おっさんは、久々に指揮を執るようです。
「クトー!」
「む?」
斜面を駆け下りた直後。
声をかけられてチラリと目を向けると、黒い人狼の姿を取ったジョカがそこにいた。
向こうと戦っていた異形の魔物は、拘束系魔法の気配を感じさせながらルーミィの元へと向かっている。
「……チタツ、か?」
風に煽られてメガネのチェーンがシャラシャラと耳元で鳴るのを聴きながら、クトーはジョカに問いかけた。
距離は離れているが、姿が見えた段階で風の宝珠を繋いでいる。
「あの奇怪な姿はなんだ?」
『フヴェルが、変異を止めたの。ムーガーンの力を封じているわ』
霜の巨人の名前にクトーは納得した。
こちら側も全員、この場において考えうる限り最善の動きをしているように見える。
「ルーミィ、センカは敵だ。こちらも連携する」
『リュウは?』
「ミズチ、ケイン元辺境伯とともに魔王の相手をしている」
クトーは、頭の中で現状を整理する。
現在、抉れた丘の中腹で、リュウらがサマルエの相手を。
丘から見える限り、左翼を相手にしているヴルムズメイも順調に魔物らを殲滅している。
また正面の王城側では、リュウの通った後に残党をニブルとユグドリアが相手にしているようだ。
魔王軍の後方に向かってジグとルー、そしてバラウールが回り込んで行っており、残りの【ドラゴンズ・レイド】の面々と合流しているだろう。
全体としては、魔王軍を押し込んでいる。まもなく王都から兵団も出る。
そうなれば魔物自体の掃討は容易だろう。
後は。
「人質を取るのは、非常に合理的な判断だな、ルーミィ」
「人ではないがな……貴様らには効くだろう?」
クトーの対峙するルーミィ、センカ、そしてチタツの3名。
こちらの陣容は、レヴィ、ジョカ、ギドラに自分を含めた4名だ。
土色を覗かせる地面を風が巻き上げ、お互いの間に砂埃を舞わせた。
双刀を抜き、ルーミィの前に立って殺気を漲らせるセンカ。
細身の黒いロングソードを片手に、もう片方の手でむーちゃんを掲げるルーミィ。
「ッチィ……人間ごときの力を借りなきゃなんねーとはな。ハイドラとラードーンはどこに行きやがった」
「すでに下がった。魔王様の命令でな」
呻くように問いかけるチタツに、ルーミィが平然と応える。
「力を封じられているようじゃないか。無様を晒しているわりに偉そうなことだ」
「……!! 覚えてやがれ、ゴミ虫。この件が片付いたら、真っ先に始末してやる……!」
「魔王様がそれを許せばな」
黒鎧の女将軍の煽りに、安く挑発に乗るチタツ。
しかし決して、敵として弱いわけではない。
「ぷにぃ……」
目覚めていたむーちゃんが、クトーとレヴィを見て鳴き声をあげた。
涙目で震える子竜を見て、偃月刀を握る手に力を込める。
「……レヴィ」
「ええ」
横にいるレヴィが、風竜の長弓を仕舞ってニンジャ刀を手にしていた。
一撃の速度ならば、双刀形態が。
攻撃の範囲ならば、長弓形態が。
そして単純な身体能力ならば、現在の白装束形態が最も優れている。
「私は、必ずむーちゃんを無傷で取り戻すわ」
レヴィのきらめく緑の瞳には戦意が滾っていた。
さらに、全身に纏う《風》の気もその密度を増しているようだ。
彼女と逆の位置でクトーに並ぶギドラが、その気を読みながら腰を落とした構えをとり、クトーに話しかけてくる。
「えらくレヴィの力が増してるっすね」
「夢見の洞窟での経験が、現実にも還ったんだろう」
あの洞窟の中程ではなくとも、今の彼女は強い。
「じゃ、チタツは抑えるから、あなたたちはそっちのお嬢ちゃんたちを相手になさいな」
クトーの前に立ったジョカが、軽く言いながら首を鳴らす。
「追いかけっこには、飽きたのよね。……そろそろ観念なさいな。その体は、私が護衛を任された相手のものなのよ」
低い声で言いながら怒りの気配を見せるジョカに、クトーは否定を返した。
「いいや、全員で全員を相手にする」
「なぜ?」
「俺の聖魔法剣が届けば、ムーガーン王の魂を残してチタツの魂だけを破壊することが可能だからだ」
この場において、達成が必須となるミッションは3つ。
1つは、むーちゃんを取り戻すこと。
2つ目は、ムーガーンを取り戻すこと。
3つ目は、サマルエを倒し、ミズガルズを取り戻すことだ。
「勝算はある。従え、ジョカ」
「……いいわ」
ジョカはうなずき、両手のかぎ爪に力を込めた。
「【ドラゴンズ・レイド】の頭脳であるあなたがそう言うのなら」
「俺は、ただの雑用係だ」
クトーは、頭の中でそれぞれの動きを予測しながら、戦術を組み立てていく。
「レヴィ。お前はむーちゃんを取り戻すことだけを考えろ」
「分かった」
「ジョカとギドラは、そのはサポートをしながら他の連中の相手を。……ムーガーン王と、むーちゃんを殺させるな」
「うっす」
「了解」
うなずき、偃月刀に魔力を込めながら。
クトーは刃の先を地面に向ける。
「肝に銘じろ。【ドラゴンズ・レイド】にとってーーー」
久しぶりにリュウやレヴィ以外の仲間たちとの共闘だ。
それでも、不安はない。
誰よりも信頼する彼らは、そもそもがリュウと、そしてクトー自身が、共に戦うに足ると認めた者たちなのだ。
「ーーー仲間の命は、ありとあらゆる全てに、優先する」
そして、死闘が始まった。




