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少女は、むーちゃんを取り戻すために動くようです。


 最初に斬り込んできたルーミィの剣を受けたのは、リュウだった。


「よぉ女将軍。飼い主に盲目的に従うのはいいが、流石に相手を見極めたほうがいいんじゃねーのか?」


 彼がつば迫り合いする相手に挑発するように話しかけると、ルーミィは強気そうな線を描く眉を軽く上げた。


「何の話だろうな?」

「テメェが『恩義に殉じるやり方』を間違ってるバカなんじゃねーか、って話だよ」

「なるほど」


 挑発に乗らず、あっさり頷いた彼女は全く表情を変えなかった。

 おそらくリュウは、ミズガルズの体を人質に取られて仕方なく従っている、とでも思ったのだろう、が。


「安心しろ。私は間違ってはいない」

「そうかよ。……じゃ、遠慮いらねぇなァ!?」


 ルーミィと凶悪な笑みを交わし合った後、リュウが腕に力を込める。


 竜気を纏い、ビキビキビキ、と腕に竜鱗(りゅうりん)を浮かび上がらせて押し込もうとする彼の大剣を受け流しながら彼女は後退した。


 そのまま、リュウの刃がブン、と振り抜かれた直後に、黒の太刀を構えたセンカが動く。

 ルーミィをかばうようにリュウの前に飛び込みながら刃を横薙ぎに振るった。


「……」

「っとぉ!」


 その一撃を、軽く身を伏せて避けるリュウ。

 彼が伏せたその背を飛び越えて、こちら側はケインが前に出た。


「次はワシじゃの。受け切れるかのう?」


 老剣聖は軽くそう言い、一呼吸に5度突き抜く槍の連撃を放つ。

 それをセンカは三度打ち払い、残りの二度は髪を数本散らしながら優雅に避けた。


「いかに剣聖といえど、慣れない得物ではこの程度……」


 センカが、返礼とばかりに宙にある老剣聖に向けて高速の刺突を返す。

 くるりと槍を回して突きの軌道を逸らしたケインは、着地した直後に足を振り上げて蹴りを放った。


 真下からの攻撃。

 だが頭を仰け反らせたセンカの顎先を捉えきれず、老剣聖の足先がスレスレを通り過ぎる。


「ほほ、ワシを知っておるのかの?」

「有名ですから。まして、ルーミィ様の脅威となる人物の情報収集は欠かしておりません」

「なるほどのう」


 ケインは着地と同時に脇に槍を抱え、獣のように身を伏せたまま退いた。

 ルーミィが再び細身の剣を構えて前に出るのに合わせて、クトーは偃月刀を斜め上に斬り上げながら真っ向から挑み掛かる。


 ギィン! とお互いの武器がぶつかって火花を散らした。


 まるで演舞だな、と内心で思った。

 お互いに技量に優れた者が複数集まると、予定調和のような動きを見せるのだ。


 しかし、お互いに手加減をしているわけではない。

 クトーは、ルーミィに最大の懸念を尋ねた。


「ルーミィ。むーちゃんをどこへやった?」

「なんだそれは?」


 姿が見えない小竜の名だったが、ルーミィには伝わらなかったようだ。

 彼女は剣先から力を抜いて身をひねり、するりとこちらの懐に潜り込んでくる。


 全身鎧を身につけているとは思えない軽やかな動きは、鎧そのものに何がしかの補助魔法がかかっているのだろう。


 ルーミィの薄いマントがなびいてこちらの視界を塞ぐ直前に、彼女が片手を武器から離すのを見た。


 クトーはカンを頼りに、腹のあたりに偃月刀の柄を立てて手を添える。

 そして柄に、ボッ! と強い衝撃を感じた瞬間に、右の膝をルーミィがいるだろう方向へと突き上げた。


 ガン、と膝がぶつかる硬い感触とともに、ルーミィのマントが落ちて視界が戻った。


 中腰の姿勢で掌底を放った姿勢の女傑は、脇腹に叩き込んだ蹴りにダメージを受けてはいないようだった。


「硬いな」

「それで、むーちゃんとやらはなんだ?」

「あなたが攫っていった竜の名前よ!!」


 背後でレヴィがむーちゃんの名前を吼え、次いでキュン、と何かが空気を裂く音がした。


 ルーミィの後ろで機をうかがっていたセンカが、黒い太刀で自分に迫った不可視の何かを打ち払う。

 途端に、ブワッと暴風が周りに広がって彼女の服と前髪をはためかせた。


 敵の波状連携を止めようとした、レヴィの風の矢だろう。


 ケインと入れ替わりながらちらりと後ろを見ると、彼女はニンジャ刀から風竜の長弓に得物を持ち替えていた。


 その間に、リュウは上空に跳ねてサマルエを狙っている。


「ミズガルズのおっさんを返しやがれァ!」

「それはできない相談だね、竜の勇者」


 ミズガルズの姿をした魔王は、リュウよりもこちらの会話の方が興味を引いたのか、目線だけはリュウに向けながら親指を後ろに向けた。


「でも、ルーミィがさらってきた竜ならあそこにいるよ。好きに取りに行けば?」


 サマルエの言葉に、一瞬、全員の視線がそちらに集中する。


 すると崖の先にある草むらの中に、縛られて転がされているむーちゃんの姿が見えた。

 ぐったりとして、意識を失っているようだ。


