おっさんは、女将軍と交渉するようです。【後書き書影】
「ギャアルァ!!!」
敵側から、最初に斬り込んできたのはチタツだった。
螺旋の大穴の底で大きく獣の腕を振るい、同様に前へ出たジョカの頭を狙って叩きつける。
それをガッチリと両腕を組んで受け止めたジョカの足が地面に軽く地面にめり込み、重い音が辺りに響いて空中に漂う砂煙を震わせる。
「力だけは、凄まじいわね……でも!!」
ジョカが土の魔力を放ち、血統固有スキルを行使した。
チタツの背後の地面が抉れてジョカと全く同じ姿の人形へと変化し、両方の掌底を下へ叩きつける一撃を魔獣の足に見舞う。
「【虎砲】!」
「ゴォ……!?」
虎が吼えるような音を奏でた掌底の威力に、チタツがバランスを崩した。
腕の押さえつけから抜け出した本体が、両手のかぎ爪を一本ずつ立てて目の前の腕と体、それぞれに突き立てる。
「【麻突】!」
「ゴォ……!?」
「今よ!」
ジョカが行使したのは、毛皮と肉を抉り抜き痺れを誘発するスキルだ。
チタツの片腕がだらりと垂れて彼が声を上げると、魔獣の左右を回り込むようにギドラとレヴィが前に飛び出した。
「行かせませんよ」
それに合わせて、レヴィに狙いを定めたセンカが駆け出す。
始末しやすそうな方から排除して行こうとしているのだろう……とクトーが考えていると。
「《白鏡花》」
センカが白い太刀を鋭く振るうと、炎が巻き起こり、同時にゆらりと彼女の姿が揺らぐ。
そのまま陽炎のように輪郭が朧になり、女剣士の姿が鏡写しのごとく左右に別れた。
ーーージョカと同一の……? いや。
クトーは、センカの動きが単純に左右に向かって鏡写しになっているのを即座に看破し、対抗手段を放つ。
「〝冷えろ〟」
瞬時に発動できる、単に冷風を起こすだけの水の下級魔法。
だが、偃月刀によって全力で放った場合の効果範囲は限りなく広い。
瞬く間に広がった冷風により、熱された空気によって作り出されたセンカの鏡写しは搔き消え、レヴィに向かう一人だけが残る。
「ギドラ!」
クトーが声を上げると、童顔の拳闘士が阿吽の呼吸で応じた。
両手で見えない球を包むように左腰で構えていた彼は、溜め込んでいた風の気を解き放つ。
「〝烈破〟!!」
濃縮されたカマイタチの球体が、ギドラの突き出した手のひらから解き放たれてセンカを襲った。
ゴッ! と強烈な音を立てて迫る球体を、彼女はギリギリで避ける。
涼しげな顔の前を、わずかにかすめて行き過ぎた暴風の余波に煽られて前髪が踊り、頬に血煙と共にかすり傷が走る。
「チッ! 外した!」
しかし、舌打ちをするギドラの攻撃は功を奏した。
レヴィは足を緩めず、センカの足元を這うようにすり抜けようと上半身を地面すれすれまで近づけている。
女剣士は、それでも反った姿勢のまま黒い太刀を振り上げた。
そのまま、くるりと逆手に持ち替えられた刃が振り下ろされる……よりも先に。
「【弱点看破】!」
レヴィが緑の瞳を輝かせ、曲芸のような身のこなしで、駆け抜けざまにカバン玉から引き抜いた投げナイフを打つ。
センカは瞬時の判断で攻撃をやめ、頭、胸元、肩、足を狙う4本を双刀を操って弾いた。
そうして敵の壁を一枚突破したレヴィに合わせて。
「〝漲れ〟」
クトーは、再び強化呪文を掛け直した。
全身に振り分けていた強化魔法の効果を脚力へと集中させて、跳躍する。
レヴィがルーミィを狙うタイミングに合わせて、チタツとジョカの頭上を飛び越えた。
「ザコどもがァ!!」
チタツは尾を振るって背後にいたジョカの土人形を一撃で破壊した。
「いいようにしてやられてるのに、口が減らないわね!」
ジョカは自分に向けて振るわれたチタツのかぎ爪を避けながら、挑発した。
ギドラは、レヴィの補助をこなした後にすぐさまジョカの加勢をしようと身を翻している。
ルーミィの間近に迫ったレヴィが、声を上げる。
「むーちゃんを、返しなさい!」
「できない相談だな」
ルーミィは大剣を片手で操って、斬り上げられたニンジャ刀を受けた。
逆手に握った刃を起点に、低い姿勢のままくるりと背を向けたレヴィは、ルーミィの顎めがけて伸身しながら左足を振り上げた。
大剣を握った腕の肘を上げて、甲冑でそれも受け切った女将軍は、当然のように自分に向かって降りてくるクトーに目を向ける。
