貴族院筆頭は、霜の巨人と合流するようです。
クトーが、レヴィを追って螺旋の大穴に飛び込むのと前後して。
ジョカはチタツに対して攻めきれないまま丘の間近に迫っていた。
人狼に似た姿に変異したまま、破壊の振動を纏う拳をリィィ……ンと鳴らしながら特攻し、チタツに拳を撃ち込む。
しかしムーガーンの肉体を乗っ取った魔族は、なりふり構わずに全力で逃げていた。
周りにいる魔物の首を掴んでは盾につかい、その隙をついて後退していくのだ。
「厄介ね……」
ジョカはそれを、卑怯、などとは思わなかった。
相手にしてみれば、戦力的に不利な状況。
そして別の場所に、事態を好転させることが可能な戦力が存在する場合。
余力を残しながらそちらとの合流を第一に考えるのは、合理的な思考なのである。
もっとも逃げを打たれる側になれば、そうした思考を持つ相手はやりづらいのだが……。
「ガァ! 鬱陶しいなゴミ虫どもがァ!!」
こちらも、チタツ側の意図を読んで動いている。
苛立っている吼えながら、チタツは目指す先である丘に対して、回り込むように駆け抜ける方向を変更した。
ジョカと連携して、自分の速さを存分に活かして魔族の背後に位置し続けるギドラがいるからだ。
「こっちだって、手をこまねいてそっちの思い通りにさせる気はないのよ!」
だが、完全に追い込むには人手が足りない。
徐々に、そして確実に、丘との距離は縮まっていっている。
足りない人員を手数で補うために、ジョカは攻め続けた。
「〝伸びろ〟!!」
「バカの一つ覚えは見飽きたんだよォ!!」
両腕を伸ばして大きくムチのように振るいながら進路を妨害すると、チタツがその腕を魔獣化した爪で引き裂く。
土で作り出した腕なのでダメージはないが、相手は徐々にこちらの硬さに慣れてきているようだった。
魔獣の咆哮に類する技がこちらに効かないことを悟り、その分の魔力を肉体強化に回しているのだろう。
だが、腕によってわずかに隙を見せたチタツに。
ーーーギドラが、それまでと違う動きを見せた。
それまで離れた位置から、あるいはヒット&アウェイをくり返していた彼が、全力で踏み込んでチタツの懐に潜り込む。
「〝烈〟!」
修羅とすら呼ばれる男が凶悪な《風》のスキルを発動させ、魔族へと特攻しながら外から内へと力強く両腕を交差させる。
彼の腕の周りで渦巻いていた風がぶつかり合い、そこに強烈な竜巻を発生させた。
「ガァ……!!」
ギドラの髪や服を煽りながら、竜巻がチタツの肉体を引き裂かんとする無数のカマイタチの柱に変化した。
「ッハァ! 油断したなァ、脳筋魔族が!!」
雑魚を薙ぎ払いながら巨大化した竜巻は、ギドラ自身を巻き込んでチタツの動きを止めた。
ーーーここ!!
ジョカは、元の長さに戻した腕を脇を締めて構え、腰を落とした。
両拳を強く握りしめ、呪文を口にする。
「〝極強音〟!!」
拳を覆う人狼の鎧がさらに肥大化し、自身の持ちうる最高強度の武器と化す。
そこにジョカは、超振動の破壊力を重ねて地面を蹴った。
ドン、と地面を穿ちながら一瞬で距離を詰めるジョカに、ギドラが完璧なタイミングで風の拘束を解く。
「ゴァ……!!」
避けられない攻撃に対して、それでもチタツは防御の姿勢を取った。
ジョカの初撃は、左。
メキィ、と音を立てて相手が体の前で重ねた腕の一本をへし折る。
「ぬぅ……アァ!!」
続く本命の右。
ジョカの震脚によって地面に亀裂が走り、自分に出しうる最大の破壊力をもってもう一本の腕も破壊する。
だが同時に、チタツは反撃に出ていた。
「ガルゥウウウウウウァッ!!!」
ついに巨人の姿から魔獣の本性を現し、二本、肩口から生えた腕の片方に顔を殴りつけられる。
「ッ!!」
ーーー相手の全力を、引き出した。
視界を痛みと衝撃に揺らしながらも、ジョカは人狼の仮面の下で笑う。
踏ん張ってこらえた直後に、奥歯を噛み締めながら足を踏ん張り、視線を戻すと。
メキメキメキ、とムーガーンの姿が魔獣のそれに変化していく。
圧を増す瘴気の気配と、巨人の肉体すら取り込んだ変異形態。
逃げるのをやめた代わりに力を増していく相手に再度ジョカが仕掛けようとしたところで。
「……このタイミングを、待っていた」
その声音とともに、冷気が吹き抜けた。
ブワ、と視界を一瞬で濃密な霧が覆い、ピシピシと音を立てて空気が凍りついていく。
そして、上空から音もなく巨大な何かが舞い降りた。
「フヴェル!?」
「うぉ寒っみぃいいいい!!」
ギドラが慌てて霧の中から出て行くのを感じながら、ジョカは巨大な旧知を見上げた。
音もなく舞い降りた霜の巨人は、肥大化しかけているチタツの両肩に上から押さえつけるように両手を乗せる。
「……〝封ずる〟……」
フヴェルの呪文によって冷気が渦を巻き始めると、びっしりと体表の毛皮に霜を張り付かせていた魔獣が軋るように唸った。
「テメェェ……ッ!!」
「……」
パキィン、と氷が割れるような音とともに、チタツの中で膨れ上がっていた巨大な魔力の気配が消滅する。
同時に、魔獣の成長が止まった。
フヴェルの封印能力で、ムーガーンの力を封じたのだ。
「助かったわ」
「……封じ続ける。我はもう動けぬ……」
巨人の王であるムーガーン王の力を押さえつけるのは、骨が折れるのだろう。
幽鬼のように、霧でうっすらと輪郭をボヤけさせたまま背後に退いて印を組んだフヴェルをチタツから守るように、ジョカは移動した。
不完全な変態を遂げた魔獣は、以前城で見た時以上に歪な姿になっている。
「グゾ、ガ……!」
もはや上手く喋れもしないのか、人と黒獅子のアゴが奇妙に入り混じった顔のまま激怒の気配を見せるチタツに、ジョカは鼻を鳴らした。
「あら、頭の中までねじくれたあなたにはお似合いの姿よ?」
「……ゴロズッ!!」
グギャァ、と大きく口を開いたチタツだが、彼が飛びかかってくる前に。
間近の丘から、凄まじい闇の気配が生まれて一気に広がり始めた。
「……!」
危険を感じたジョカが、大きく後ろに跳ぶのと同時に、チタツも跳ぶ。
そのまま足元に波紋が走った直後に……丘の一部を含む闇の球体が生まれて、目の前にあった全てを呑み込んだ。