「あ」


 いったい何に気づいたのか、小さく声を上げながらサマルエは手をかざした。


「でも、面白いこと思いついた♪」


 禍々しい赤の光が手のひらに生まれ、血が滴るように地面に向かって伸びる。

 その光で柄まで真っ赤な大剣を瞬時に形作ると、魔王はそのまま腕を振り上げて頭上で構えた。


 リュウが大上段から全体重を乗せて叩き込んだ一撃をその剣で受ける。

 サマルエの握るそれは、勇者の大剣と全く同じ形状のものだった。


「テメェ……!」


 だがそれが纏う気配は、ひどく禍々しい怨嗟(えんさ)の声に似た音を周りに響かせ始めると、リュウはそれが何なのかを悟ったようで額に青筋を浮かべた。


「魔物化した兵士の魂で、君の剣を真似っこしてみたんだ。なかなかいいでしょ? 【魔王の大剣】とでも名付けようかな?」


 サマルエは愉しげに喉を鳴らし、今度は剣を握るのとは逆の手に漆黒の輝きを宿す。


「ーーー〝呑み込め〟」

「〝護れ〟!」


 魔王の闇魔法がリュウを圧殺しようと包み込むのを、ほぼ同時にクトーが放った聖結界形成魔法が防ぐ。


 ギシギシと二つの魔法が均衡するのに支えられて空中にとどまったリュウは、気合いと共に勇者の鎧にドラゴンの翼を生やし、赤い光を宿した大剣を振るった。


「ッラァ!!」


 圧力を伴う闇が大剣に引き裂かれて霧散する。

 しかしリュウが止まっている間に、サマルエは『面白いこと』とやらを実行に移していた。


「あの小竜を殺したら、君たちもっと怒るよね?」

「!」


 サマルエが、言いながらむーちゃんに黒い剣閃を飛ばす。

 リュウは魔王を狙おうとしていた自分の軌道を翼で羽ばたくことで変化させ、魔王の剣閃を追いながら自身は赤い剣閃を放った。


「ふざけた真似を……!」

「あはは。惜しい!!」


 すんでのところで技を相殺して竜牙を剥くリュウを嘲笑いながら、サマルエはさらに剣を振るった。

 三連撃だ。


「ルーミィ、センカ」

「「御意」」


 むーちゃんの元へ向かおうとしていたリュウが身を翻し、剣閃を全て打ち払う。

 そして魔王の声に応えた二人がこちらに剣を向けたまま後退を始めた。


 当然、クトーはケインとともにそれを追うが……。


「おっと、ここまでだよーーー〝(なげ)け〟」


 ルーミィたちが、自分の背後に抜けるのと同時に、サマルエが剣をかざす。

 オォオオオオオォォォ……と怨嗟の声が高まり、瘴気の津波がその足元からそびえ立った。


「ッ……〝護れ〟!」


 技の発動が早すぎる。

 自分とケインを覆う聖結界を押し潰すように呑んだ津波が、さらに背後へと突き抜けていった。


「レヴィ!」


 そちらにまで手が回らない。

 避け切れるか、と思って背後を振り向いたが、そこにレヴィがいなかった。


「……!?」


 そして代わりに。


「〝聖樹の加護において、我が身に触れること(あた)わず〟」

 

 いつのまにかそこにいて、世界樹の杖を掲げたミズチが濃紺の髪を揺らしながら清浄な結界を張った。

 そして瘴気の波が眼前まで迫ったタイミングで、その杖先を下ろす。


「〝根を張る世界に、邪悪の付け入る隙を与えず〟」


 円蓋型の聖結界が追加の呪文で木の葉のようにほどけ、彼女の前に壁となって広がった。

 瘴気の津波より高く、大きく。


「〝其を喰らいて糧と為さしめん〟」


 衝突した瘴気をふわり、と布のように包み込んだ結界が、ぎゅるり、と引き絞るように小さな光の球になると、そのまま杖に吸い込まれた。


「時の巫女……いいね、ますます面白くなってきたよ!」


 魔王が黒鉄のブーツに覆われた足で強く地面を踏みつける。

 ギギギギィン、と耳障りな音を鳴らしながら、地面に闇の波紋が走った。


 聖結界を保持しながら、クトーはそのやり取りの間にレヴィの姿を捉える。

 彼女は、戦場を大きく回り込んで、むーちゃんの方へと向かっていた。


「ーーーァアアアアッ!」


 二人掛かりで襲われているリュウを援護するように風の矢を連射しながら、疾風のごとき速さで駆け抜ける。


「良い速さだな!」


 リュウの相手をほんの少しの間センカに任せたルーミィは、彼女と背中合わせになって風の矢を払いながらカバン玉からボウガンを取り出した。


「しかし甘いぞ!」


 的確に翼竜の短弓から矢を放ってレヴィの進路を妨害したルーミィは、そのまま短弓を放り捨ててするりと身を翻した。


「センカ!」

「御意」


 当然進路を塞ごうとするリュウだが、女将軍の声に応えたセンカが腰の白太刀を引き抜いた。


 その途端、ギラリと彼女の雰囲気が変わる。

 物静かだった彼女の全身から強烈な殺意と炎の気が膨れ上がり、黒白の刀身を赤い天地の気が包み込んだ。


「ーーー《炎華繚乱(エンカリョウラン)》」


 その発声とともに。

 センカの姿が、視界から掻き消えた。

 

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