ーーー視野の広さはさすがだな。
レヴィと自分で上下に攻撃の連携を振っているにも関わらず、一切動揺した様子がない。
クトーが振り下ろした偃月刀をその場で半身になるようにして避けたルーミィと、間近で目が合う。
笑みを浮かべる美しい顔に、鎧同様に艶めく黒髪、厳然とした覚悟を秘めた瞳に雪のように白い肌。
「あくまでも忠に殉じる気か、ルーミィ」
「当然だ、クトー。私が忠義を誓う相手は、今も昔もミズガルズ王ただ一人」
そこで上半身を起こしたレヴィの刺突を、盾のように掲げたむーちゃんで止めさせる。
さらに彼女は、左の膝をこちらの顎めがけて突き上げてきた。
膝を手のひらで受け、クトーは手の中で滑らせて短く持ち替えた偃月刀をヒュン、と小さく振るう。
大剣の柄で刃の腹を打たれ、狙いを逸らされた。
クトーは彼女に対して、さらに言葉を重ねる。
「王を取り戻すために、こちらに協力する気はないか?」
「それで、我が王を殺されない保証があるか?」
問いに問いを返された。
ルーミィは、偃月刀を打ち払った軌道のまま大剣を横に薙ぎ払う。
軽く身をかがめたクトーが避けると、ルーミィが体を開いた格好になり、レヴィがさらに動いた。
「このっ!」
ニンジャ刀を引き、逆の手をむーちゃんに伸ばす。
ルーミィはあざ笑うように背丈の差を利用してむーちゃんを高く掲げてレヴィの手を避けた。
「まだ甘いな」
ゴッ、とそのまま上げた額に甲冑の肘を叩き落とされたレヴィが、軽く膝から崩れた。
トゥス耳兜により頭蓋骨は守られただろうが、頭に攻撃を受ければダメージがないわけではない。
「グッ……!」
「寝ていろ」
ルーミィが小さく足を上げてつま先を使い、踵を引っ掛けられたレヴィがなすすべなく後ろに倒れこむ。
甲冑を身につけた近接戦闘のやり方を熟知しているのだろう。
大剣を携えているのにも関わらず、ルーミィは二人掛かりで押し切れないほどに強かった。
ーーーお互いに、手加減しているとしても、だ。
屈強な豪傑たちを、北の大地で将として束ねるに足る腕前だ。
ルーミィは、レヴィを排すると後ろに跳んだ。
丘の上に向かう方へ、何度も跳ねるように移動するルーミィを、クトーは追撃する。
彼女は、今度は自分から口を開いた。
「魔王の出した条件はただ一つ……『ミズガルズ王の魂を探さず、肉体を殺さない代わりに協力しろ』だ」
「それを信じるのか。悦楽のために人を弄んで遊ぶだけの魔王の言を」
「少なくとも、貴様に協力するよりは確実に体が守られるだろう?」
ルーミィは目を細め、笑みに隠した苛烈な本性を覗かせる。
「それでも我が主君を殺せば、今度は私が、あの道化を殺すさ」
「随分な自信だ」
「いいや、これは覚悟だよ、クトー。我が心に宿るのは、極寒の大地に住まう誇り高き【氷の魔狼】の心意気だ」
ーーー裏切れば、首だけになろうが喉笛を噛み千切る。
クトーは以前、ルーミィが口にした言葉を思い出して、相変わらずだな、と思った。
人は、そう容易く変わらないものだ。
そうして幾度か刃を交えるうちに、レヴィが再び追いついてこようとしている。
クトーは、彼女が追いついてくる前に無音声で交渉の核心に触れた。
『起死回生の切り札を、俺が持っているとしたら?』
言いながら、クトーは空いている手で自分の胸を叩いた。
そこに、ミズガルズの魂を封じた宝珠がある。
「……」
軽く片眉を上げたルーミィに、伝わったと見てクトーは言葉を続ける。
「むーちゃんを取り戻すために、お前は殺す。寝返るなら今の内だ」
「面白い冗談だ。驕りは身を滅ぼすぞ?」
レヴィが再びルーミィに挑み掛かるのを目にしつつ、クトーは後ろを振り向いた。
チタツとセンカが、こちらに近づこうとしているギドラとジョカを追っていた。
双刀の従者はルーミィへ二人を近づけまいとしているようだが、チタツは完全に頭に血が上って殺しにかかっているようだ。
そのスタンスの差が、相手の攻勢を連携ではなく個人のものにしている。
ギドラとジョカを相手に、それでは攻めきれない。
目線を戻すと、むーちゃんを人質に取ったまま、ルーミィがついにえぐられた丘の上部に到達しようとしている。
が、その頭上から。
「ヌフ。誇りを口にするなら、下劣なマネはいただけないと思うよぉ?」
陽光を背に現れた人影が、声をかけた。




