタツと共にジョカ・ギドラのコンビを相手にしていたセンカが即座に動いた。


 ギドラの攻撃をかいくぐって、黒の大太刀を目を向けもせずに背中に回す。

 背後から打たれた蹴りすら加速に利用して、彼女はもう一つの戦場をあっさりと抜け出した。


「テメェゴミ虫……!」


 一人でジョカの相手をすることになったチタツの言葉を、センカは当然のように無視した。


 チタツは仲間ではなく、ルーミィは忠義を誓う相手。

 優先順位がどちらにあるかは、彼女の中で迷うまでもなく明白なのだろう。


 ギドラの方は、センカを追うかその場に留まるか一瞬判断を迷った。


「ーーー《舞桜花(マイオウカ)》」

「チッ……」


 その掛け声とともに、センカの足運びがまばたきの間にまるで転移かと思うほどに距離を縮めるそれに変わった。

 おそらくは、自身のスキルと技術を掛け合わせた〝縮地〟と呼ばれるのに類似の高速歩法だろう。


 追いつける距離ではなくなったギドラが、ジョカとともにチタツを相手にする選択をした。


 センカはその速さのまま、まっすぐレヴィの方へ向かおうとするが、その前に背丈の低い少女が立ちふさがる。


「行かせませン」

「……デクごときが、邪魔をしないでいただけますか?」


 ピンクのメイド服を身にまとったドール型ゴーレム、ルーは、微笑みを浮かべたまま小さく首をかしげた。


「それは侮辱ですカ? 道を誤る主に忠義を誓う無能ガ」

「どのような状況であれど、主に従うを忠義と呼ぶのです」


 センカが双刀を構えながら、ルーを回り込むように駆け出す。


 搔き消えるかのような速度で移動して背後に抜けた相手に対し、両拳にドリルを付けた彼女は背中に一対の短い翼を出現させた。


 赤と緑の宝玉がそれぞれに埋め込まれた翼をジグは『増幅機(ブースター)』と呼んでいたが。


「対象脅威度、高。自己判断により行動制限を解除しまス」


 ドン! と強烈な音を立てて緑の宝玉が凄まじい炎と風を吐き出した。

 直線移動で一気にセンカとの距離を詰めて、レヴィを守るゴーレムに到達するよりも先に追いつく。


「私には、マスターがレイドを裏切れば、マスターの回復能力を破壊する機能が解放されるように術式が組み込まれていまス」

「デクの上に欠陥品ですね」


 センカが勢いを緩めないまま双刀の連撃を撃ち放つが、ルーはそれを回転するドリルであっさり弾いた。


「マスターを侮辱することは許しませン」

「私がバカにしているのは、所詮組み込まれた意識がなければ何も選択できないあなたですよ」

「自己判断を放棄した人間よりも、柔軟であると判断しまス」


 センカは何度か炎をまとう刃を振るった後に、不意に動きを変えた。

 ルーの横を強引に突き進もうとしてメイドのドリルに体を貫かれる……が、それは鏡像だった。


「教え込まれて愚直であることと、忠義を定めることは違うのです」


 先ほど《白鏡華》と呼んだ、鏡像を作る技は、本来こうした使い方をするものなのだろう。

 彼女はクトーらと対峙していたルーミィの元へ参じて、彼女の前に立った。


「お待たせいたしました」

「別に構いはしないさ」


 クトーたちは、お互いに隙を見せず、武器を構えたまま睨み合っていた。

 ジグの隣に、ルーも降り立つ。


「申し訳ありませン。仕留め切れませんでしタ」

「ヌフ、いいよぉ」

「むーちゃんに危害を加えようとするのを防いだだけで十分だ」


 レヴィは、ゴーレムたちの護衛を受けたままヴルムたちの来る方へとえぐれた丘を降り始めている。


 少なくとも、強敵の集結しているこの場よりは、【ドラゴンズ・レイド】の他の面々と合流するほうが安全だ。


「後は、ムーガーン王とミズガルズ王の肉体を取り戻して魔王を殺せば、こちらの任務は完遂する」

「一つ疑問がありまス」

「聞こう」

「彼女らの目的もミズガルズ王を取り戻すことと推察しまス。なぜ敵対するのか分かりませン」


 ルーの疑問に、クトーは軽くメガネのチェーンを鳴らして背後を見た。

 リュウ・ケイン・ミズチとミズガルズの戦闘は、一進一退であるように見える。


「人を守る方法も、考えも、一つではない。目的が同じでも手段が違うということだ」

「理解は出来ませんが、把握はしましタ。今後理解できるよう努めまス」

「それでいい」


 クトーがうなずくと、勇者と魔王の戦闘に変化が起こった。

 それまでお互いに一撃を加え切れていなかったのだが、ケインが魔王の魔法に弾かれてこちらに飛んでくる。


「おっと」


 ジグが声を上げ、ゴーレムの腕を出現させて受け止めた。


「やれやれ、どうにも魔法は好かんのう。真正面から打ち合えば良いものを」


 投げ飛ばされたケインがボヤきながら着地し、こちらの状況を見回す。


「ふむ。次はムーガーンかの?」

「が、一番楽でしょうね。魔王とリュウは放っておきますか?」


 ケインは、クトーの言葉に肩をすくめた。


「あまり自分の楽しみばかり優先してものう。リュウ坊がこちらを気遣って力を出し切れておらん。歳はとりたくないもんじゃ」

「あいつが規格外すぎるだけです」


 クトーは、ケインがこちらに参戦する意向を示したので、改めてルーミィを見据えた。


 ーーー彼女がいつ、どのタイミングでその思惑を表面に出すか。


 書状の内容を思い返しながら、クトーは考え続けていた。

 

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